19 / 39
19話 広がる評価
しおりを挟む
19話 広がる評価
王都の社交界は、目に見えない風向きで動く。
誰が称賛され、誰が距離を置かれ、誰が次の中心に立つのか。
それは舞踏会の拍手よりも、静かな噂で決まる。
再契約と透明化の発表から二週間。
王家の信用は目に見えて安定し、市場も落ち着きを取り戻していた。
だがもう一つ、静かに変わっているものがあった。
「ルヴァリエ公爵家は、やはり別格だな」
「感情で動かないのが強い」
「公爵令嬢は何も言わなかったそうだ」
サロンの隅で交わされる声。
嘲りではない。
評価だ。
公の場で婚約を破棄されながら、抗議もせず、騒がず、ただ契約を整理した。
その結果、王家を対等の土俵に引き戻した。
「強いのは王太子ではなく、公爵令嬢だったのでは」
そんな声さえ混じる。
王宮にもその空気は届いていた。
「殿下、貴族家からの書簡が増えております」
レオンが報告する。
「どのような内容だ」
「透明化を評価するものと、公爵家との協調を支持するもの」
アレクシスは頷く。
以前なら、婚約破棄の正当性を巡る書簡が届いていたはずだ。
だが今は違う。
焦点は安定と信頼に移っている。
「彼女の評価が上がっているな」
ぽつりと漏らす。
「はい」
レオンは否定しない。
「静かに動かないという選択が、貴族の間で高く評価されています」
「動かなかったのに、評価されるのか」
「動かなかったからこそ、です」
アレクシスは机に視線を落とす。
自分は動いた。
理想を掲げ、宣言し、再契約を受け入れた。
だが社交界では、冷静さが語られている。
「彼女は、私を批判したか」
「一度も」
その事実が、妙に重い。
一方、ルヴァリエ公爵邸では穏やかな昼が流れていた。
「近隣の侯爵家から訪問希望が」
「また?」
エルフィーナは少し驚いたように目を瞬かせる。
「社交界でのご挨拶とのことです」
「私は何もしていないのに」
小さく笑う。
「それが理由でしょう」
家宰が静かに言う。
「冷静さは信頼を生みます」
エルフィーナは椅子にもたれかかる。
「信頼は、重いわ」
「お嫌ですか」
「いえ」
彼女は首を振る。
「でも、背負う気はないの」
働かないと決めている。
だからこそ、求められる役割を増やさない。
「来訪は受けますか」
「形式的なものなら」
彼女は紅茶を口にする。
「過度な期待は困るわ」
午後、侯爵夫人が訪れた。
「エルフィーナ様、今回の件、見事でしたわ」
「何のことでしょう」
穏やかな微笑み。
「王家を正面から責めることなく、対等に戻された」
「私は何もしておりません」
「それが凄いのです」
侯爵夫人は感嘆する。
「怒らず、騒がず、理屈で整える。あれは簡単に真似できません」
エルフィーナはただ微笑む。
称賛を受け流す。
誇らない。
だが否定もしない。
夜、王宮の塔の上でアレクシスは風に当たっていた。
市場は安定。
貴族は静観。
透明化は評価されている。
それでも、胸の奥に残る感情は消えない。
「殿下は、後悔なさっておりますか」
レオンの問い。
「後悔ではない」
即答する。
だが続く言葉は少し遅れた。
「ただ、気づかなかっただけだ」
「何に」
「彼女の価値に」
理想を支える土台。
感情に流されない強さ。
動かないことで盤面を整える胆力。
それを理解せずに、切り離した。
「殿下」
「何だ」
「まだ終わっておりません」
レオンは静かに言う。
「終わっていない?」
「対等は、関係の終わりではありません」
アレクシスは夜空を見上げる。
対等。
それは遠ざかる言葉であり、同時に新しい可能性でもある。
その頃、エルフィーナは書斎で本を閉じた。
「評価が広がっております」
マリアが嬉しそうに言う。
「そう」
「嬉しくありませんか」
「評価は風のようなものよ」
彼女は窓を開ける。
「吹けば揺れるし、止められない」
外から涼しい風が入る。
「私は変わらないわ」
働かない。
感情で動かない。
求められても、焦らない。
それが彼女の選択。
王都の夜は静かだ。
だが静けさの中で、評価は確実に広がっている。
動かなかった者が、最も強く見える。
その事実が、王太子の胸に小さな影を落としていた。
それは悔しさではなく、認識。
そして、まだ名のつかない感情だった。
王都の社交界は、目に見えない風向きで動く。
誰が称賛され、誰が距離を置かれ、誰が次の中心に立つのか。
それは舞踏会の拍手よりも、静かな噂で決まる。
再契約と透明化の発表から二週間。
王家の信用は目に見えて安定し、市場も落ち着きを取り戻していた。
だがもう一つ、静かに変わっているものがあった。
「ルヴァリエ公爵家は、やはり別格だな」
「感情で動かないのが強い」
「公爵令嬢は何も言わなかったそうだ」
サロンの隅で交わされる声。
嘲りではない。
評価だ。
公の場で婚約を破棄されながら、抗議もせず、騒がず、ただ契約を整理した。
その結果、王家を対等の土俵に引き戻した。
「強いのは王太子ではなく、公爵令嬢だったのでは」
そんな声さえ混じる。
王宮にもその空気は届いていた。
「殿下、貴族家からの書簡が増えております」
レオンが報告する。
「どのような内容だ」
「透明化を評価するものと、公爵家との協調を支持するもの」
アレクシスは頷く。
以前なら、婚約破棄の正当性を巡る書簡が届いていたはずだ。
だが今は違う。
焦点は安定と信頼に移っている。
「彼女の評価が上がっているな」
ぽつりと漏らす。
「はい」
レオンは否定しない。
「静かに動かないという選択が、貴族の間で高く評価されています」
「動かなかったのに、評価されるのか」
「動かなかったからこそ、です」
アレクシスは机に視線を落とす。
自分は動いた。
理想を掲げ、宣言し、再契約を受け入れた。
だが社交界では、冷静さが語られている。
「彼女は、私を批判したか」
「一度も」
その事実が、妙に重い。
一方、ルヴァリエ公爵邸では穏やかな昼が流れていた。
「近隣の侯爵家から訪問希望が」
「また?」
エルフィーナは少し驚いたように目を瞬かせる。
「社交界でのご挨拶とのことです」
「私は何もしていないのに」
小さく笑う。
「それが理由でしょう」
家宰が静かに言う。
「冷静さは信頼を生みます」
エルフィーナは椅子にもたれかかる。
「信頼は、重いわ」
「お嫌ですか」
「いえ」
彼女は首を振る。
「でも、背負う気はないの」
働かないと決めている。
だからこそ、求められる役割を増やさない。
「来訪は受けますか」
「形式的なものなら」
彼女は紅茶を口にする。
「過度な期待は困るわ」
午後、侯爵夫人が訪れた。
「エルフィーナ様、今回の件、見事でしたわ」
「何のことでしょう」
穏やかな微笑み。
「王家を正面から責めることなく、対等に戻された」
「私は何もしておりません」
「それが凄いのです」
侯爵夫人は感嘆する。
「怒らず、騒がず、理屈で整える。あれは簡単に真似できません」
エルフィーナはただ微笑む。
称賛を受け流す。
誇らない。
だが否定もしない。
夜、王宮の塔の上でアレクシスは風に当たっていた。
市場は安定。
貴族は静観。
透明化は評価されている。
それでも、胸の奥に残る感情は消えない。
「殿下は、後悔なさっておりますか」
レオンの問い。
「後悔ではない」
即答する。
だが続く言葉は少し遅れた。
「ただ、気づかなかっただけだ」
「何に」
「彼女の価値に」
理想を支える土台。
感情に流されない強さ。
動かないことで盤面を整える胆力。
それを理解せずに、切り離した。
「殿下」
「何だ」
「まだ終わっておりません」
レオンは静かに言う。
「終わっていない?」
「対等は、関係の終わりではありません」
アレクシスは夜空を見上げる。
対等。
それは遠ざかる言葉であり、同時に新しい可能性でもある。
その頃、エルフィーナは書斎で本を閉じた。
「評価が広がっております」
マリアが嬉しそうに言う。
「そう」
「嬉しくありませんか」
「評価は風のようなものよ」
彼女は窓を開ける。
「吹けば揺れるし、止められない」
外から涼しい風が入る。
「私は変わらないわ」
働かない。
感情で動かない。
求められても、焦らない。
それが彼女の選択。
王都の夜は静かだ。
だが静けさの中で、評価は確実に広がっている。
動かなかった者が、最も強く見える。
その事実が、王太子の胸に小さな影を落としていた。
それは悔しさではなく、認識。
そして、まだ名のつかない感情だった。
29
あなたにおすすめの小説
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
【完結】断罪された悪役令嬢は、二度目は復讐に生きる
くろねこ
恋愛
公爵令嬢リリアーネ・アルフェルトは、
聖女と王国第一王子に嵌められ、
悪女として公開断罪され、処刑された。
弁明は許されず、真実を知る者は沈黙し、
彼女は石を投げられ、罵られ、
罪人として命を奪われた――はずだった。
しかし、彼女は教会の地下で目を覚ます。
死を代償に得たのは.........
赦しは選ばない。
和解もしない。
名乗るつもりもない。
彼女が選んだのは、
自分を裁いた者たちを、
同じ法と断罪で裁き返すこと。
最初に落ちるのは、
彼女を裏切った小さな歯車。
次に崩れるのは、
聖女の“奇跡”と信仰。
やがて王子は、
自ら築いた裁判台へと引きずり出される。
かつて正義を振りかざした者たちは、
自分が断罪される未来を想像すらしていなかった。
悪女は表舞台に立たない。
だがその裏側で、
嘘は暴かれ、
罪は積み上がり、
裁きは逃げ場なく迫っていく。
これは、
一度死んだ悪女が、
“ざまぁ”のために暴れる物語ではない。
――逃げ場のない断罪を、
一人ずつ成立させていく物語だ。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
虐げられた皇女は父の愛人とその娘に復讐する
ましゅぺちーの
恋愛
大陸一の大国ライドーン帝国の皇帝が崩御した。
その皇帝の子供である第一皇女シャーロットはこの時をずっと待っていた。
シャーロットの母親は今は亡き皇后陛下で皇帝とは政略結婚だった。
皇帝は皇后を蔑ろにし身分の低い女を愛妾として囲った。
やがてその愛妾には子供が生まれた。それが第二皇女プリシラである。
愛妾は皇帝の寵愛を笠に着てやりたい放題でプリシラも両親に甘やかされて我儘に育った。
今までは皇帝の寵愛があったからこそ好きにさせていたが、これからはそうもいかない。
シャーロットは愛妾とプリシラに対する復讐を実行に移す―
一部タイトルを変更しました。
(完結)婚約破棄から始まる真実の愛
青空一夏
恋愛
私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。
女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?
美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる