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36話 均衡を壊す言葉
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36話 均衡を壊す言葉
外圧は、消えたわけではない。
隣国の使節は穏やかに去ったが、その後も小さな打診は続いていた。
王太子の婚姻。
王家と公爵家の関係。
均衡は外交の材料として扱われ始めている。
王宮の執務室。
「西方より再度の問い合わせです」
レオンが告げる。
「今回は直接的です。王太子殿下とルヴァリエ公爵令嬢の将来的関係について」
アレクシスは書簡を受け取り、静かに目を通す。
探りではない。
確信を持った質問だ。
「均衡は、外からは婚約の継続に見えるらしい」
「はい」
「否定すれば、揺らぐ」
「肯定すれば、固定されます」
どちらも波を生む。
均衡は、曖昧さの上に成り立っている。
一方、ルヴァリエ公爵邸。
「隣国の書簡、王宮から写しが届いております」
家宰が差し出す。
エルフィーナは目を通す。
直接的な問い。
婚姻の可能性。
「お嬢様は」
「動きません」
だが今回は、胸の奥に微かな違和がある。
均衡は守られている。
だが外からの言葉が、その均衡を形にしようとしている。
形にされれば、自由は失われる。
数日後、王宮での小規模な外交会談。
アレクシスははっきりと告げた。
「王太子の婚姻は、現時点では未定」
「公爵家との関係は、政治的拘束を伴わない」
明確な否定。
曖昧を残さない。
会談後、レオンが低く言う。
「均衡を壊す言葉でした」
「ああ」
「それでも」
「必要だ」
均衡は沈黙で守られてきた。
だが沈黙が誤解を固定するなら、言葉で壊すしかない。
その夜。
エルフィーナは王宮に呼ばれた。
非公式の面会。
回廊に灯りが揺れる。
「聞いたか」
「ええ」
短い応答。
「私は明言した」
「存じております」
沈黙。
だが今夜は、空気が違う。
「均衡を壊したかもしれない」
彼は正直に言う。
「外から見える形を、否定した」
エルフィーナは静かに目を合わせる。
「壊れてはおりません」
「なぜ」
「均衡は、形ではなく覚悟で保たれるものです」
その言葉は揺れない。
「殿下が揺れていない限り、壊れません」
「だが君の立場は」
「変わりません」
即答。
否定も、動揺もない。
「私は働きません」
その一言が、彼の胸を締めつける。
「君は、本当に望まないのか」
問いは、以前よりも低い。
「望みを持てば、均衡が崩れます」
「だが私は」
言葉が詰まる。
彼は初めて、自分の内側にある感情を直視する。
「私は、君に近づきたいと思っている」
沈黙が落ちる。
回廊の灯りだけが揺れる。
エルフィーナは目を閉じ、ゆっくりと開く。
「それは均衡を壊す言葉です」
静かな指摘。
「分かっている」
彼は頷く。
「だから今まで言わなかった」
「そして今日、言った」
「外交の場で否定した以上、曖昧にしておけない」
彼は逃げない。
均衡を壊すかもしれない言葉を、自ら選んだ。
エルフィーナは小さく息を吐く。
「殿下は揺れておりません」
「揺れている」
即答。
「だが逃げない」
それが彼の覚悟。
彼女は静かに視線を落とす。
均衡を守るため、踏み込まなかった。
だが彼は踏み込んだ。
「私は動きません」
彼女は言う。
「殿下が揺れ続けない限り」
条件は変わらない。
だが今夜、距離の意味が少しだけ変わる。
「均衡を壊すのは言葉ではない」
エルフィーナは続ける。
「覚悟のない言葉です」
彼は目を見つめる。
「覚悟はある」
その声は静かで強い。
風が回廊を抜ける。
均衡はまだ崩れていない。
だが沈黙は、以前ほど固くない。
働かないという選択。
揺らがぬという覚悟。
その間に、初めて感情という名の波が生まれた。
壊れてはいない。
だが形は変わり始めている。
均衡を壊す言葉は、まだ完全には放たれていない。
しかしその予兆は、確かに夜空に残っていた。
外圧は、消えたわけではない。
隣国の使節は穏やかに去ったが、その後も小さな打診は続いていた。
王太子の婚姻。
王家と公爵家の関係。
均衡は外交の材料として扱われ始めている。
王宮の執務室。
「西方より再度の問い合わせです」
レオンが告げる。
「今回は直接的です。王太子殿下とルヴァリエ公爵令嬢の将来的関係について」
アレクシスは書簡を受け取り、静かに目を通す。
探りではない。
確信を持った質問だ。
「均衡は、外からは婚約の継続に見えるらしい」
「はい」
「否定すれば、揺らぐ」
「肯定すれば、固定されます」
どちらも波を生む。
均衡は、曖昧さの上に成り立っている。
一方、ルヴァリエ公爵邸。
「隣国の書簡、王宮から写しが届いております」
家宰が差し出す。
エルフィーナは目を通す。
直接的な問い。
婚姻の可能性。
「お嬢様は」
「動きません」
だが今回は、胸の奥に微かな違和がある。
均衡は守られている。
だが外からの言葉が、その均衡を形にしようとしている。
形にされれば、自由は失われる。
数日後、王宮での小規模な外交会談。
アレクシスははっきりと告げた。
「王太子の婚姻は、現時点では未定」
「公爵家との関係は、政治的拘束を伴わない」
明確な否定。
曖昧を残さない。
会談後、レオンが低く言う。
「均衡を壊す言葉でした」
「ああ」
「それでも」
「必要だ」
均衡は沈黙で守られてきた。
だが沈黙が誤解を固定するなら、言葉で壊すしかない。
その夜。
エルフィーナは王宮に呼ばれた。
非公式の面会。
回廊に灯りが揺れる。
「聞いたか」
「ええ」
短い応答。
「私は明言した」
「存じております」
沈黙。
だが今夜は、空気が違う。
「均衡を壊したかもしれない」
彼は正直に言う。
「外から見える形を、否定した」
エルフィーナは静かに目を合わせる。
「壊れてはおりません」
「なぜ」
「均衡は、形ではなく覚悟で保たれるものです」
その言葉は揺れない。
「殿下が揺れていない限り、壊れません」
「だが君の立場は」
「変わりません」
即答。
否定も、動揺もない。
「私は働きません」
その一言が、彼の胸を締めつける。
「君は、本当に望まないのか」
問いは、以前よりも低い。
「望みを持てば、均衡が崩れます」
「だが私は」
言葉が詰まる。
彼は初めて、自分の内側にある感情を直視する。
「私は、君に近づきたいと思っている」
沈黙が落ちる。
回廊の灯りだけが揺れる。
エルフィーナは目を閉じ、ゆっくりと開く。
「それは均衡を壊す言葉です」
静かな指摘。
「分かっている」
彼は頷く。
「だから今まで言わなかった」
「そして今日、言った」
「外交の場で否定した以上、曖昧にしておけない」
彼は逃げない。
均衡を壊すかもしれない言葉を、自ら選んだ。
エルフィーナは小さく息を吐く。
「殿下は揺れておりません」
「揺れている」
即答。
「だが逃げない」
それが彼の覚悟。
彼女は静かに視線を落とす。
均衡を守るため、踏み込まなかった。
だが彼は踏み込んだ。
「私は動きません」
彼女は言う。
「殿下が揺れ続けない限り」
条件は変わらない。
だが今夜、距離の意味が少しだけ変わる。
「均衡を壊すのは言葉ではない」
エルフィーナは続ける。
「覚悟のない言葉です」
彼は目を見つめる。
「覚悟はある」
その声は静かで強い。
風が回廊を抜ける。
均衡はまだ崩れていない。
だが沈黙は、以前ほど固くない。
働かないという選択。
揺らがぬという覚悟。
その間に、初めて感情という名の波が生まれた。
壊れてはいない。
だが形は変わり始めている。
均衡を壊す言葉は、まだ完全には放たれていない。
しかしその予兆は、確かに夜空に残っていた。
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