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17話 残る違和感
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17話 残る違和感
王都は落ち着きを取り戻していた。
穀物価格は徐々に元に戻り、港湾事業も再開の兆しを見せている。神殿の炊き出しも規模を回復し、人々は再び日常の速度で歩き始めていた。
表面上は、何事もなかったかのようだ。
だが王宮の空気は、どこか以前とは違っていた。
透明化の作業は着実に進められている。王家の支出は細分化され、帳簿は整えられ、余剰と無駄が洗い出される。
「これほど曖昧な項目があったとは」
財務官長が眉を寄せる。
「特例処理が積み重なっておりました」
補佐官が淡々と答える。
特例。
その言葉が、妙に重く響く。
王家は常に特別だった。
だがその特別は、誰かの支えの上に成り立っていた。
アレクシスは報告書を閉じる。
「透明化は続けろ」
「はい」
「これは一時的な対応ではない」
王太子の声は静かだが、以前よりも低く落ち着いている。
彼は理解し始めていた。
土台を整えなければ、理想は立たない。
それでも、胸に残るものがある。
対等に戻りましょう。
あの言葉が、離れない。
同じ頃、ルヴァリエ公爵邸では穏やかな午後が流れていた。
エルフィーナは書斎で、王都商会からの報告書を眺めている。
「市場は安定」
「はい」
家宰が答える。
「透明化の報せが信用を回復させました」
「良いことだわ」
彼女は頷く。
「王家が動いたのね」
「殿下の決断でしょう」
エルフィーナは小さく微笑む。
「ならば安心」
怒りも嘲りもない。
ただ事実の確認。
「お嬢様は、殿下をどう思われますか」
家宰の問いは慎重だった。
彼女は少しだけ考える。
「真面目な方よ」
「それだけですか」
「理想を追うのは悪いことではないわ」
窓の外に視線を向ける。
「ただ、土台を見落としただけ」
それは非難ではなく、評価。
エルフィーナは椅子にもたれかかる。
「私は働かないと決めているもの」
「はい」
「だから、走り回る方の大変さはわかるわ」
夕陽が部屋を染める。
彼女の横顔は穏やかだ。
一方、王宮では別の違和感が広がっていた。
貴族会議。
「透明化は必要だったのか」
「公爵家の圧力ではないのか」
小声が飛び交う。
だが誰も公に批判はしない。
市場が安定した今、反対する理由はない。
むしろ整理された帳簿は、王家の信用を高めつつある。
それでも一部の貴族は、特例の消失を惜しんでいた。
アレクシスは会議の席で静かに言う。
「王家は特別であるべきだ」
ざわめきが止まる。
「だが特別は、特権ではない」
視線が集まる。
「責任だ」
その言葉に、空気が変わる。
以前の王太子なら、理想だけを語っただろう。
だが今は違う。
責任という土台を口にする。
会議後、レオンが近づく。
「殿下、変わられましたね」
「変わったか」
「現実を見ておられます」
アレクシスは苦笑する。
「現実は、彼女に教えられた」
教えられたという自覚。
悔しさではなく、認識。
その頃、神殿ではリリアが祈祷を終え、外に出ていた。
炊き出しの鍋は再び三つに増え、子どもたちの笑い声が戻る。
「支援が続いて良かったですね」
修道女が微笑む。
「はい」
リリアも頷く。
だが心の奥には、小さな問いが残る。
光は、誰に支えられているのか。
王太子の理想か。
公爵家の保証か。
それとも両方か。
夜。
王宮の塔から、アレクシスは再び王都を見下ろす。
安定している。
だが胸の奥には、静かな違和感が残る。
エルフィーナは何も求めなかった。
謝罪も、復縁も、名誉回復も。
ただ対等。
「私は、彼女を失ったのか」
小さな呟き。
それが個人的な感情なのか、政治的な損失なのか、まだ分からない。
一方、エルフィーナは庭を歩いていた。
夜風が涼しい。
「お嬢様、何かお考えですか」
マリアが尋ねる。
「いいえ」
彼女は微笑む。
「何も」
事実だった。
彼女は動かない。
だが盤面は変わった。
王家は透明化を受け入れ、対等な契約が成立した。
そして王太子は、初めて土台を意識した。
違和感は、まだ消えない。
それは後悔か、学びか、あるいは気づきか。
夜の王都は静かだ。
灯りは安定し、風は穏やかに吹いている。
動かなかった彼女のままに、世界は少しだけ変わっていた。
王都は落ち着きを取り戻していた。
穀物価格は徐々に元に戻り、港湾事業も再開の兆しを見せている。神殿の炊き出しも規模を回復し、人々は再び日常の速度で歩き始めていた。
表面上は、何事もなかったかのようだ。
だが王宮の空気は、どこか以前とは違っていた。
透明化の作業は着実に進められている。王家の支出は細分化され、帳簿は整えられ、余剰と無駄が洗い出される。
「これほど曖昧な項目があったとは」
財務官長が眉を寄せる。
「特例処理が積み重なっておりました」
補佐官が淡々と答える。
特例。
その言葉が、妙に重く響く。
王家は常に特別だった。
だがその特別は、誰かの支えの上に成り立っていた。
アレクシスは報告書を閉じる。
「透明化は続けろ」
「はい」
「これは一時的な対応ではない」
王太子の声は静かだが、以前よりも低く落ち着いている。
彼は理解し始めていた。
土台を整えなければ、理想は立たない。
それでも、胸に残るものがある。
対等に戻りましょう。
あの言葉が、離れない。
同じ頃、ルヴァリエ公爵邸では穏やかな午後が流れていた。
エルフィーナは書斎で、王都商会からの報告書を眺めている。
「市場は安定」
「はい」
家宰が答える。
「透明化の報せが信用を回復させました」
「良いことだわ」
彼女は頷く。
「王家が動いたのね」
「殿下の決断でしょう」
エルフィーナは小さく微笑む。
「ならば安心」
怒りも嘲りもない。
ただ事実の確認。
「お嬢様は、殿下をどう思われますか」
家宰の問いは慎重だった。
彼女は少しだけ考える。
「真面目な方よ」
「それだけですか」
「理想を追うのは悪いことではないわ」
窓の外に視線を向ける。
「ただ、土台を見落としただけ」
それは非難ではなく、評価。
エルフィーナは椅子にもたれかかる。
「私は働かないと決めているもの」
「はい」
「だから、走り回る方の大変さはわかるわ」
夕陽が部屋を染める。
彼女の横顔は穏やかだ。
一方、王宮では別の違和感が広がっていた。
貴族会議。
「透明化は必要だったのか」
「公爵家の圧力ではないのか」
小声が飛び交う。
だが誰も公に批判はしない。
市場が安定した今、反対する理由はない。
むしろ整理された帳簿は、王家の信用を高めつつある。
それでも一部の貴族は、特例の消失を惜しんでいた。
アレクシスは会議の席で静かに言う。
「王家は特別であるべきだ」
ざわめきが止まる。
「だが特別は、特権ではない」
視線が集まる。
「責任だ」
その言葉に、空気が変わる。
以前の王太子なら、理想だけを語っただろう。
だが今は違う。
責任という土台を口にする。
会議後、レオンが近づく。
「殿下、変わられましたね」
「変わったか」
「現実を見ておられます」
アレクシスは苦笑する。
「現実は、彼女に教えられた」
教えられたという自覚。
悔しさではなく、認識。
その頃、神殿ではリリアが祈祷を終え、外に出ていた。
炊き出しの鍋は再び三つに増え、子どもたちの笑い声が戻る。
「支援が続いて良かったですね」
修道女が微笑む。
「はい」
リリアも頷く。
だが心の奥には、小さな問いが残る。
光は、誰に支えられているのか。
王太子の理想か。
公爵家の保証か。
それとも両方か。
夜。
王宮の塔から、アレクシスは再び王都を見下ろす。
安定している。
だが胸の奥には、静かな違和感が残る。
エルフィーナは何も求めなかった。
謝罪も、復縁も、名誉回復も。
ただ対等。
「私は、彼女を失ったのか」
小さな呟き。
それが個人的な感情なのか、政治的な損失なのか、まだ分からない。
一方、エルフィーナは庭を歩いていた。
夜風が涼しい。
「お嬢様、何かお考えですか」
マリアが尋ねる。
「いいえ」
彼女は微笑む。
「何も」
事実だった。
彼女は動かない。
だが盤面は変わった。
王家は透明化を受け入れ、対等な契約が成立した。
そして王太子は、初めて土台を意識した。
違和感は、まだ消えない。
それは後悔か、学びか、あるいは気づきか。
夜の王都は静かだ。
灯りは安定し、風は穏やかに吹いている。
動かなかった彼女のままに、世界は少しだけ変わっていた。
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