『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第1話 突然の婚約破棄宣告

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王城フェルムリア宮殿の大広間は、朝日を受けて眩いほどに輝いていた。
磨き抜かれた大理石の床に光が反射し、まるで天上の宮殿のような荘厳さを漂わせている。

だが、その中心で響いたひときわ大きな声は、場の空気を一瞬で凍り付かせた。

「エヴァントラ・フェルメリア。お前との婚約を……破棄する!」

王太子ウィッシュ・レギオールは、勝ち誇った表情で宣言した。
周囲の廷臣たちがどよめき、息を飲む音が広がる。

エヴァントラ・フェルメリアは静かに顔を上げた。
淡い銀色の髪がさらりと揺れ、湖水のように落ち着いた藍色の瞳が王太子を見据える。

「……理由を伺っても?」

礼儀正しい口調。感情の揺れは一切見せない。

ウィッシュは大げさに息を吐き、彼女を指さした。

「お前は完璧すぎる! 冷たくて、可愛げがない! 王太子妃としての柔らかさがまるでない!」

廷臣たち(えぇ……)
侍女たち(えぇ……)
国王(……お前が可愛げないぞ)

ざわめきが広がったが、ウィッシュだけは気づいていない。

エヴァントラは瞼を伏せ、震える声を絞り出した。

「……私に、至らぬ所があったのでしょうか」

「その通りだ! だが安心しろ、お前の代わりにふさわしい女性がいる!」

ウィッシュは誇らしげに後ろを振り返ると、一人の少女が扇子をぱたぱたと動かしながら前に出てきた。

栗色の髪を揺らし、勝ち誇ったような笑みを浮かべるアイラ・マーベル。
平民出身ながら、最近ウィッシュの寵妃候補として取り沙汰されている少女だ。

「わたし、王太子殿下の心を癒す存在になれると思うんですっ!」

……うるさい。

エヴァントラは心の中でだけ深々とため息をついた。
この少女がいるだけで室温が三度は上がる気がする。

だが表面には出さない。

ウィッシュは満足げに続ける。

「これからはアイラこそが、王太子妃の座にふさわしい! お前のように冷たい女ではなく、もっと寄り添ってくれる女性だ!」

(寄り添うのはいいけれど……国家予算を読めるのかしら?)

エヴァントラは微笑み、そっと膝を折った。
涙が頬を伝うように見えるが、それは完璧な演技だ。

「……殿下が、そう仰るのであれば。私は……退くしかございませんわ」

ざわっ。

民衆からは悲鳴にも似た同情の声が上がる。
誰もがエヴァントラを哀れみ、ウィッシュとアイラを非難する視線を向けた。

ウィッシュはその視線に気づかず、したり顔だ。

(はい、出ました。空気が読めない才能)

エヴァントラの心中は静かにワインで乾杯していた。

――これで国政から離れられるわ。
――これであの膨大な書類から解放されるのね。
――これで毎日、読書とお昼寝が……!

歓喜の舞を踊る自分を想像し、頬がゆるみそうになる。
危ない、顔に出るところだった。

ウィッシュはさらに追い打ちをかけるように言い放った。

「明日、正式な書面を用意する。お前は王宮を去るといい!」

「……承知いたしましたわ」

エヴァントラはスッと立ち上がり、ドレスの裾を優雅に持ち上げた。
その姿はどこまでも美しく、誰もが“なぜこんな令嬢を捨てるのか”と心の中で叫んでいた。

すると、侍女のメルトが涙ぐんで駆け寄ってくる。

「お嬢様……! そんな、あまりにも——」

エヴァントラはそっと彼女の肩に手を置いた。

「心配いりませんわ、メルト。これは……必要なことですの」

必要(自由)
大歓迎(自由)
神の恵み(自由)!

メルトはその真意に気づかず、さらに泣いた。

一方アイラは勝ち誇ったように扇子を広げる。

「エヴァントラ様って、完璧かもしれませんけど……殿下を癒せるのはわたしだけですからっ!」

(そう思っているなら頑張りなさい。三日で泣くでしょうけれど)

そんなつぶやきも口には出さない。
エヴァントラは最後に静かに一礼した。

「では失礼いたしますわ。殿下……どうか末永く、お幸せに」

ウィッシュはにやけ顔で頷いた。

「ふん、当然だ!」

エヴァントラはにっこり、完璧な微笑みを浮かべる。

――ええ、あなたたちが“どうなるか”なんて、知らないけれど。

くるりと踵を返し、大広間を後にする。
ドレスの裾がひるがえり、光を反射してきらめいた。

その背中には寂しさの影など一つもない。

むしろ、長年積み重ねてきた責任から解放されるという羽ばたきの軽やかさしかないのだった。

王宮の扉を出た瞬間、エヴァントラはそっと息を吐く。

「……はぁぁぁぁぁ、自由だわ……!」

小さく、しかし心の底からの歓喜。

この瞬間、彼女の人生は大きく動き始める。
そして数日後、彼女は隣国で運命の出会いを果たすことになるのだ。


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