『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』

鷹 綾

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第26話 逃げる者、残された者

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◆第26話 逃げる者、残された者

廃太子審議の報せが瞬く間に王宮へ広がると、
宮廷の空気は一夜にして凍りついた。

文官たちはもう“王太子ウィッシュ派”という言葉を
口にすらしなくなった。

代わりに囁かれているのは……

「……次期王太子は、第二王子か?」
「いや、もしかすると王女殿下……」
「とにかく、ウィッシュ殿下はもう……」

その噂を壁越しに聞き、
ウィッシュは執務室で唇を震わせていた。

「……どうしてだ。どうして誰も僕を擁護しない……?」

答えは簡単だ。
誰一人、擁護できる理由が残っていないからである。


---

◆アイラ、密かに“逃げ道”を探す

夕暮れの宮廷の一室。

アイラは額に汗を滲ませながら、
王宮使用人の一人を呼び止めていた。

「ねえ……わたし、どうすればいいの?
 このままだと……わたしまで廃妃扱いになってしまうじゃない!」

使用人は困った顔で答える。

「アイラ様、申し訳ありませんが……
 今やあなたを守れる者はおりません」

「そんな……! 私、王太子妃になるはずだったのよ!?
 どうして皆、裏切るのよ!」

裏切ってなどいない。
誰も最初から彼女の味方などしていなかっただけだ。

アイラは歯を噛みしめ、ついに決意する。

「……逃げるしかない。
 ウィッシュ様なんて、もう巻き込まれたくない……!」

その瞬間、
かつて“幸せな未来”を夢見た少女ではなく、
“自分だけ助かろうとする卑小な者”の顔になっていた。


---

◆ウィッシュ、最後の味方を失う

その頃、ウィッシュは自室に戻り、
必死に自分を落ち着かせようとしていた。

「大丈夫だ……アイラがいる。
 アイラだけは……僕を裏切らない……」

しかし、部屋の扉を開けた瞬間。

そこにあるはずの姿はなかった。

机には置き手紙が一枚。

> “ごめんなさい。わたし、王宮にはもういられないの……”



ウィッシュは震える指で紙を握りつぶした。

「……アイラ……?
 どうして……僕を置いて逃げるんだ……?」

孤独は、ゆっくりと、
しかし確実に彼の精神を蝕んでいく。

「皆……僕を見捨てた……
 でも……エヴァントラだけは……!」

その瞳に宿ったのは、後悔ではない――

“執着”だった。


---

◆「エヴァントラが戻れば……すべてやり直せる」

ウィッシュは、壊れたように呟いた。

「エヴァントラ……
 あの完璧な彼女が側に戻れば……
 国も、僕の地位も、きっと……!」

その幻想は、既に現実と乖離している。

文官たちがどれだけ忠告しても
彼は聞く耳を持たなかった。

「彼女を連れ戻す……!
 隣国だろうが、ベルクラウスだろうが関係ない!
 僕の婚約者は……彼女しかいないんだ……!」

(なぜ手放した……?)
(なぜあの日、あんな言葉を……?)

記憶の中のエヴァントラは、
涙を流しながら笑っていた。

――表向きの演技だと、まだ気づくこともなく。

ウィッシュは衝動的に立ち上がる。

「護衛を呼べッ! 馬車の準備を――!」

しかし、部屋の扉の外には。

誰ひとり待っていなかった。

兵もいない。侍従もいない。
王太子のために動く者は、もう誰もいない。

ウィッシュはその事実を理解するまで、
しばらくの間、ただ呆然と立ち尽くした。


---

◆王宮、異例の“王太子監視態勢”へ

ウィッシュの暴走が噂として広まり、
王宮では緊急の対策会議が開かれた。

「殿下が隣国へ向かった場合、外交問題となります」
「監視人をつけ、行動を制限すべきです」

国王は重い表情で頷く。

「……息子よ。ここまで来たか……」

そして命じる。

「王太子には宮廷内での行動制限を。
 二度と勝手に出国しようとするな」

ウィッシュの自由は奪われた。
彼は王太子でありながら、
“事実上の軟禁状態”に置かれることとなった。


---

◆一方その頃、エヴァントラは――

エヴァントラは書斎で
新しい資料を静かにまとめていた。

「隣国の税制度……意外と面白いですわね」

平穏。自由。知的刺激。

ウィッシュの混乱など、
彼女の世界には一切届いていなかった。

彼女の表情は穏やかで、
かつて王宮で見せたことのない柔らかさに満ちている。

そんな彼女を扉の影から見つめ、
アイオンはそっと微笑んだ。

(どうか……あの国の影が、二度と彼女に触れませんように)

その祈りは、
やがて現実の決断となって動き出す――。


---
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