『婚約破棄された令嬢ですが、王国は私抜きでは立てなかったようですね』

鷹 綾

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40話|引き継がれるもの

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40話|引き継がれるもの

 王宮の朝は、特別ではなかった。
 鐘はいつも通りに鳴り、
 廊下には、いつも通りの足音が重なる。

 だが、
 その「いつも通り」は、
 かつて存在しなかったものだ。

 長期契約の履行が始まり、
 旧派との決別も終え、
 王宮は、次の段階へ入っていた。

 ――引き継ぎ。

「……これが、現行基準です」

 会議室で、若い文官が資料を広げる。
 緊張はあるが、怯えはない。

「判断理由、
 想定外、
 修正経路――
 すべて、記録されています」

 ロネスは、静かに頷いた。

「問題は?」

「ありません」

 即答だった。

 誰かの顔色を窺う様子もない。
 承認を待つ沈黙もない。

 それが、
 引き継がれているという証だった。

「……殿下」

 別の文官が、少しだけ声を低くする。

「もし、
 次の担当者が、
 同じ判断をできなかった場合は?」

 かつてなら、
 この問いは、
 場を凍らせただろう。

 だが、今は違う。

「できなくていい」

 ロネスは、即座に答えた。

「同じ“結論”でなくていい。
 同じ“考え方”であれば」

 会議室が、
 静かに息をつく。

「判断は、人がする」

 彼は、言葉を続ける。

「だが、
 基準は、人に属さない」

 それが、
 この王宮が選んだ形だった。

 一方、帝国宰相府。

 エルゼリア・クローヴェルは、
 最後の正式報告書を提出していた。

 王国に関する項目は、
 簡潔に、
 そして淡々とまとめられている。

 ――監視不要。
 ――助言不要。
――介入不要。

「……以上です」

 ハインリヒ・ヴォルフは、
 書類に目を通し、
 一言だけ告げた。

「よくやった」

 それ以上の言葉はない。

 だが、
 それで十分だった。

「私の役割は、
 終わりました」

 エルゼリアは、
 はっきりと言った。

「ええ」

 ハインリヒは、否定しない。

「だが、
 消えたわけではない」

「分かっています」

 彼女は、わずかに微笑む。

「引き継がれただけです」

 それは、
 誇りでも、
 未練でもなかった。

 仕事が、
 正しく終わったという感覚。

 夜、王宮。

 ロネスは、
 一人で執務室に立っていた。

 机の上には、
 古い記録と、
 新しい基準文書が並んでいる。

 かつての王宮は、
 誰か一人がいなくなれば、
 すぐに揺れた。

 今は違う。

 自分がいなくても、
 判断は続く。

「……これでいい」

 小さな独白。

 王になるとは、
 全てを決め続けることではない。

 決め方を、
 残すことだ。

 一方、帝国の夜。

 エルゼリアは、
 宰相府の廊下を、
 静かに歩いていた。

 もう、
 振り返る必要はない。

 王宮は、
 誰かに守られる場所ではなくなった。

 自分で立ち、
 自分で選び、
 自分で引き継ぐ場所になった。

「……婚約破棄、ね」

 ふと、
 最初の出来事を思い出す。

 あの瞬間、
 彼女は切り捨てられた。

 だが――
 切り捨てられたのは、
 立場ではない。

 依存だった。

 40話は、
 派手な勝利の章ではない。

 ざまあの喝采も、
 溺愛の告白もない。

 だが、
 最も大切なものが、
 確かに描かれている。

 選ばれること。
 選ばれ続けること。
 そして――
 引き継がれること。

 物語は、
 ここで終わる。

 だが、
 王宮の判断は、
 今日も、
 静かに続いている。

 それこそが、
 本当の勝利だった。
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