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第7話 一年後の風景
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第7話 一年後の風景
――一年が、過ぎた。
季節は巡り、王都には再び春が訪れていた。
街路樹は若葉を芽吹かせ、人々は何事もなかったかのように日常を営んでいる。
ただ一人――
シルフィーネ・エルフィンベルクだけが、その時間の流れから取り残されていた。
公爵家の一室。
厚手のカーテン越しに柔らかな光が差し込む寝室で、彼女は変わらず眠り続けている。
「……もう、一年ですか」
医師が静かにそう告げると、公爵は深く頷いた。
「命に別状はない。だが、覚醒の兆しもない……」
言葉を続けることができず、医師は視線を伏せる。
もはや、それ以上の説明は必要なかった。
希望は、完全には消えていない。
だが、確かな保証もまた、存在しない。
「……ありがとうございます」
公爵夫人は穏やかに礼を述べると、ベッド脇へと歩み寄った。
眠る娘の頬に、そっと手を伸ばす。
「シルフィーネ。春よ。あなたが好きだった季節……」
返事はない。
長い睫毛が、微動だにすることもなく、影を落としている。
それでも、彼女は語りかけることをやめなかった。
今日は庭の花が咲いたこと。
新しい噴水が完成したこと。
そして――屋敷に、以前より人が来なくなったこと。
婚約破棄と事故の噂は、やがて「過去の出来事」へと変わりつつあった。
*
王都の社交界もまた、大きく様変わりしていた。
「あの公爵令嬢……まだ眠っているそうね」 「お気の毒だけれど、もう話題にもならないわ」
同情は薄れ、興味は別の噂へと移る。
人々は常に、新しい話題を求めるのだ。
その中で、確実に立場を固めていたのが――
伯爵令嬢アメリアだった。
社交の場での立ち居振る舞いは洗練され、
“次期侯爵夫人候補”として、その名は広く知られるようになっている。
「……順調ですね」
そう声をかけられるたび、彼女は微笑みを返した。
「皆様のおかげですわ」
完璧な答え。
完璧な笑顔。
だが、その裏で、彼女は決して“あの名前”を口にしなかった。
――シルフィーネ。
眠り続ける公爵令嬢の存在は、
勝者であるはずの自分にとって、消えてほしい“影”だった。
*
一方、ライオネルはといえば――。
「……」
執務室で書類を前にしながら、彼は何度も手を止めていた。
仕事は順調。
評価も悪くない。
それなのに、心のどこかに引っかかるものがある。
夜会で見た、あの背中。
階段へと落ちていく瞬間。
「……一年、か」
誰にともなく呟く。
あの日以来、彼は一度も公爵家を訪れていない。
見舞う資格はないと、自分で決めた。
だが、その判断が正しかったのかどうか――
答えは、未だに出ていなかった。
*
そして、静かな寝室。
変わらぬ光景の中で、
変わらぬまま眠るシルフィーネの指先が――
ほんのわずかに、震えた。
誰にも気づかれないほど、小さな動き。
それは、奇跡と呼ぶにはあまりにもささやかで、
けれど――確かな“兆し”だった。
止まっていた時間が、
ゆっくりと、再び動き始めようとしている。
眠り姫の目覚めは、
まだ、誰にも知られていない。
――一年が、過ぎた。
季節は巡り、王都には再び春が訪れていた。
街路樹は若葉を芽吹かせ、人々は何事もなかったかのように日常を営んでいる。
ただ一人――
シルフィーネ・エルフィンベルクだけが、その時間の流れから取り残されていた。
公爵家の一室。
厚手のカーテン越しに柔らかな光が差し込む寝室で、彼女は変わらず眠り続けている。
「……もう、一年ですか」
医師が静かにそう告げると、公爵は深く頷いた。
「命に別状はない。だが、覚醒の兆しもない……」
言葉を続けることができず、医師は視線を伏せる。
もはや、それ以上の説明は必要なかった。
希望は、完全には消えていない。
だが、確かな保証もまた、存在しない。
「……ありがとうございます」
公爵夫人は穏やかに礼を述べると、ベッド脇へと歩み寄った。
眠る娘の頬に、そっと手を伸ばす。
「シルフィーネ。春よ。あなたが好きだった季節……」
返事はない。
長い睫毛が、微動だにすることもなく、影を落としている。
それでも、彼女は語りかけることをやめなかった。
今日は庭の花が咲いたこと。
新しい噴水が完成したこと。
そして――屋敷に、以前より人が来なくなったこと。
婚約破棄と事故の噂は、やがて「過去の出来事」へと変わりつつあった。
*
王都の社交界もまた、大きく様変わりしていた。
「あの公爵令嬢……まだ眠っているそうね」 「お気の毒だけれど、もう話題にもならないわ」
同情は薄れ、興味は別の噂へと移る。
人々は常に、新しい話題を求めるのだ。
その中で、確実に立場を固めていたのが――
伯爵令嬢アメリアだった。
社交の場での立ち居振る舞いは洗練され、
“次期侯爵夫人候補”として、その名は広く知られるようになっている。
「……順調ですね」
そう声をかけられるたび、彼女は微笑みを返した。
「皆様のおかげですわ」
完璧な答え。
完璧な笑顔。
だが、その裏で、彼女は決して“あの名前”を口にしなかった。
――シルフィーネ。
眠り続ける公爵令嬢の存在は、
勝者であるはずの自分にとって、消えてほしい“影”だった。
*
一方、ライオネルはといえば――。
「……」
執務室で書類を前にしながら、彼は何度も手を止めていた。
仕事は順調。
評価も悪くない。
それなのに、心のどこかに引っかかるものがある。
夜会で見た、あの背中。
階段へと落ちていく瞬間。
「……一年、か」
誰にともなく呟く。
あの日以来、彼は一度も公爵家を訪れていない。
見舞う資格はないと、自分で決めた。
だが、その判断が正しかったのかどうか――
答えは、未だに出ていなかった。
*
そして、静かな寝室。
変わらぬ光景の中で、
変わらぬまま眠るシルフィーネの指先が――
ほんのわずかに、震えた。
誰にも気づかれないほど、小さな動き。
それは、奇跡と呼ぶにはあまりにもささやかで、
けれど――確かな“兆し”だった。
止まっていた時間が、
ゆっくりと、再び動き始めようとしている。
眠り姫の目覚めは、
まだ、誰にも知られていない。
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