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第5話 沈黙の中で
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第5話 沈黙の中で
どれほどの時が過ぎたのか、分からなかった。
耳鳴りのような静寂の中で、シルフィーネは意識の底へ沈んでいく。
身体は重く、指先ひとつ動かせない。目を開けようとしても、暗闇しか応えなかった。
――ここは、どこ?
問いかけは、声にならない。
遠くで、誰かが名前を呼んでいる気がした。
切羽詰まった声。泣きそうな声。
けれど、その音は水の底から聞くように歪み、やがて溶けて消えた。
*
「……意識は、まだ戻りません」
淡々とした医師の声が、重苦しい空気を切り裂く。
白い天蓋に囲まれた寝台の上で、シルフィーネは静かに眠っていた。
顔色は青白く、包帯が額に巻かれている。
「命に別状はありませんが……長引く可能性はあります」
その言葉に、公爵夫妻は息を詰めた。
「娘は……娘は、目を覚ましますよね?」
震える声で問いかけた母に、医師はすぐには答えなかった。
「……最善は尽くします」
それは、希望でもあり、同時に現実だった。
扉の外、廊下の陰で、ライオネルは壁に背を預けていた。
蒼白な顔で、拳を握りしめている。
「階段から……落ちた?」
信じられない、というように呟く。
あの夜会。
最後に見た、彼女の背中。
自分が声をかける前に、視界から消えた姿。
胸の奥が、ざわりと波立つ。
「……そんな、はずは……」
だが、すぐに否定するように首を振った。
――もう、婚約者ではない。
そうだ。自分は、正しい選択をした。
「……」
そのとき、背後から足音が近づく。
「ライオネル様」
アメリアだった。
顔色は悪く、指先がかすかに震えている。
それでも、懸命に微笑みを作った。
「大変な夜になってしまいましたわね……」
「……ああ」
短く応じると、彼は視線を逸らした。
アメリアは一歩、距離を詰める。
「シルフィーネ様も、きっとすぐに目を覚ましますわ。……そう、信じましょう?」
その声には、祈るような響きがあった。
だが、ライオネルは気づかない。
その祈りが、誰のためのものなのかを。
*
日が過ぎ、また日が過ぎた。
屋敷に戻ったシルフィーネの部屋は、静まり返っていた。
カーテンは閉め切られ、時間の感覚が失われていく。
彼女は、眠り続けていた。
目を覚ますこともなく。
声に応えることもなく。
ただ、規則正しい呼吸だけが、生きている証だった。
マリアは、毎日ベッド脇に腰を下ろし、そっと手を握る。
「……お嬢様。起きてください」
返事はない。
「夜会が……終わってしまいました。皆、帰ってしまいましたよ」
それでも、まぶたは動かない。
季節が、ゆっくりと移ろっていく。
春が過ぎ、夏が訪れ、屋敷の庭の緑が濃くなる頃――
人々は、囁き始めていた。
「……あの公爵令嬢、まだ目を覚まさないらしい」 「可哀想に……」 「運がなかったのね」
同情と好奇が入り混じった声が、再び彼女を包み込む。
けれど。
眠りの底で、シルフィーネは、かすかに何かを感じていた。
――変わらない。
心の奥で、静かな声が響く。
――私は、変わらない。
その想いだけが、闇の中で、確かに息づいていた。
彼女の時間は、止まったまま。
だが、その沈黙が、やがて世界を揺らすことになると――
まだ、誰も知らなかった。
どれほどの時が過ぎたのか、分からなかった。
耳鳴りのような静寂の中で、シルフィーネは意識の底へ沈んでいく。
身体は重く、指先ひとつ動かせない。目を開けようとしても、暗闇しか応えなかった。
――ここは、どこ?
問いかけは、声にならない。
遠くで、誰かが名前を呼んでいる気がした。
切羽詰まった声。泣きそうな声。
けれど、その音は水の底から聞くように歪み、やがて溶けて消えた。
*
「……意識は、まだ戻りません」
淡々とした医師の声が、重苦しい空気を切り裂く。
白い天蓋に囲まれた寝台の上で、シルフィーネは静かに眠っていた。
顔色は青白く、包帯が額に巻かれている。
「命に別状はありませんが……長引く可能性はあります」
その言葉に、公爵夫妻は息を詰めた。
「娘は……娘は、目を覚ましますよね?」
震える声で問いかけた母に、医師はすぐには答えなかった。
「……最善は尽くします」
それは、希望でもあり、同時に現実だった。
扉の外、廊下の陰で、ライオネルは壁に背を預けていた。
蒼白な顔で、拳を握りしめている。
「階段から……落ちた?」
信じられない、というように呟く。
あの夜会。
最後に見た、彼女の背中。
自分が声をかける前に、視界から消えた姿。
胸の奥が、ざわりと波立つ。
「……そんな、はずは……」
だが、すぐに否定するように首を振った。
――もう、婚約者ではない。
そうだ。自分は、正しい選択をした。
「……」
そのとき、背後から足音が近づく。
「ライオネル様」
アメリアだった。
顔色は悪く、指先がかすかに震えている。
それでも、懸命に微笑みを作った。
「大変な夜になってしまいましたわね……」
「……ああ」
短く応じると、彼は視線を逸らした。
アメリアは一歩、距離を詰める。
「シルフィーネ様も、きっとすぐに目を覚ましますわ。……そう、信じましょう?」
その声には、祈るような響きがあった。
だが、ライオネルは気づかない。
その祈りが、誰のためのものなのかを。
*
日が過ぎ、また日が過ぎた。
屋敷に戻ったシルフィーネの部屋は、静まり返っていた。
カーテンは閉め切られ、時間の感覚が失われていく。
彼女は、眠り続けていた。
目を覚ますこともなく。
声に応えることもなく。
ただ、規則正しい呼吸だけが、生きている証だった。
マリアは、毎日ベッド脇に腰を下ろし、そっと手を握る。
「……お嬢様。起きてください」
返事はない。
「夜会が……終わってしまいました。皆、帰ってしまいましたよ」
それでも、まぶたは動かない。
季節が、ゆっくりと移ろっていく。
春が過ぎ、夏が訪れ、屋敷の庭の緑が濃くなる頃――
人々は、囁き始めていた。
「……あの公爵令嬢、まだ目を覚まさないらしい」 「可哀想に……」 「運がなかったのね」
同情と好奇が入り混じった声が、再び彼女を包み込む。
けれど。
眠りの底で、シルフィーネは、かすかに何かを感じていた。
――変わらない。
心の奥で、静かな声が響く。
――私は、変わらない。
その想いだけが、闇の中で、確かに息づいていた。
彼女の時間は、止まったまま。
だが、その沈黙が、やがて世界を揺らすことになると――
まだ、誰も知らなかった。
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