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第15話 距離感の確認
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第15話 距離感の確認
改革が本格的に動き始めてから、数日が経った。
公爵城の執務室は相変わらず忙しく、だが混乱はなかった。
指示は的確に伝わり、報告は簡潔に返ってくる。
――理想的な流れ。
私は机に向かいながら、書類を一枚ずつ処理していった。
「……今日は、ここまでにしよう」
低い声がかかる。
顔を上げると、アンクレイブが立ち上がっていた。
「もうそんな時間ですか?」
「夜になる。
集中力が落ちたまま判断するのは、非合理だ」
その言葉に、私は素直に頷いた。
「おっしゃる通りですね」
書類をまとめ、立ち上がる。
――いつの間にか、こうして一緒に仕事を終えるのが自然になっていた。
執務室を出て、廊下を並んで歩く。
ふと、アンクレイブが足を止めた。
「……エリーカ」
「はい?」
「一度、確認しておきたいことがある」
その声音は、いつもよりわずかに慎重だった。
私は立ち止まり、彼を見る。
「この婚姻についてだ」
――来たわね。
白い結婚。
感情を排した、合理的な契約。
「契約内容に、不都合は出ていないか」
「いいえ」
私は即答する。
「自由は守られていますし、裁量も明確です。
問題はありません」
それは事実だった。
アンクレイブは少しだけ視線を逸らし、続ける。
「……ならいい」
そう言いながらも、どこか歯切れが悪い。
私は、一瞬迷った末に言葉を足した。
「公爵様も、同じお気持ちですよね?」
「もちろんだ」
答えは早かった。
「感情的な関係を求めるつもりはない。
この形が、最も合理的だ」
――契約通りの言葉。
それなのに。
(……どうしてかしら)
胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。
「なら、改めて確認しましょう」
私は、あえてはっきりと言った。
「私たちは、夫婦ですが、
互いの私生活に踏み込まない」
「ああ」
「必要な場面では協力し、
それ以外では――」
「干渉しない」
言葉は、完全に一致している。
なのに、空気が微妙に噛み合わない。
アンクレイブは、しばらく黙ってから言った。
「……君が必要以上に働く必要はない」
「必要以上、とは?」
「ここ数日、休息を取っていない」
思いがけない指摘に、私は目を瞬かせた。
「業務上、問題はありません」
「問題が出てからでは遅い」
彼の声音は、淡々としているが、どこか強い。
――保護義務。
契約書に書かれていた、あの一文が脳裏をよぎる。
「……ご心配なく」
私は少しだけ柔らかく微笑んだ。
「私は、自分の限界を把握しています」
それは、本心だった。
アンクレイブはそれ以上追及せず、ただ短く頷いた。
「ならいい」
そう言って、再び歩き出す。
廊下の先で、自然と分かれる。
「おやすみなさい、公爵様」
「ああ。……おやすみ」
それぞれの部屋へ向かう、その背中。
距離は、きちんと保たれている。
――はずなのに。
部屋に戻り、椅子に腰掛けた私は、ふと天井を見上げた。
(合理的で、問題のない関係)
そう、問題はない。
ただ。
その“問題のなさ”が、
少しだけ、不自然に感じ始めている自分に気づいてしまった。
――それは、まだ名もない違和感。
だが確実に、
二人の距離は、ほんのわずかにズレ始めていた。
---
改革が本格的に動き始めてから、数日が経った。
公爵城の執務室は相変わらず忙しく、だが混乱はなかった。
指示は的確に伝わり、報告は簡潔に返ってくる。
――理想的な流れ。
私は机に向かいながら、書類を一枚ずつ処理していった。
「……今日は、ここまでにしよう」
低い声がかかる。
顔を上げると、アンクレイブが立ち上がっていた。
「もうそんな時間ですか?」
「夜になる。
集中力が落ちたまま判断するのは、非合理だ」
その言葉に、私は素直に頷いた。
「おっしゃる通りですね」
書類をまとめ、立ち上がる。
――いつの間にか、こうして一緒に仕事を終えるのが自然になっていた。
執務室を出て、廊下を並んで歩く。
ふと、アンクレイブが足を止めた。
「……エリーカ」
「はい?」
「一度、確認しておきたいことがある」
その声音は、いつもよりわずかに慎重だった。
私は立ち止まり、彼を見る。
「この婚姻についてだ」
――来たわね。
白い結婚。
感情を排した、合理的な契約。
「契約内容に、不都合は出ていないか」
「いいえ」
私は即答する。
「自由は守られていますし、裁量も明確です。
問題はありません」
それは事実だった。
アンクレイブは少しだけ視線を逸らし、続ける。
「……ならいい」
そう言いながらも、どこか歯切れが悪い。
私は、一瞬迷った末に言葉を足した。
「公爵様も、同じお気持ちですよね?」
「もちろんだ」
答えは早かった。
「感情的な関係を求めるつもりはない。
この形が、最も合理的だ」
――契約通りの言葉。
それなのに。
(……どうしてかしら)
胸の奥に、わずかな引っかかりが残る。
「なら、改めて確認しましょう」
私は、あえてはっきりと言った。
「私たちは、夫婦ですが、
互いの私生活に踏み込まない」
「ああ」
「必要な場面では協力し、
それ以外では――」
「干渉しない」
言葉は、完全に一致している。
なのに、空気が微妙に噛み合わない。
アンクレイブは、しばらく黙ってから言った。
「……君が必要以上に働く必要はない」
「必要以上、とは?」
「ここ数日、休息を取っていない」
思いがけない指摘に、私は目を瞬かせた。
「業務上、問題はありません」
「問題が出てからでは遅い」
彼の声音は、淡々としているが、どこか強い。
――保護義務。
契約書に書かれていた、あの一文が脳裏をよぎる。
「……ご心配なく」
私は少しだけ柔らかく微笑んだ。
「私は、自分の限界を把握しています」
それは、本心だった。
アンクレイブはそれ以上追及せず、ただ短く頷いた。
「ならいい」
そう言って、再び歩き出す。
廊下の先で、自然と分かれる。
「おやすみなさい、公爵様」
「ああ。……おやすみ」
それぞれの部屋へ向かう、その背中。
距離は、きちんと保たれている。
――はずなのに。
部屋に戻り、椅子に腰掛けた私は、ふと天井を見上げた。
(合理的で、問題のない関係)
そう、問題はない。
ただ。
その“問題のなさ”が、
少しだけ、不自然に感じ始めている自分に気づいてしまった。
――それは、まだ名もない違和感。
だが確実に、
二人の距離は、ほんのわずかにズレ始めていた。
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