ブラッドフォード卿のお気に召すままに

ゆうきぼし/優輝星

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外伝

暁の回想4

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 夜の静寂に紛れ、ブラッドフォード邸に忍びこむと殺気に襲われた。何者だ?この俺の行く手を阻む者がいるなんて。

「……あなたは?」
 闇の中から聞こえた声には戸惑いがある。俺のことを知っているのか?
「お久しぶりでございます」
 現れた気配に覚えがある。以前俺と剣を交えたことがある者だ。
「暗部の生き残りか?」
「その事はご存知なのですね?」
「いや、詳しくは知らぬ。何があったか知りたいとは思っていたが。今はそれより」
「さようでございますね」

 互いに剣に手をかける。
「内容によってはお相手させてもらいます。こちらにはどのような御用でしょうか?」
「ブラッドフォード家の内情を調べに来た」
「では、貴方は今もそちら側にいらっしやるのですね?」
 そちら側とは?王の側近と思われているのか?


「おい、クラーク!お客人なら上がってもらえ」
 突然声をかけられ、またその内容に驚いた。そこには銀髪の美少年が立っていた。
「アーベルから今夜ぐらい客が行くと言われていた。俺の部屋へ通してくれ」
 それだけ言うとスタスタと屋敷の中に戻られてしまう。これには苦笑いをするしかない。
「すみません。エルシド様はあの通りのお方でして」
 何があの通りなのかわからないが、とりあえず、うなづくと警戒をとく。
「クラークと名乗っているのか?」
「はい。手負ておいの私を何も聞かずに当主は救って下さったのです。私は今ブラッドフォード家に忠誠を誓っております」
「そうか。俺も、今の主は王ではない。アーベル様に忠誠を誓っている」
「そうでしたか」
 それにしても、あの子息は俺たちの気配を感じとっていたのか。多少は腕に覚えがあるということか。
「エルシド様はああ見えてもやいばのようなお方です。見た目に騙されないで下さいね」
 クラークが嬉しそうだ。この男がこんな顔をするなんて。よほどこの子息を気に入っているのだな。


「遅い。足腰が弱まってるんじゃないのか?歳のせいか?ボケるのはまだ早いぞ」
 部屋に着いた途端にこの言いざまだ。
「まだまだ貴方のような若造には負けませんよ」
 しれっとクラークも言い返してるところを見るとこれが日常茶飯事ということか?
 しかし、このエルシドという男。黙っていれば男装の麗人かと見間違うほどなのに。なんと口の悪いことか。

「客人がエルシド様のお口の悪さに驚かれております。もう少し上品にされるとよいのですがね」
「仕方ねえじゃねえか。アーベルには普段通りの姿をみせろって言われてんだよ」
「アーベル様は第二王子であらせられます。呼び捨てにされるとは遺憾ですな」
「それはあいつに言ってくれ。お前とはただの友達として接したい。王族の扱いはするなって怒るんだぜ」
 それほど、この男に気心を許しているというのか?

「それに俺はアーベルを第二王子とは思っていない」
 何を!こやつ、やはり我が主にたてつく者か?生意気な!
「アーベルは器の大きな奴なんだ。今の立場に甘んじて欲しくない。あいつにはこの国を背負ってもらいたいんだ」
 それは王になって欲しいということか?……この男、見る目はあるようだな。さすがはアーベル様が認めた者だ。

「エルシド様。そういうのは胸の内に秘めておいていただきたく」
 クラークがやれやれといった感じでいさめる。確かに聞く者にしたら反逆を企てているのかと思われるような言い方だ。
「……俺は近いうちにこの家を出て市井に降りる。直に民の声を聴く事も大事だしな」
「はあ。お気持ちは変わらないのですか……」
 クラークがため息まじりに肩を落とす。市井に降りるとはどういうことなのだ?
「はは。そのほうが兄上も気が楽だろう。俺が居なくなった方がうまくいくさ」
 兄とはブラッドフォード家の長男のことだな。仲が良くないのだろうか?
「わたしはそうとは思えませんがね」
「邪魔者がいなくなれば兄上の良さが際立つはずだ。きっとクラークに領地運営など教えて欲しいと頭を下げてくるさ。そのときは頼むぞ」
「プライドの高いあの方が私なぞに教えを受けるとは思えませんが」
「兄上はやるときはやる人なのだ。人一倍正義感が強い方だからな」

 クラークが無言になってしまったということはこの家も弟のほうが出来が良いというわけか。詳細はよくわからないが家を出た方が良いと判断できるようなことがあるのだろう。
「平民になられるつもりですか?」
「それもいいな」
「よくありません!エルシド様!」
「もう決めたのだ。悪いなクラーク。後は任せた」
「任されたくありませんよ!」

「ところで、名前を聞かせてもらっても良いだろうか?」
 エルシドが急に姿勢をただすと俺の目をまっすぐに見据えてきた。
「ヘルマンと申します」
「ヘルマン殿。どうかこれからもアーベルのことをよろしくお願いします。どうかあいつをお守り下さい。俺はたとえ、貴族でなくなったとしても、あいつのためなら影になる覚悟もできている」
 真剣に俺に頭をさげて来るとは。これまでアーベル様のことをこのように誰かに頼まれた事はなかった。それがとても新鮮に映る。この者はアーベル様の事を王族でも貴族でもなく一人の人間として捉えている。良い友人なのだと認めるしかないのだろうな。

「まったく、勝手な事ばかりおっしゃるのですね?貴方のことだから、私が止めても無駄に終わるのでしょう。好きになさいませ。自由に生きてみてその目で世の中を見極めてみてくださいませ」
 クラークが眉間に皺をよせ、吐き捨てる様に言う。
「ああ。そうするさ」
 エルシドが若いくせにすべてを達観したような顔をする。

 まったくもって予想外だった。ただの同級生とばかり思っていたが、エルシドという人物は俺の想像を上回る者のようだ。共にいると何かが起こりそうな期待と予感めいた気がする。

 これは、アーベル様の家臣に欲しい人材だと思わざるは得ないな。


 しばらくして、エルシドは本当に屋敷を離れ、市井で暮らし始めた。アーベル様とは常に連絡を取り合っているようだ。たまに俺を連絡係にされることもある。エルシドについては悪い噂もよく聞くが、「あれはわざとわかってやってる事なのだよ」とアーベル様がしたり顔で話される。
「時に、悪い膿を出すためには膿の根本に潜り込むことも必要なのだ」
 確かに最近、一部の富裕層と貴族の癒着や不正などが明らかにされてきた。そのほとんどをアーベル様はご存じである。誰がそこに関わっているかはおのずと知れてくる。その手腕はさすがと言えよう。
 
 この国は今、疲弊している。王はもう判断力も失われているようだ。ただただ側近の言いなりのようになられてしまっている。王宮は煌びやかな表面と違い、中身は賄賂や汚職で蔓延している。その中でアーベル様と若き友人がこの国のために動き出している。俺がその昔、主とこの国のために駆けずり回った時のように。
 
 そのことに俺は感激し、ひそかに涙を流した。




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