スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら

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大切なものはなに?

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 優先順位を一般的な価値観に基づいてつけていくのなら。
 私がこだわっている矜持なのか意地なのか、とにかくそんなものが、生活や将来の可能性よりも上ということにはならないのだろう。
 私が父に頭を下げ、お願いをすれば良いだけの話なのだ。それで、今の生活の質の向上と、学校を卒業できるという将来の可能性の拡大が得られ、ランニングコストの後ろ倒しという将来のリスクを負わずに済むのだ。

 わかっている。
 だけど、悔しかった。父に頭を下げることがではなく、何ひとつ通せない自分が、情けなく悔しい。

 
「誉ちゃん、そんな『ヒトだと思って付き合ったオトコがヒトデナシだと分かった』ときみたいな顔して」しょーちゃんが笑う。

 え? なにそれ?

 しょーちゃんの唐突な、あまりピンとこない言葉に、私は不思議そうな顔をしていたようで、「そーそ、誉ちゃんは深刻な顔よりそーやって鹿せんべいもらいにきたシカみたいな顔してた方が可愛いよ」と、バカにされてる? わけではないようだが、やっぱりいまいちよくわからないことを言っていた。
 だけど、そのおかげで少し緊張した空気がほどけたように感じた。



 
「祥子。誉にそんな演歌みたいな世界観わかんないよ」
 
 私だってわかんないし、と要さん。
 
「いや、ごめん。誉ちゃんすっごく難しそうな顔してたからさー」
 
 こんなんよ、としょーちゃんは顔をしかめて見せた。

 
 えー、私、そんな顔してた?

 
「まあ難しいよね。一般論とか常識とか、理屈ではわかることとかさ。理解できること、正しいこと。それがそのまま受け入れられたら楽だよねぇ?」

 
 しよちゃんはビールを飲んで「うまー」と笑った。

 
「ビールだってさ、正しさだけで言ったら飲まない方が身体には良いよね。でもなかなかそうはいかないんだよねー」

 
「祥子、何が言いたいの? 結論を言って」

 
「もー。要はせっかちすぎ! それだって、正しいのかもしれないけど、だから正しくないってこともあるんじゃない?」

 
 わかってるよ、と要さんもビールを煽る。

 
「別に我がままでも、筋違いでも、まずは誉ちゃんのしたいようにしようよ。それで無理があったら、その時また考えれば良い。それでも尚、意地を張るのか。本当に譲れないものは何なのか」

 
 そう言われると、確かにまだ何も始まっていない。
 そもそもバイト探しも途中だ。条件に沿うバイトが無いと判明したわけではない。

 
「それに、ずるい考え方だけどさ。親に頼りたくないってことは、頼ること自体は可能ってことだよね? ってことは、どうしてもどうにもならなくなった時、いざという時の切り札として、頼ることはできるわけでしょ? なら、やるだけやってみてもダメだった時のバックアップがあるって思えたら、気楽じゃない?」
 
 そういう考え方のあるのか。

 うずらの煮卵を食べながら、今度は氷結の缶を開けているしょーちゃん。
 笑っていることの多い大人の女性。きっと笑っていられる日ばかりではなかっただろうに、それを感じさせないのは、笑えない日を乗り越えてきた証なのだと思った。
 
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