『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第4話 夜会という名の舞台

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第4話 夜会という名の舞台

 その夜、王都でも指折りの貴族が集う夜会が開かれていた。

 主催は由緒ある公爵家。
 婚約破棄の騒動から日が浅いとはいえ、シルフィーネ・エルフィンベルクが招待を断れば、それはそれで「逃げた」と噂される。
 ――だから彼女は、出席することを選んだ。

「……よろしいでしょうか」

 侍女マリアが、最後にドレスの裾を整える。

「ええ。ありがとう」

 淡い色合いのドレスは、派手ではないが上品で、彼女の雰囲気によく合っていた。
 幼く見える容姿を、無理に大人びせようとはしていない。
 それが、今の彼女なりの答えだった。

 会場に足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに揺れた。

 ――来たわ。

 ざわめきが、波のように広がる。

「あの方が……」 「例の、公爵令嬢?」 「本当に……まだ子どもみたいね」

 直接向けられる言葉はない。
 だが、無数の視線が、品定めをするように注がれている。

 シルフィーネは、背筋を伸ばし、ゆっくりと歩いた。

 逃げない。
 俯かない。
 ――それだけで、彼女はもう“弱者”ではなかった。

「……おや」

 聞き覚えのある声が、正面からかけられる。

「久しぶりだな、シルフィーネ」

 ライオネルだった。

 彼は以前よりも自信に満ちた装いで、隣には伯爵令嬢アメリアが寄り添っている。
 その姿は、まるで最初から決まっていたかのように自然だった。

「ごきげんよう、ライオネル様」

 形式的な挨拶。
 それ以上でも、それ以下でもない。

「……元気そうで何よりだ」

 彼の視線が、無意識に彼女の顔をなぞる。
 その目に浮かんだのは、安心ではなく――確認。

 アメリアが、柔らかく微笑んだ。

「シルフィーネ様も、ご出席なさるなんて。お強い方ですわね」

「夜会は、社交の場ですもの」

 シルフィーネは、穏やかに返した。

「私情で欠席するのは、かえって失礼かと」

 その返答に、周囲の何人かがわずかに息を呑んだ。

 ――子ども扱いされてきた令嬢の言葉とは思えない。
 そんな空気が、確かに流れた。

「……そうか」

 ライオネルは、ほんの一瞬だけ言葉に詰まった。

 その様子を、アメリアは見逃さない。

「ライオネル様、次は向こうの方へ」

 そう言って彼の腕に手を添える。
 その仕草は、所有を誇示するかのようだった。

 二人が去ったあと、シルフィーネは一人、壁際に立った。

 誰とも深く関わらず、ただ場の空気を読む。
 幼い頃から身につけてきた、処世術。

 ――変わらないわね。

 人は、立場が変われば態度も変わる。
 だが、本質は簡単には隠せない。

 ふと、背後から視線を感じた。

 ――観察するような、静かな視線。

 振り返ると、少し離れた場所で、一人の青年がこちらを見ていた。
 見慣れない顔。だが、その立ち居振る舞いから、ただ者ではないと分かる。

(……誰?)

 視線が合っても、彼は慌てて逸らすことはなかった。
 むしろ、わずかに口元を緩める。

 ――興味を持たれている。

 だが、それは品定めの視線ではない。
 評価するような、冷静な目。

 胸の奥が、かすかにざわめいた。

 そのとき、背後で声が上がる。

「あっ――」

 足音。
 誰かが、よろめいた気配。

 次の瞬間、視界が揺れた。

 背中に、強い衝撃。

「……っ!」

 バランスを崩し、身体が前へと投げ出される。

 ――階段。

 一瞬で理解した。

 掴もうとした手は空を切り、足元が消える。

 誰かの、息を呑む声。
 遠くで、悲鳴。

 そして――

 重力に引かれるまま、シルフィーネの意識は暗転した。

 最後に見えたのは、
 階段の上で、息を詰めたまま立ち尽くすアメリアの顔。

 その表情が、恐怖なのか、
 それとも――別の感情なのか。

 答えを考える間もなく、
 彼女の世界は、深い闇に沈んでいった。
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