婚約破棄?責任を取らされた王太子はホームレスになりました

鷹 綾

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第三十五話 譲位の決断

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第三十五話 譲位の決断

王城の大広間には、重く澄んだ空気が満ちていた。

怒りはない。
混乱もない。
あるのは、結論を待つ沈黙。

諸侯会議の代表たちが並ぶ。
財務官、文官長、教会代表。
そして玉座に座る国王。

王太子の席は空いたまま。

その空席こそが、すべての始まりだった。

辺境伯が静かに口を開く。

「軍は、王家の命令では動きません」

誰も反論しない。

財務官が帳簿を広げる。

「王家の裁量予算は象徴的水準まで縮小。国家運営はすでに新体制基準で進行しています」

文官長も続ける。

「各省庁は諸侯会議承認を前提に運営中。王命を待つ部署はありません」

言葉は丁寧。
だが意味は冷酷。

王家は、国家の中心ではない。

国王は黙って聞いている。

顔色は変わらない。

だが理解している。

王太子の愚行。
平民娘の処刑。
軍の不作動。
財政の混乱。

それらは個別の事件ではない。

王家が統治を維持できない証明。

教会代表が問う。

「陛下。国家の安定を最優先とお考えですか」

問いは形式的だ。

答えは一つしかない。

国王は立ち上がる。

玉座の肘掛けから手を離す。

その動きだけで、空気が変わる。

「王家は、国のためにある」

静かな声。

だが揺れない。

「国が王家を支えるのではない。王家が国を支える」

一呼吸。

「今、その役目を果たせていないのは、私だ」

責任を外へ流さない。

王太子に押しつけない。

平民娘の名も出さない。

すべては王の監督責任。

辺境伯が視線を上げる。

「では、陛下は」

国王は玉璽を外す。

その動きは、ゆっくりだ。

王家の紋章が刻まれた重い印章。

机の上に置く。

硬い音が広間に響く。

それは終章の音だった。

「私は王位を譲る」

ざわめきは起きない。

覚悟は共有されていた。

王位は奪われない。

自ら手放す。

それが最後の統治。

「血統よりも、国家の安定を優先する」

その言葉で、歴史は決まる。

王家の系譜は続くかもしれない。

だが玉座は、統治能力のもとへ移る。

国王は玉座を見下ろす。

長く座った椅子。

だが今は、重いだけ。

「国は続かねばならぬ」

その言葉は、自らを切る刃。

大広間にいる全員が理解する。

革命は完了した。

剣は抜かれていない。

城門も破られていない。

だが王家は終わった。

広間を出る国王の背は、老いている。

だが逃げてはいない。

最後まで王として、決断した。

その夜、王城の旗は静かに降ろされる。

歓声はない。

涙もない。

だが民は知る。

王家は退いた。

そして玉座は、正しい主を待っている。

血は流れていない。

だが王冠は移った。

国は、次の王を迎える準備を終えている。
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