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マレの気持ち
しおりを挟む(柳沢 希)
そろそろ、私の方から踏み込む段階だろう。
追加オーダーのパフェが提供された。
私はひと匙分クリームを掬って口の中に入れた。甘味が広がってゆく。
この甘さを言葉に交えるように意識した。責め、追うようなニュアンスにならないよう、そっと話しはじめた。
「うわ、楽しそう! やりたいけど、マレはいつまで日本にいる予定?」
フランスにもどっても、ネットで動画を撮り合って、うまいこと編集すれば動画作成はできるだろう。だから、物理的に無理になっちゃうのでは? ということを問いたいのではない。
マレが今、どういう立ち位置なのか。
どういう意図で日本に帰ってきたのか。
そしてこの後、どうするつもりなのか、どうしたいのか。
先ほどはしばらくだとはぐらかされた。
具体的な期間が訊きたいというよりも、心と考えの内訳。
そこを訊かなくては。
マレはずっと、鉄火場のような世界に居た。
たまにはぬるま湯に身体を浸して癒される必要はあるのだろう。
でもそれは、いつまでもではない。
渡り鳥が羽根を休めるのは、目的地に向かってまた飛び立つためなのだから。
「ん……わたし、全然心配しなくて良いんだけど、怪我しちゃって。しばらく踊るのだめって言われてるんだ。禁止期間が解けたら戻るつもりだけど……」
期間としては約三週間から四週間ほどだとうとの見込みのようだ。
ちょっとした休暇くらいの日々は、あっという間に過ぎ去ることだろう。何かをするには短すぎる。
それがわかっていないマレではないだろう。「けど……」の先を無言で待った。
「本当は、帰国はしなくても良かったんだ。バレエのことを考えたら、むしろ練習できなくても学校でやるべきことはたくさんあった。だけど……」
「けど」に続いて「だけど」で、言葉が途切れる。この先に、マレは言い難い、言いたくない、だけど先に進むためには言わなくてはならない言葉がある。
「わたしの中に、戻りたくない気持ちがある。
バレエをやめたいわけじゃない。バレエを突き詰めていきたい気持ちはずっと変わらない。
だから、練習できない今がもどかしいし、何もできていないことに焦る。練習できない中でもやれることなんていくらでもあって、それをしなくてはならないこともわかってる。
なのに、わたしの心は帰国を選んで、今は、戻りたくないと思っている。
バレエに対する気持ちは変わってないのに、矛盾する行動をとって、そのことに焦ったりしている。
わたしはわたしのことが全然わかんない……ほまれちゃんと一緒に何かしたいのも本当。
でもそれが、なにかから逃げていると言われるなら、きっとそうなんだと思う。でも、それを頭で理解できたとしても結局のところわたしがどうしたいのかがもうわかんない。どっちの気持ちも本当なんだもん」
マレの言葉は、告白のようで。
まとまっていない言葉は、マレの頭の中を、心の中を現している。
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