働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾

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15話 対等の条件

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15話 対等の条件

 王宮へ戻ったアレクシスは、その足で執務室へ向かった。

 馬車の揺れの中でも、エルフィーナの言葉が何度も頭を巡っていた。

 対等に戻りましょう。

 特別ではなく。

 理屈としては理解できる。だがその理屈が、これほどまでに重く感じられるとは思わなかった。

「殿下」

 レオンが静かに入室する。

「公爵家との対話は」

「終わった」

 アレクシスは短く答え、椅子に腰を下ろす。

「怒りも、非難もなかった」

「はい」

「ただ整理しているだけだと言った」

 レオンはわずかに頷く。

「予想通りです」

「予想していたのか」

「エルフィーナ嬢は、常に前提から考える方です」

 アレクシスは机に置かれた再契約案に視線を落とす。

 保証料率は市場基準。

 支払いは十五日以内。

 王宮支出の透明化。

 王家専用枠の廃止。

 どれも過剰ではない。

 だが、これまでの特例に慣れきった王宮にとっては厳しい。

「これを受け入れれば、財政は安定するのか」

「短期的には負担増ですが、信用は回復します」

「受け入れなければ」

「市場はさらに慎重になります」

 選択は明白だった。

 だが問題は、王家の威信だ。

 透明化。

 それは王家の内側を外へ晒すということ。

「父上は」

「国王陛下は、条件を精査せよと」

 アレクシスは息を吐く。

 誇りと実利。

 どちらを優先するか。

「彼女は、本当に私を責めなかった」

 ふと漏れた言葉。

「責められた方が楽でしたか」

 レオンの問いは静かだ。

 アレクシスは答えない。

 責められれば反発できる。

 だが理屈で整理されると、逃げ場がない。

 その頃、ルヴァリエ公爵邸では別の話し合いが行われていた。

「王宮が条件を受け入れる可能性は」

 家宰が尋ねる。

「高いでしょう」

 エルフィーナは帳簿を閉じる。

「受け入れなければ、信用がさらに揺らぐ」

「透明化は王家にとって屈辱では」

「屈辱ではありません」

 彼女は穏やかに言う。

「対等になるだけです」

 特別扱いをやめる。

 それだけ。

「お嬢様は、殿下をお恨みではないのですか」

 問いは慎重だった。

 エルフィーナは少しだけ視線を外す。

「恨みは生産的ではありません」

「ですが、傷つかれたのでは」

「傷はありますわ」

 小さく笑う。

「でも、それを材料にしても、価値は生まれません」

 怒りに任せて動けば、一時の満足は得られる。

 だが彼女が望むのは持続だ。

「私は働かないと決めています」

 ゆっくりと立ち上がる。

「だからこそ、感情では動きません」

 夜が近づき、館の灯りがともる。

 王宮では、再契約案の検討会議が続いていた。

「透明化は譲れないのか」

「譲れません」

 財務官長が言う。

「保証を求める以上、信用の裏付けが必要です」

「公爵家はそこまで要求するのか」

「市場が要求しています」

 その言葉に、会議室は静まる。

 市場。

 王家よりも冷静で、王家よりも容赦ない存在。

 アレクシスは立ち上がった。

「受け入れる」

 短い宣言。

 財務官長が目を見開く。

「よろしいのですか」

「国を守るためだ」

 誇りは残る。

 だが優先すべきは安定。

「透明化を進める」

 王太子の声は、決意を帯びていた。

 翌日、ルヴァリエ公爵邸に正式な返答が届く。

「王宮は条件を受諾」

 家宰が報告する。

「支出透明化も含め」

「そう」

 エルフィーナは静かに頷く。

「ならば、保証は再開いたします」

「これで市場も落ち着くでしょう」

「ええ」

 彼女は窓の外を見る。

 王都の屋根が朝日に照らされている。

 焦ったのは王宮。

 動いたのも王宮。

 彼女はただ、条件を示しただけ。

「お嬢様」

 マリアが微笑む。

「勝ちましたね」

「勝ち負けではないわ」

 エルフィーナは小さく首を振る。

「対等になっただけ」

 王太子は再び彼女の名を思い浮かべる。

 怒りも、涙もなかった。

 ただ理屈。

 だがその理屈は、王家を動かした。

 彼は初めて理解し始めていた。

 理想だけでは国は回らない。

 そして、静かな者ほど強いことを。

 エルフィーナは椅子に腰を下ろす。

「私は何もしていないわ」

 穏やかな声。

「条件を戻しただけ」

 王都の空気は、少しずつ安定を取り戻していく。

 だが王太子の胸に残る違和感は、まだ消えていなかった。

 それは失われた特別の感覚か。

 それとも、初めて対等に立たされた実感か。

 いずれにせよ、盤面は確実に変わった。

 動かなかった彼女のままに。
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