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第6話 止まった時間、動き出す歯車
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第6話 止まった時間、動き出す歯車
夜会での事故から、一か月が過ぎていた。
シルフィーネ・エルフィンベルクは、依然として眠り続けている。
呼吸は安定しており、命に別状はない――それだけが、医師たちの口から語られる事実だった。
だが、それ以上のことは誰にも分からない。
「……まだ、変化はありません」
そう告げられるたび、公爵夫妻は静かに頷くしかなかった。
悲嘆に暮れることも、声を荒らげることもせず、ただ毎日、娘のもとを訪れる。
それが、二人にできる唯一のことだった。
*
一方、王都では別の“変化”が起き始めていた。
「……例の夜会の件、どう思う?」
「階段から落ちた、という話ですが……少し不自然では?」
貴族たちの間で、ひそひそと囁きが広がる。
シルフィーネが落ちた場所は、見通しの良い場所だった。
足を滑らせるには、やや不自然な位置。
そして何より――彼女は、慎重な令嬢として知られていた。
「誰かと、ぶつかったらしいぞ」 「背中を押された、という噂も……」
噂は噂を呼び、やがて形を持ち始める。
その中心に、伯爵令嬢アメリアの名が浮かぶのは、時間の問題だった。
*
「……気のせいよ」
アメリアは、自室でそう呟き、鏡の前に立っていた。
顔色は優れず、目の下には薄く影が差している。
それでも、ドレスも髪も完璧に整えていた。
「私は、何もしていないわ」
繰り返す言葉は、自分自身に言い聞かせるためのものだった。
だが、夜になると夢を見る。
階段。
よろめく背中。
そして、振り返った一瞬だけ合った、あの視線。
「……っ」
息を荒くして目を覚ますたび、胸の奥が締めつけられる。
――違う。
――私は、ただ……。
その続きを、彼女は言葉にできなかった。
*
ライオネルもまた、落ち着かない日々を送っていた。
婚約破棄は、すでに公の事実だ。
新たな婚約者もいる。
それなのに――。
「……」
ふとした拍子に、シルフィーネの姿が脳裏をよぎる。
夜会で見た、背筋を伸ばして歩く姿。
自分に向けられた、あの静かな視線。
――あれは、本当に“幼い”令嬢だったのだろうか。
「……考えるな」
そう自分に言い聞かせるほど、思考は深みにはまっていく。
彼はまだ気づいていない。
この時点ですでに、自分の足元が、少しずつ崩れ始めていることに。
*
その頃。
静かな寝室で、シルフィーネは眠り続けていた。
外の世界が、彼女を中心に動き始めていることも知らずに。
だが――
その長い沈黙は、永遠ではない。
止まった時間の向こう側で、
彼女が目を覚ます“その瞬間”に向けて、
運命の歯車は、確かに音を立て始めていた。
眠り続ける公爵令嬢をよそに、
世界は静かに、しかし確実に――
次の章へと進んでいく。
夜会での事故から、一か月が過ぎていた。
シルフィーネ・エルフィンベルクは、依然として眠り続けている。
呼吸は安定しており、命に別状はない――それだけが、医師たちの口から語られる事実だった。
だが、それ以上のことは誰にも分からない。
「……まだ、変化はありません」
そう告げられるたび、公爵夫妻は静かに頷くしかなかった。
悲嘆に暮れることも、声を荒らげることもせず、ただ毎日、娘のもとを訪れる。
それが、二人にできる唯一のことだった。
*
一方、王都では別の“変化”が起き始めていた。
「……例の夜会の件、どう思う?」
「階段から落ちた、という話ですが……少し不自然では?」
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足を滑らせるには、やや不自然な位置。
そして何より――彼女は、慎重な令嬢として知られていた。
「誰かと、ぶつかったらしいぞ」 「背中を押された、という噂も……」
噂は噂を呼び、やがて形を持ち始める。
その中心に、伯爵令嬢アメリアの名が浮かぶのは、時間の問題だった。
*
「……気のせいよ」
アメリアは、自室でそう呟き、鏡の前に立っていた。
顔色は優れず、目の下には薄く影が差している。
それでも、ドレスも髪も完璧に整えていた。
「私は、何もしていないわ」
繰り返す言葉は、自分自身に言い聞かせるためのものだった。
だが、夜になると夢を見る。
階段。
よろめく背中。
そして、振り返った一瞬だけ合った、あの視線。
「……っ」
息を荒くして目を覚ますたび、胸の奥が締めつけられる。
――違う。
――私は、ただ……。
その続きを、彼女は言葉にできなかった。
*
ライオネルもまた、落ち着かない日々を送っていた。
婚約破棄は、すでに公の事実だ。
新たな婚約者もいる。
それなのに――。
「……」
ふとした拍子に、シルフィーネの姿が脳裏をよぎる。
夜会で見た、背筋を伸ばして歩く姿。
自分に向けられた、あの静かな視線。
――あれは、本当に“幼い”令嬢だったのだろうか。
「……考えるな」
そう自分に言い聞かせるほど、思考は深みにはまっていく。
彼はまだ気づいていない。
この時点ですでに、自分の足元が、少しずつ崩れ始めていることに。
*
その頃。
静かな寝室で、シルフィーネは眠り続けていた。
外の世界が、彼女を中心に動き始めていることも知らずに。
だが――
その長い沈黙は、永遠ではない。
止まった時間の向こう側で、
彼女が目を覚ます“その瞬間”に向けて、
運命の歯車は、確かに音を立て始めていた。
眠り続ける公爵令嬢をよそに、
世界は静かに、しかし確実に――
次の章へと進んでいく。
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