働きませんわ。それでも王妃になります

鷹 綾

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16話 静かな再始動

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16話 静かな再始動

 王宮が再契約を受諾したという正式文書が王都に伝わったのは、翌日の昼前だった。

 その報せは市場にも神殿にも広がり、慎重姿勢を取っていた商人たちの間に、ほっとした空気が流れる。

「保証が戻るらしい」

「透明化も進めるとか」

「なら大丈夫か」

 囁きは小さく、だが確実に広がった。

 穀物商は仕入れ表を見直し、倉庫番は出荷予定を再調整する。王宮向けの優先供給も再確認され、流通は徐々に本来の速度を取り戻し始めていた。

 一方、王宮の執務室では財務官長が深く息を吐いていた。

「国外銀行、融資再開を承認」

「市場も落ち着きつつあります」

 書類の数字が、少しずつ安定していく。

 保証が戻っただけで、空気は変わる。

 信用とは、こういうものだ。

「透明化の準備は」

「進めております」

 王宮の支出が整理され、項目が明確化される。長年曖昧にされてきた部分も洗い出される。

 それは痛みを伴う作業だったが、同時に王家の基盤を再確認する機会でもあった。

 アレクシスはその報告を受け、静かに頷く。

「これで、ひとまず安定するな」

「はい」

 レオンの声は変わらない。

「殿下の決断が、信用回復に繋がりました」

 その言葉は事実だった。

 だがアレクシスの胸には、複雑な感情が残る。

 動いたのは自分だ。

 だが動かされたのも事実だった。

「彼女は、何と言っている」

「公爵家は保証再開を正式に通知しております」

「それだけか」

「それだけです」

 喜びも誇示もない。

 ただ契約の履行。

 それが、妙に胸に残る。

 同じ頃、ルヴァリエ公爵邸では落ち着いた空気が流れていた。

「国外銀行からも確認が届きました」

 家宰が報告する。

「保証再開に伴い、融資実行」

「良かったわ」

 エルフィーナは静かに言う。

「市場も落ち着くでしょう」

「はい。穀物価格も徐々に戻る見込みです」

 彼女は頷き、窓の外を眺める。

 王都の屋根の向こうに、青空が広がっている。

「お嬢様」

 マリアが小さく笑う。

「これで一段落ですね」

「そうね」

 エルフィーナは紅茶を口に運ぶ。

「私は何もしていないけれど」

 事実だ。

 保証を止め、再契約を提示し、条件を整えただけ。

 叫びも抗議もなかった。

「殿下は、どう感じておられるでしょう」

 家宰が問いかける。

「わからないわ」

 エルフィーナは素直に答える。

「でも、これで対等よ」

 特別扱いは消えた。

 だが関係は断たれていない。

 再構築された。

 それが彼女の望みだった。

 神殿でも変化があった。

「支援が再開されるとのことです」

 会計係が神殿長に報告する。

「透明化条件付きですが」

「構わぬ」

 神殿長は頷く。

「光は継続せねばならぬ」

 リリアも胸を撫で下ろす。

「また、炊き出しを増やせますね」

 彼女の笑顔は戻りつつあった。

 だがその奥に、わずかな影が残る。

 支えは善意だけではない。

 契約と信用の上に成り立っている。

 それを初めて実感した。

 夕刻、アレクシスは王宮の塔から王都を見下ろしていた。

 穀物市場の動き。

 倉庫の煙。

 神殿の灯り。

 すべてが、静かに再始動している。

「殿下」

 レオンが背後に立つ。

「盤面は整いました」

「整えられた、だろう」

 アレクシスは苦笑する。

 自分が選び、自分が受け入れた。

 だがそのきっかけは彼女だった。

「私は、理想を追った」

「はい」

「だが理想は、土台の上にある」

 エルフィーナの言葉が蘇る。

 土台。

 保証。

 信用。

 彼は静かに目を閉じる。

 怒りはない。

 だが、以前とは違う視界が開けている。

 一方、エルフィーナは書斎で本を閉じた。

「これで、しばらくは安定ね」

 小さく呟く。

「お嬢様は本当に、何もなさらないのですね」

 マリアの声は冗談めいている。

「何もしていないわ」

 彼女は笑う。

「ただ、条件を戻しただけ」

 静かな再始動。

 動かなかった彼女のままに、王都は落ち着きを取り戻した。

 だが変わったものもある。

 王家は初めて透明化を受け入れ、公爵家は特別扱いをやめた。

 そして王太子は、初めて対等という言葉を重く感じている。

 夜の帳が王都を包む。

 灯りは安定し、流通は戻り、炊き出しの鍋も再び増える。

 エルフィーナは静かに寝台へ向かう。

「私は働かない」

 それでも世界は動く。

 動いたのは、選択した者たち。

 彼女はただ、揺れた盤面を整えただけだった。
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