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20話|すれ違う評価
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20話|すれ違う評価
王国からの返答が届いたのは、期限の前日だった。
帝国宰相府の受信室で封が解かれ、内容が即座に回覧される。
選ばれたのは、第二案。
条件の一部に修正要求。
そして、慎重な言い回しで添えられた「友好関係の継続」を示す文言。
「……予定通りだな」
ハインリヒ・ヴォルフは、短くそう言った。
机の向かいで、エルゼリア・クローヴェルは文面を静かに読み切る。
修正要求の箇所に、赤鉛筆で印を入れた。
「譲歩を求めていますが、
本質的な部分には踏み込んでいません」
「王国は、まだ体面を気にしている」
「はい。
ですが、枠組みそのものは受け入れています」
それが、何よりの証拠だった。
拒否ではない。
交渉の継続。
――帝国の主導権を認めた、という意味だ。
「返答案を作る」
ハインリヒは即断した。
「修正は最小限。
“努力は評価するが、基準は変えない”」
「承知しました」
エルゼリアは、すでにペンを取っている。
言葉を削る。
曖昧さを排す。
相手が誤解しない範囲で、選択肢を限定する。
数十分後、返答案は完成した。
「……冷たいな」
同席していた高官が、苦笑する。
「ですが、分かりやすい」
エルゼリアは、淡々と答えた。
「王国が欲しいのは、温情ではありません。
“これで決めていい”という確信です」
ハインリヒは、満足げに頷く。
「貴女は、人の感情を無視していない。
だが、優先もしない」
「感情は、結果に含めるものです。
基準にするものではありません」
その言葉に、誰も反論しなかった。
文書は即日発送された。
一方、王宮では、その返答を巡って再び会議が開かれていた。
「……帝国は、引かないな」
「想定より、早い返答だ」
ロネスは、返答文を読み終え、机に置く。
要求は、変わっていない。
修正要求は、ほぼ退けられている。
だが――
「……これなら、決められる」
自分の口から、その言葉が出たことに、ロネス自身が驚いた。
条件は厳しい。
だが、明確だ。
迷う余地がない。
「……この形で、進める」
会議室に、反対の声は上がらなかった。
不満はある。
だが、停滞よりは、前進を選ぶ。
それが、全員の本音だった。
会議後、ロネスは一人、廊下を歩いていた。
ふと、足を止める。
――評価。
帝国は、エルゼリアを評価した。
能力を認め、権限を与えた。
一方、自分はどうだったか。
評価していたつもりだった。
だが、実際には――
「……見ていなかった」
声にならない呟きが、胸に落ちる。
彼女が整えていた判断材料を、
自分の力だと錯覚していた。
それが、すれ違いの始まりだった。
その夜、帝国宰相府では簡単な報告会が開かれていた。
「王国側、合意へ向かっています」
「時間の問題だ」
ハインリヒは、エルゼリアに視線を向ける。
「初仕事としては、上出来だ」
「まだ途中です」
彼女は、淡々と答えた。
「合意は、結果ではありません。
運用が始まってからが、本番です」
「その通りだ」
彼は、わずかに口角を上げる。
「だが、王国は“決める感覚”を思い出した」
「……はい」
それは、彼女にとっても、少しだけ複雑な成果だった。
帝国の利益のために動いた。
だが結果として、
王国は、最低限の機能を取り戻しつつある。
それを、良いとも悪いとも、今は判断しない。
夜更け、執務室に戻ったエルゼリアは、灯りを落とす前に窓を見た。
帝国の街は、今日も規則正しく息づいている。
――評価は、立場で変わる。
王宮では、
彼女は「便利な沈黙」だった。
帝国では、
彼女は「使うべき能力」だ。
同じ仕事。
違う評価。
それだけのことだ。
エルゼリア・クローヴェルは、静かに灯りを消した。
すれ違った評価は、もう戻らない。
だが、進む道は、はっきりと見えている。
次は、合意の先。
――本当に、国が動くかどうか。
それを確かめる段階へ、
物語は進もうとしていた。
王国からの返答が届いたのは、期限の前日だった。
帝国宰相府の受信室で封が解かれ、内容が即座に回覧される。
選ばれたのは、第二案。
条件の一部に修正要求。
そして、慎重な言い回しで添えられた「友好関係の継続」を示す文言。
「……予定通りだな」
ハインリヒ・ヴォルフは、短くそう言った。
机の向かいで、エルゼリア・クローヴェルは文面を静かに読み切る。
修正要求の箇所に、赤鉛筆で印を入れた。
「譲歩を求めていますが、
本質的な部分には踏み込んでいません」
「王国は、まだ体面を気にしている」
「はい。
ですが、枠組みそのものは受け入れています」
それが、何よりの証拠だった。
拒否ではない。
交渉の継続。
――帝国の主導権を認めた、という意味だ。
「返答案を作る」
ハインリヒは即断した。
「修正は最小限。
“努力は評価するが、基準は変えない”」
「承知しました」
エルゼリアは、すでにペンを取っている。
言葉を削る。
曖昧さを排す。
相手が誤解しない範囲で、選択肢を限定する。
数十分後、返答案は完成した。
「……冷たいな」
同席していた高官が、苦笑する。
「ですが、分かりやすい」
エルゼリアは、淡々と答えた。
「王国が欲しいのは、温情ではありません。
“これで決めていい”という確信です」
ハインリヒは、満足げに頷く。
「貴女は、人の感情を無視していない。
だが、優先もしない」
「感情は、結果に含めるものです。
基準にするものではありません」
その言葉に、誰も反論しなかった。
文書は即日発送された。
一方、王宮では、その返答を巡って再び会議が開かれていた。
「……帝国は、引かないな」
「想定より、早い返答だ」
ロネスは、返答文を読み終え、机に置く。
要求は、変わっていない。
修正要求は、ほぼ退けられている。
だが――
「……これなら、決められる」
自分の口から、その言葉が出たことに、ロネス自身が驚いた。
条件は厳しい。
だが、明確だ。
迷う余地がない。
「……この形で、進める」
会議室に、反対の声は上がらなかった。
不満はある。
だが、停滞よりは、前進を選ぶ。
それが、全員の本音だった。
会議後、ロネスは一人、廊下を歩いていた。
ふと、足を止める。
――評価。
帝国は、エルゼリアを評価した。
能力を認め、権限を与えた。
一方、自分はどうだったか。
評価していたつもりだった。
だが、実際には――
「……見ていなかった」
声にならない呟きが、胸に落ちる。
彼女が整えていた判断材料を、
自分の力だと錯覚していた。
それが、すれ違いの始まりだった。
その夜、帝国宰相府では簡単な報告会が開かれていた。
「王国側、合意へ向かっています」
「時間の問題だ」
ハインリヒは、エルゼリアに視線を向ける。
「初仕事としては、上出来だ」
「まだ途中です」
彼女は、淡々と答えた。
「合意は、結果ではありません。
運用が始まってからが、本番です」
「その通りだ」
彼は、わずかに口角を上げる。
「だが、王国は“決める感覚”を思い出した」
「……はい」
それは、彼女にとっても、少しだけ複雑な成果だった。
帝国の利益のために動いた。
だが結果として、
王国は、最低限の機能を取り戻しつつある。
それを、良いとも悪いとも、今は判断しない。
夜更け、執務室に戻ったエルゼリアは、灯りを落とす前に窓を見た。
帝国の街は、今日も規則正しく息づいている。
――評価は、立場で変わる。
王宮では、
彼女は「便利な沈黙」だった。
帝国では、
彼女は「使うべき能力」だ。
同じ仕事。
違う評価。
それだけのことだ。
エルゼリア・クローヴェルは、静かに灯りを消した。
すれ違った評価は、もう戻らない。
だが、進む道は、はっきりと見えている。
次は、合意の先。
――本当に、国が動くかどうか。
それを確かめる段階へ、
物語は進もうとしていた。
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