『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

文字の大きさ
2 / 40

第2話 幼いという烙印

しおりを挟む
第2話 幼いという烙印

 婚約破棄の夜から、三日が過ぎた。

 シルフィーネ・エルフィンベルクは、自室の窓辺に立ち、ぼんやりと庭を見下ろしていた。
 春の陽射しは穏やかで、色とりどりの花が風に揺れている。だというのに、その光景は、どこか遠い世界のもののように感じられた。

「……お嬢様」

 控えめな声で名を呼ばれ、シルフィーネは振り返る。
 侍女のマリアが、困ったような表情で立っていた。

「お客様が……いえ、その……」

「分かっています。例の“お見舞い”でしょう?」

 そう言って、シルフィーネは小さく微笑んだ。
 婚約破棄が公になってからというもの、屋敷には連日のように来客が訪れている。もっとも、そのほとんどは純粋な心配などではなく――

「……応接間にご案内します」

 マリアの声には、怒りと悔しさが滲んでいた。

 応接間には、二人の貴族令嬢が座っていた。
 いずれも、かつては“親しい知人”と呼べた相手だ。

「あら、シルフィーネ様。お元気そうで安心しましたわ」

「突然のことで、さぞお辛かったでしょう?」

 口調は柔らかく、笑顔も浮かべている。
 けれど、その視線はどこか上からで、値踏みするようだった。

「……ご心配ありがとうございます」

 そう返しながら、シルフィーネは席につく。

「でも、正直に言うと……少し驚きましたの」

 一人の令嬢が、わざとらしくため息をついた。

「だって、あんな形で婚約破棄されるなんて……。やっぱり、その……」

 言い淀むふりをしながら、ちらりとシルフィーネを見る。

「幼く見える、という噂は本当だったのですね」

 胸の奥が、きしりと音を立てた。

「ライオネル様も、お可哀想ですわ。将来を考えたら、仕方のないご判断だったのでしょう」

「そうそう。男性って、体裁を重んじますもの」

 ――分かっていた。
 こうなることは、予想していた。

 同情を装った言葉。
 理解したふりをした正論。
 すべてが、シルフィーネの存在を“格下”に押し下げるためのものだ。

「……そうですね」

 それでも、彼女は否定しなかった。

 否定すれば、「感情的」「やはり子どもだ」と言われる。
 反論すれば、「見苦しい」と嗤われる。

 幼く見えるというだけで、彼女は常に試されてきた。
 声を荒げれば減点。
 黙っていれば“分別がある”と評価される。

 ――いつから、こんな風に生きることを覚えてしまったのだろう。

 客人たちが帰ったあと、応接間には重苦しい沈黙が残った。

「……お嬢様、あの方たち、あまりにも失礼です!」

 マリアが堪えきれず声を上げる。

「どうして、あんな言い方を……!」

「いいのよ」

 シルフィーネは、そっと首を振った。

「彼女たちは、ただ“安心したい”だけなの。自分たちは正しい場所にいる、って」

 そして、そのために選ばれた“比較対象”が、自分だった。

 幼く見える。
 頼りない。
 守られるだけの存在。

 そう扱えば、自分たちは上に立てる。

「……私は、そんなに未熟に見えるのかしら」

 ぽつりと漏れた言葉は、独り言に近かった。

 学問も、礼儀も、誰より努力してきた。
 夜遅くまで机に向かい、何度も何度も叱られながら覚えてきた。

 それでも。

「見た目ひとつで、全部なかったことになるのね」

 マリアは、悔しそうに唇を噛みしめた。

「お嬢様は……っ」

「大丈夫よ」

 シルフィーネは、いつものように微笑んだ。
 けれど、その笑みは、どこか薄かった。

 夜。
 一人になった寝室で、彼女は鏡の前に立つ。

 そこに映るのは、確かに幼い顔立ちの少女。
 ――それが、自分だ。

「……これが、私」

 嫌いではなかった。
 むしろ、この姿だからこそ、相手の本音が見えることもある。

 優しい人は、変わらず優しく。
 そうでない人は、容赦なく態度を変える。

 幼さは、時に残酷な鏡だった。

 シルフィーネは、そっと鏡から目を逸らす。

「泣くのは……まだ、早いわよね」

 婚約は終わった。
 けれど、人生まで終わったわけではない。

 その夜、彼女は静かに布団に横になった。
 胸の奥に沈んだ違和感を抱えたまま――

 この先、自分を待ち受ける運命が、
 想像を絶するほど大きく変わることなど、知る由もなく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

なにひとつ、まちがっていない。

いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。 それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。 ――なにもかもを間違えた。 そう後悔する自分の将来の姿が。 Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの? A 作者もそこまで考えていません。  どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。

なぜ、私に関係あるのかしら?

シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」 彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。 そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。 「…レオンハルト・トレヴァントだ」 非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。 そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。 「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」 この判断によって、どうなるかなども考えずに… ※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。 ※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、 ※ 画像はAIにて作成しております

[完結]だってあなたが望んだことでしょう?

青空一夏
恋愛
マールバラ王国には王家の血をひくオルグレーン公爵家の二人の姉妹がいる。幼いころから、妹マデリーンは姉アンジェリーナのドレスにわざとジュースをこぼして汚したり、意地悪をされたと嘘をついて両親に小言を言わせて楽しんでいた。 アンジェリーナの生真面目な性格をけなし、勤勉で努力家な姉を本の虫とからかう。妹は金髪碧眼の愛らしい容姿。天使のような無邪気な微笑みで親を味方につけるのが得意だった。姉は栗色の髪と緑の瞳で一見すると妹よりは派手ではないが清楚で繊細な美しさをもち、知性あふれる美貌だ。 やがて、マールバラ王国の王太子妃に二人が候補にあがり、天使のような愛らしい自分がふさわしいと、妹は自分がなると主張。しかし、膨大な王太子妃教育に我慢ができず、姉に代わってと頼むのだがーー

断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。

パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。 将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。 平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。 根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。 その突然の失踪に、大騒ぎ。

[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで

みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める 婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様 私を愛してくれる人の為にももう自由になります

処理中です...