『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾

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27話|内部の試練

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27話|内部の試練

 外からの圧力は、分かりやすい。
 声が大きく、敵が見える。

 だが――
 本当に厄介なのは、内部から生じる試練だ。

 是正命令が前例として固定されてから一週間。
 王宮の会議は、表面上は落ち着きを取り戻していた。

「……では、この件は次回に」

 誰かが、そう言いかけた瞬間だった。

「待ってください」

 静かな声が、会議室に落ちる。

 発したのは、これまでほとんど発言してこなかった中堅文官だった。

「次回に回す理由は、何でしょうか」

 一瞬、空気が止まる。

「判断材料が、まだ十分では――」

「十分でない、と判断した根拠を伺いたいのです」

 責める口調ではない。
 だが、逃げ道も与えない。

 ロネスは、そのやり取りを黙って見ていた。

 ――来たな。

 これが、内部の試練だ。

 決断を続ける組織では、
 必ず「判断を嫌がる者」と「判断を試す者」が現れる。

 前者は、先延ばしを好む。
 後者は、基準を問う。

「……根拠は」

 発言を求められた文官が、言葉に詰まる。

 これまでは、それで終わっていた。
 曖昧さは、王宮の潤滑油だったからだ。

 だが今は違う。

「殿下」

 中堅文官が、ロネスを見る。

「この件、
 前例の基準に照らせば、
 判断可能ではありませんか」

 会議室の視線が、一斉に集まる。

 ロネスは、深く息を吸った。

「……可能だ」

 短く、だが明確に答える。

「では、決めましょう」

 その一言で、
 逃げ場は消えた。

 会議は、重い沈黙のあと、
 具体的な判断へと進んでいく。

 決定は、完璧ではない。
 だが、基準に沿っている。

 会議後、廊下で小さなざわめきが起きた。

「……言ってしまったな」
「次から、誤魔化せないぞ」

 不安と、覚悟が入り混じる。

 それが、内部変化の兆しだった。

 一方、帝国宰相府。

 王宮内部の動きは、
 断片的な報告として届いていた。

「……内部から、基準を使い始めています」

 報告官の言葉に、
 ハインリヒ・ヴォルフは、わずかに口角を上げた。

「一番厄介な段階だ」

「はい」

 エルゼリアは、即座に頷く。

「外圧で動く段階は、通過しました。
 今は、“内部で基準を巡って争う”段階です」

「崩れる可能性は?」

「あります」

 否定はしない。

「基準は、
 守るためにも、
 破るためにも使えます」

 それが、制度の影だ。

「では、どうする?」

「見ます」

 彼女は、淡々と言った。

「手を出せば、
 王国の内部問題になります。
 ここは、
 自分たちで整理させるべきです」

 ハインリヒは、短く頷いた。

「冷たいな」

「必要です」

 感情は、そこになかった。

 夜、王宮。

 ロネスは、執務机で書類を整理しながら、
 今日の会議を思い返していた。

 基準を使って、
 判断を迫られた。

 それは、
 かつてエルゼリアが一人で背負っていた役割だ。

「……今さら、だな」

 苦笑が漏れる。

 彼女がいた頃、
 自分は、
 基準を“使われる側”だった。

 今は、
 基準を“使わせる側”になっている。

 重さが、違う。

 だが――
 逃げるわけにはいかない。

 一方、帝国の夜。

 エルゼリアは、机に向かい、
 王国関連の報告を静かに閉じた。

 内部の試練は、
 避けられない。

 だが、それを越えたとき、
 組織は初めて、自立する。

 ――自分が、いなくても。

 その考えが、
 一瞬だけ胸をよぎる。

 寂しさでも、後悔でもない。

 役割が終わる兆しを、
 正確に認識しただけだ。

「……まだ、先だけれど」

 小さく呟き、灯りを落とす。

 王宮は、
 外ではなく、内と向き合い始めた。

 それは、
 最も痛く、
 最も価値のある試練。

 この試練を越えた先に、
 本当の意味での“決断する国”がある。

 エルゼリア・クローヴェルは、
 静かに、その行方を見守っていた。
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