『外見しか見なかったあなたへ。私はもう、選ぶ側です』

鷹 綾

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第38話 戻るという選択

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第38話 戻るという選択

 ノルディアでの滞在は、終わりを迎えつつあった。

 それは、誰かに告げられた期限ではない。
 シルフィーネ自身が、自然と感じ取った区切りだった。

「……十分ですね」

 客室の窓から城下を眺めながら、そう呟く。

 答えは、まだ出ていない。
 けれど、問いは、もうはっきりしている。



 出立を告げたとき、エドワルドは驚かなかった。

「そうですか」

 ただ、それだけ。

「理由を、伺っても?」

「ここで考え続けることもできます」

 シルフィーネは、正直に言う。

「でも、それでは
 “この場所が答えをくれる”と
 期待してしまいそうで」

 それは、依存だ。

「答えは、
 私自身が持っていなければ意味がありません」

 エドワルドは、ゆっくりと頷いた。

「……やはり、あなたは」

 言いかけて、言葉を飲み込む。

「いいえ」

 彼女は、微かに首を振った。

「まだ、途中です」

 完成された人物ではない。
 だからこそ、立ち止まらない。



 出立の朝。

 大仰な見送りはなかった。

 儀礼も、祝辞もない。

 ただ、城門の前で、二人は向き合った。

「次に会うときは」

 エドワルドが言う。

「答えを持っていなくても構いません」

「……はい」

「問いを、持っていれば」

 それだけでいい。

 シルフィーネは、深く一礼した。

「ありがとうございました」

 それは、感謝であり、
 別れであり、
 約束ではない何かだった。



 馬車が動き出す。

 城門が、ゆっくりと遠ざかる。

 不思議と、胸は軽かった。

「……戻ります」

 帰る場所へ。
 そして、考える場所へ。



 自国へ向かう道中、
 シルフィーネは何度も、自分に問いかけた。

 私は、
 どこで生きたいのか。

 誰と、
 どう向き合いたいのか。

 問いは、
 まだ答えを持たない。

 だが、それでいい。

 答えを急がない選択も、
 また、選択だ。



 国境が近づく頃、
 彼女は、ふと微笑んだ。

 以前の自分なら、
 “戻る”ことを敗北だと思っただろう。

 だが今は違う。

 戻るとは、
 考える力を持っているということ。

 逃げではなく、
 準備だ。

「……私は、
 もう選ばれるだけの人間ではない」

 誰かの都合で決められる存在でもない。

 自分の人生を、
 自分の問いで編んでいく。

 その感覚を、
 失わずにいられる限り。

 どこにいても、
 私は、私でいられる。

 馬車の揺れに身を委ねながら、
 シルフィーネは、静かに目を閉じた。

 物語は、
 まだ終わらない。

 だが――
 次に進む準備は、
 確かに整っていた。
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