スルドの声(嚶鳴) terceira homenagem

桜のはなびら

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【幕間】 祷 cor primária do céu 4

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 エスコーラは毎年サンバカーニバルに向けて多大なリソースを割くことになる。

『ソール・エ・エストレーラ』も、そんなエスコーラのひとつだった。

 
『ソール・エ・エストレーラ』、通称『ソルエス』。
 日本で開催されるサンバカーニバルの中で、最も規模の大きいものは浅草サンバカーニバルだろう。
 浅草サンバカーニバルに参加しているエスコーラの中で、ソルエスは中堅クラスに位置している。

 
 駅を中心に南北に伸びる『サンロード商店街』と『スターロード商店街』が、近隣にできることになった新駅と、新駅に隣接する大型のショッピングモールに対抗すべく、両商店街は競業から協業へと舵を切り、両商店街の企画やイベントを立ち上げ、生き残り戦略をとった。
 そのうちのひとつが『サンスターまつり』であり、そのお祭りを盛り上げるために立ち上げられたのが、サンバチーム『ソール・エ・エストレーラ』だった。

 サンバに造詣が深い者や、特別興味を持っていた者がいたわけではなかったが、たまたま両商店街の主要メンバーが所属している商工会議所の会員に、日系ブラジル人が経営する自動車整備工場があり、その代表の息子であるガブリエルがサンバの講師をしてくれるという状況があり、サンバならお祭りが盛り上がりそうだとの理由から設立された経緯があった。
 
 ガブリエルはガビという愛称で親しまれ、打楽器もダンスもなんでも教えることのできた彼のおかげで、サンバの知識すら希薄だった素人集団が、ものの数年で本格サンバを標榜できる『エスコーラ』となった。
 ガビの教えを受けた打楽器奏者やダンサーは、チーム内にまだまだ現役プレイヤーとして残っている者も多いが、皆一流のプレイヤーだ。

 彼がチームとメンバーに授けたのは技術や知識だけではなかった。

 サンバのイズム。

 羽飾りを背負ったダンサー『パシスタ』
 サンバ発祥の地バイーア地方の民族衣装を模した大きく膨らんだスカートのドレスで踊る『バイアーナ』
『エスコーラ』の象徵旗たる『パビリャオン』を掲げ、踊る『ポルタ・バンデイラ』と、ポルタをエスコートする『メストリ・サラ』の男女ペアを指す『カザウ』
 粋なスーツスタイルで踊る『マランドロ』
 チームに唯一人存在する、打楽器隊『バテリア』を導く女王『ハイーニャ・ダ・バテリア』

 などなど、比較的主要な役割だけでもこれだけ上げられるほど、実は多種多様なダンサーで成り立っているサンバ。

 その種類は単にポジションが豊富というだけではない。
 それぞれに意味があり、役割があり、表現すべき背景がある。

 そのことを真髄まで理解して踊っている日本人ダンサーはどれくらいいるだろうか。
『ソルエス』のメンバーは、ガビが残してくれた思想と哲学を軸に落とし込んでいた。

 そして、彼自身の大切にしていた言葉。
『メウ コラソン』
 心のままに在るようにとの教えも、『ソルエス』には浸透している。
 それは、表現が体の枠を超えて世界へと広がれるための、扉を開ける鍵となる言葉としてメンバーにも大切にされていた。


 
 そのような背景を持つ『ソルエス』は、パフォーマーひとりひとりは粒ぞろいで高い評価を得ている一方、強豪チームと比較すると規模的にはやや劣る。
 その分家族的で個々の連携も良く取れた『エスコーラ』ではあるが、規模に直結する資源はやはり乏しいと言わざるを得ない。
 
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