『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第19話 出立の前に

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第19話 出立の前に

 ノルディア王国への招待を受ける――
 その返書を出した翌日から、公爵邸は静かな慌ただしさに包まれていた。

 旅程の調整。
 護衛の選定。
 礼装の準備。

 どれも形式的なものではあるが、その一つひとつが「国家間の訪問」であることを示している。

「……ずいぶん、大事になってしまいましたね」

 シルフィーネは、仕立て直し中のドレスを前に、思わず苦笑した。

「当然でございます」

 マリアは、きっぱりと言う。

「お嬢様は、ノルディア王国の王太子殿下から正式に招かれた“賓客”なのですから」

 その言葉に、胸の奥がわずかに引き締まる。

 賓客。
 それは、守られる存在であると同時に、
 見られる存在でもある。



 出立を数日後に控えたある午後。

 書斎に、王都からの報告が届いた。

「……アメリア伯爵令嬢が、事情聴取を受けている?」

 シルフィーネは、書類に目を落としながら、淡々と確認した。

「はい。あくまで“参考人”としてですが」

 執事の声は慎重だ。

「階段事故の件について、証言の食い違いが多く……」

「そう」

 それ以上、感想は述べなかった。

 彼女の中で、その件はすでに整理がついている。

 誰かが罰を受けることを望んでいるわけではない。
 ただ、真実が闇に沈むのが嫌なだけ。

「ライオネル様のご家でも……動きがあるようです」

「……」

 その名に、反応はしなかった。

 関心がないわけではない。
 ただ、もう自分の進む道とは重ならない。

「必要以上の報告は、結構です」

 そう告げると、執事は静かに一礼して下がった。



 その夜。

 シルフィーネは、ひとり庭に出ていた。
 旅立つ前に、この場所を目に焼き付けておきたかった。

「……変わらないですね」

 庭は、いつもと同じ。
 風の匂いも、石畳の冷たさも。

 ――変わったのは、私。

 それとも、
 世界の方なのだろうか。

 足を止め、夜空を仰ぐ。

「……怖くないと言えば、嘘です」

 異国。
 王太子。
 政略。

 そこに、感情が絡む可能性もある。

 だが、同時に。

「……楽しみ、でもある」

 自分で選んだ道の先に、何があるのか。
 それを知りたい。

 ただ、それだけだ。



 翌朝。

 公爵夫妻とともに、簡素な朝食を取る。

「無理はするな」

「分かっています」

「困ったことがあれば、すぐに連絡を」

「はい」

 一つひとつの言葉が、温かい。

 守られている、という実感。
 だが、同時に――送り出される、という感覚。

「……行ってまいります」

 そう告げる声は、震えていなかった。

 この家を出るのは、逃げではない。
 戻る場所があるからこそ、踏み出せる。

 シルフィーネは、玄関に立ち、深く一礼する。

 ――過去を置いていくためではない。

 ――未来を迎えに行くために。

 その一歩は、確かに――
 彼女自身の意思で踏み出されたものだった。

 馬車が動き出す。

 窓の外で、公爵邸が少しずつ遠ざかっていく。

 シルフィーネは、静かに前を見つめていた。

 次に待つのは、異国の地。
 そして、試されるのは――

 肩書きでも、美貌でもない、彼女自身。
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