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第三話 囁きの技法
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第三話 囁きの技法
王城の回廊は、朝の光に満ちている。
だがその奥、王太子の私室では、まだ夜が続いていた。
「昨夜は見事でございました」
側近が言う。
王太子は満足げに頷く。
「ようやく、私は選んだ」
選ばされたのではない。
選んだのだ。
その感覚が、彼を酔わせている。
その部屋の外。
控えの間で平民娘は、鏡を見つめていた。
質素な装いは、昨夜と変わらない。
だが、目は違う。
震えてなどいない。
「上手くいったわね」
侍女が小声で言う。
侍女は金で雇った。
王城に入るための、最初の鍵だった。
平民娘は、鏡に映る自分に微笑む。
「殿下は、寂しい方なのよ」
侍女は眉をひそめる。
「寂しい?」
「誰も、本気で褒めないから」
王太子は幼い頃から称賛されてきた。
だがそれは“王太子”として。
彼自身ではない。
そこに気づいたのは、平民娘だった。
彼女は、こう言った。
――殿下は、誰よりもお優しい。
――本当は、誰よりも国を思っている。
その言葉は、事実ではなくてもいい。
欲しかった言葉だった。
彼は、“理解者”を求めていた。
昨夜、広間の隅で。
王太子は彼女の手を取った。
彼女は震えるふりをした。
だが、目はまっすぐだった。
「私は、あなたの味方です」
その一言が決定打だった。
今、王太子は私室で書簡を書いている。
「宮廷への正式編入を命じる」
貴族が反対するのは分かっている。
だが彼は構わない。
“真実の愛”に、障害があってはならない。
平民娘はゆっくりと歩き出す。
扉が開く。
王太子が振り返る。
「どうした」
「……お邪魔でしたか」
わずかに目を伏せる。
演技だ。
王太子は慌てる。
「いや、来い」
彼女は近づく。
距離は、すでに近い。
「皆様が、私をお嫌いになるのではと……」
かすかに震える声。
王太子の表情が強くなる。
「誰も逆らえぬ」
彼は“守る側”でいたい。
それを、彼女は理解している。
「私は、殿下のお傍にいたいだけです」
王太子は微笑む。
「ならば、宮廷に入れ」
その言葉を、彼女は待っていた。
「正式に、王太子の伴侶候補として扱う」
伴侶候補。
その響きが甘い。
彼女は小さく涙を滲ませる。
演技は完璧だ。
だが内心は別だ。
――ここまで来た。
彼女は貧しい商家の娘だった。
何も持たない。
だが今、王城の中心に立とうとしている。
「殿下は、本当に勇敢です」
最後の一押し。
彼の虚栄心に火を注ぐ。
王太子は高揚する。
「私は時代を変える」
彼女は頷く。
だが、彼女の視線は王城の奥を見ている。
王妃の座。
それは夢か、計算か。
彼女自身にも分からない。
だが欲は確かだ。
その頃、公爵領。
ヒロインは報告を受ける。
「平民娘が宮廷入りを望み、王太子が承認」
ヒロインは目を伏せる。
「早いわね」
「止めますか」
「いいえ」
ヒロインは静かに答える。
「進ませなさい」
宮廷入りは、炎を可視化する。
隠れていた火種が、表に出る。
「彼女は、愚かではありません」
公爵が言う。
「ええ」
ヒロインは微笑む。
「だからこそ、燃える」
王城。
王太子は宣言する。
「彼女を宮廷に迎える。異議は認めぬ」
沈黙。
祝福はない。
だが決定は下された。
平民娘は深く一礼する。
勝利の形を取った敗北が、始まったことに気づかずに。
王城の回廊は、朝の光に満ちている。
だがその奥、王太子の私室では、まだ夜が続いていた。
「昨夜は見事でございました」
側近が言う。
王太子は満足げに頷く。
「ようやく、私は選んだ」
選ばされたのではない。
選んだのだ。
その感覚が、彼を酔わせている。
その部屋の外。
控えの間で平民娘は、鏡を見つめていた。
質素な装いは、昨夜と変わらない。
だが、目は違う。
震えてなどいない。
「上手くいったわね」
侍女が小声で言う。
侍女は金で雇った。
王城に入るための、最初の鍵だった。
平民娘は、鏡に映る自分に微笑む。
「殿下は、寂しい方なのよ」
侍女は眉をひそめる。
「寂しい?」
「誰も、本気で褒めないから」
王太子は幼い頃から称賛されてきた。
だがそれは“王太子”として。
彼自身ではない。
そこに気づいたのは、平民娘だった。
彼女は、こう言った。
――殿下は、誰よりもお優しい。
――本当は、誰よりも国を思っている。
その言葉は、事実ではなくてもいい。
欲しかった言葉だった。
彼は、“理解者”を求めていた。
昨夜、広間の隅で。
王太子は彼女の手を取った。
彼女は震えるふりをした。
だが、目はまっすぐだった。
「私は、あなたの味方です」
その一言が決定打だった。
今、王太子は私室で書簡を書いている。
「宮廷への正式編入を命じる」
貴族が反対するのは分かっている。
だが彼は構わない。
“真実の愛”に、障害があってはならない。
平民娘はゆっくりと歩き出す。
扉が開く。
王太子が振り返る。
「どうした」
「……お邪魔でしたか」
わずかに目を伏せる。
演技だ。
王太子は慌てる。
「いや、来い」
彼女は近づく。
距離は、すでに近い。
「皆様が、私をお嫌いになるのではと……」
かすかに震える声。
王太子の表情が強くなる。
「誰も逆らえぬ」
彼は“守る側”でいたい。
それを、彼女は理解している。
「私は、殿下のお傍にいたいだけです」
王太子は微笑む。
「ならば、宮廷に入れ」
その言葉を、彼女は待っていた。
「正式に、王太子の伴侶候補として扱う」
伴侶候補。
その響きが甘い。
彼女は小さく涙を滲ませる。
演技は完璧だ。
だが内心は別だ。
――ここまで来た。
彼女は貧しい商家の娘だった。
何も持たない。
だが今、王城の中心に立とうとしている。
「殿下は、本当に勇敢です」
最後の一押し。
彼の虚栄心に火を注ぐ。
王太子は高揚する。
「私は時代を変える」
彼女は頷く。
だが、彼女の視線は王城の奥を見ている。
王妃の座。
それは夢か、計算か。
彼女自身にも分からない。
だが欲は確かだ。
その頃、公爵領。
ヒロインは報告を受ける。
「平民娘が宮廷入りを望み、王太子が承認」
ヒロインは目を伏せる。
「早いわね」
「止めますか」
「いいえ」
ヒロインは静かに答える。
「進ませなさい」
宮廷入りは、炎を可視化する。
隠れていた火種が、表に出る。
「彼女は、愚かではありません」
公爵が言う。
「ええ」
ヒロインは微笑む。
「だからこそ、燃える」
王城。
王太子は宣言する。
「彼女を宮廷に迎える。異議は認めぬ」
沈黙。
祝福はない。
だが決定は下された。
平民娘は深く一礼する。
勝利の形を取った敗北が、始まったことに気づかずに。
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