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27話 試される覚悟
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27話 試される覚悟
波紋は、やがて中心へ戻る。
噂が広がり、縁談が囁かれ、沈黙が続いた末に、王宮は一つの決断を迫られていた。
「西方侯爵家へ、正式な返答を」
重臣たちの視線が、アレクシスへ向けられる。
王太子の縁談は、個人の問題ではない。
国の安定、王家の継承、外交の均衡。
すべてが絡む。
「時間をいただきたい」
彼は即答しなかった。
以前なら、理想や合理で決められただろう。
だが今は違う。
対等という言葉が、簡単な判断を許さない。
会議が終わり、執務室に戻る。
「殿下は迷っておられます」
レオンの声は静かだ。
「迷いではない」
だが否定は弱い。
「試されているのは私だ」
「誰に」
「私自身に」
対等を理解したと言いながら、彼はまだ確認したがっている。
彼女が動かないことを。
揺れないことを。
それが自分の選択を正当化する材料にならないかと、どこかで探している。
一方、ルヴァリエ公爵邸。
「王宮はまもなく返答を出すようです」
家宰が告げる。
「そう」
エルフィーナは庭の白い椅子に座ったまま、視線を上げない。
「お嬢様、本当に何もお伝えにならないのですか」
マリアが慎重に問う。
「何を」
「お気持ちを」
少しだけ沈黙が落ちる。
「私は働かないと決めているの」
穏やかな声。
「選択は殿下の責任よ」
均衡を守るとは、相手の責任を奪わないこと。
彼女が一言でも動けば、判断の重さは変わる。
だから動かない。
夜、王宮の庭園。
アレクシスは一人で歩いていた。
灯りが石畳を淡く照らす。
背後から、軽やかな足音。
「殿下」
振り返ると、エルフィーナが立っていた。
偶然ではない。
公的な書簡の受け渡しのために来宮していたのだ。
「珍しいな、夜に」
「公務ですわ」
事務的な答え。
しばし沈黙。
「噂は聞いているだろう」
「ええ」
「何も言わないのか」
率直な問い。
彼女は静かに目を合わせる。
「申し上げるべきことはありません」
「本当に」
「殿下が選ぶことです」
変わらぬ答え。
だが今夜は、少しだけ空気が違う。
「私は、試しているのかもしれない」
彼は低く言う。
「君が揺れるかどうか」
エルフィーナは瞬きをする。
怒りも、悲しみもない。
「揺れませんわ」
即答。
「なぜ」
「揺れれば、対等ではなくなるから」
その言葉は刃のように正確だった。
対等とは、依存しないこと。
揺らされないこと。
「殿下は何を望んでおられるのですか」
彼女は静かに問い返す。
初めて、彼女からの問い。
アレクシスは答えに詰まる。
国の安定か。
理想の実現か。
それとも――。
「私は、逃げているのか」
小さく漏らす。
縁談に即答しないのは、覚悟の欠如かもしれない。
彼女が動かないことに甘えているのかもしれない。
エルフィーナは少しだけ目を細める。
「覚悟は、誰かの反応で決めるものではありません」
静かな断言。
「殿下が決めるものです」
風が二人の間を通り抜ける。
近づかない距離。
だが今夜は、言葉が交差した。
「もし私が縁談を受けたら」
彼の問い。
「祝福いたしますわ」
即答。
迷いのない声。
それが彼の胸を締めつける。
祝福。
止めない。
縛らない。
それが彼女の選択。
「そしてもし、受けなければ」
「それも殿下のご判断」
やはり、彼女は石を投げない。
波紋を作らない。
アレクシスは目を閉じる。
試されているのは、自分の覚悟だ。
彼女ではない。
「ありがとう」
それだけを言う。
エルフィーナは礼をし、静かに去る。
背中は揺れない。
夜風に髪がわずかに揺れるだけ。
王都の灯りは変わらない。
均衡もまだ保たれている。
だが今、王太子は理解した。
対等を選ぶとは、逃げ場を失うこと。
そして覚悟とは、誰にも背中を押してもらえないこと。
彼の手の中にあった石は、まだ投げられていない。
だが握る力は、確実に強くなっていた。
波紋は、やがて中心へ戻る。
噂が広がり、縁談が囁かれ、沈黙が続いた末に、王宮は一つの決断を迫られていた。
「西方侯爵家へ、正式な返答を」
重臣たちの視線が、アレクシスへ向けられる。
王太子の縁談は、個人の問題ではない。
国の安定、王家の継承、外交の均衡。
すべてが絡む。
「時間をいただきたい」
彼は即答しなかった。
以前なら、理想や合理で決められただろう。
だが今は違う。
対等という言葉が、簡単な判断を許さない。
会議が終わり、執務室に戻る。
「殿下は迷っておられます」
レオンの声は静かだ。
「迷いではない」
だが否定は弱い。
「試されているのは私だ」
「誰に」
「私自身に」
対等を理解したと言いながら、彼はまだ確認したがっている。
彼女が動かないことを。
揺れないことを。
それが自分の選択を正当化する材料にならないかと、どこかで探している。
一方、ルヴァリエ公爵邸。
「王宮はまもなく返答を出すようです」
家宰が告げる。
「そう」
エルフィーナは庭の白い椅子に座ったまま、視線を上げない。
「お嬢様、本当に何もお伝えにならないのですか」
マリアが慎重に問う。
「何を」
「お気持ちを」
少しだけ沈黙が落ちる。
「私は働かないと決めているの」
穏やかな声。
「選択は殿下の責任よ」
均衡を守るとは、相手の責任を奪わないこと。
彼女が一言でも動けば、判断の重さは変わる。
だから動かない。
夜、王宮の庭園。
アレクシスは一人で歩いていた。
灯りが石畳を淡く照らす。
背後から、軽やかな足音。
「殿下」
振り返ると、エルフィーナが立っていた。
偶然ではない。
公的な書簡の受け渡しのために来宮していたのだ。
「珍しいな、夜に」
「公務ですわ」
事務的な答え。
しばし沈黙。
「噂は聞いているだろう」
「ええ」
「何も言わないのか」
率直な問い。
彼女は静かに目を合わせる。
「申し上げるべきことはありません」
「本当に」
「殿下が選ぶことです」
変わらぬ答え。
だが今夜は、少しだけ空気が違う。
「私は、試しているのかもしれない」
彼は低く言う。
「君が揺れるかどうか」
エルフィーナは瞬きをする。
怒りも、悲しみもない。
「揺れませんわ」
即答。
「なぜ」
「揺れれば、対等ではなくなるから」
その言葉は刃のように正確だった。
対等とは、依存しないこと。
揺らされないこと。
「殿下は何を望んでおられるのですか」
彼女は静かに問い返す。
初めて、彼女からの問い。
アレクシスは答えに詰まる。
国の安定か。
理想の実現か。
それとも――。
「私は、逃げているのか」
小さく漏らす。
縁談に即答しないのは、覚悟の欠如かもしれない。
彼女が動かないことに甘えているのかもしれない。
エルフィーナは少しだけ目を細める。
「覚悟は、誰かの反応で決めるものではありません」
静かな断言。
「殿下が決めるものです」
風が二人の間を通り抜ける。
近づかない距離。
だが今夜は、言葉が交差した。
「もし私が縁談を受けたら」
彼の問い。
「祝福いたしますわ」
即答。
迷いのない声。
それが彼の胸を締めつける。
祝福。
止めない。
縛らない。
それが彼女の選択。
「そしてもし、受けなければ」
「それも殿下のご判断」
やはり、彼女は石を投げない。
波紋を作らない。
アレクシスは目を閉じる。
試されているのは、自分の覚悟だ。
彼女ではない。
「ありがとう」
それだけを言う。
エルフィーナは礼をし、静かに去る。
背中は揺れない。
夜風に髪がわずかに揺れるだけ。
王都の灯りは変わらない。
均衡もまだ保たれている。
だが今、王太子は理解した。
対等を選ぶとは、逃げ場を失うこと。
そして覚悟とは、誰にも背中を押してもらえないこと。
彼の手の中にあった石は、まだ投げられていない。
だが握る力は、確実に強くなっていた。
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