スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

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序章 恵まれなかったものと手放したもの

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 十年前の私は、その時に歩んでいる道が、そのまま当たり前のように続くものと思っていた。
 きっと、十年後の自分もまた、その道行きを歩んでいるものだと。

 五年前の私は、その道の先を将来のわたしが当たり前のように歩んでいることが、信じられなくなってきていた。
 近い将来すら具体的に思い描けないことに、不安と恐怖を感じていた。

 三年前の私は、突如途絶えた自分のものと思っていた道。先などなかったその道の先端で、ただ立ち尽くしていた。
 自分のものだと信じていた道が、そうではなかったとわかったとき。どれほど険しく過酷な道であったとしても、身体を支えてくれる土台としての拠り所と、果てしない彼方であろうとも、至るべき場所が必ず存在していることの安心感に、喪うことで気付かされた。

 
 歩むべき道は無く、目指すべき頂も無い。崩れ去った足元に立つ瀬は無く、方向感なく彷徨うだけだった私。
 まさに抜け殻。骸のような、洞のような私に、運動エネルギーを戻してくれたのは、珍しくも特別でもないただの偶然。
 でも、空っぽだった私には、よく響いた。

 
 スルドの音。

 
 響く低音。
 音響設備も反響する壁も無い、開け放たれた屋外なのに。解き放たれた音は、会話すらままならない音量で。
 その日その時、その場所にいた私は、誰かと会話するなんて状態には無かったのだけれども、仮に友だちと一緒に居たとして、そしてその友だちが何かを懸命に話しかけてくれていたとしても。きっと私は返事もできなかっただろう。音に囚われていた私は、音と一緒に解き放たれてしまっていたのだから。
 
 虚ろで空っぽになった私を。
 最初に満たしたのは、音。
 そして、その音を聴く、鳴らすという行為に夢中になり。
 気が付けば、スルドをリズムの礎として奏でる、「サンバ」という音楽と文化に、私の中はいっぱいになっていた。
 
 
 サンバに出会わせてくれたサンバチーム。サンバの世界ではサンバチームのことを「エスコーラ」や「ブロコ」と呼ぶ。
「エスコーラ」はサンバの様式を満たし、「サンバカーニバル」にてコンテストに挑む集団。「ブロコ」は「カーニバルを楽しむ人たち」と行った意図の集まりで、コンテストでしのぎを削るというよりも、サンバという文化や音楽を楽しむことに重きを置いている。
 わたしを魅入らせたのは、日本国内でも強豪に部類される「エスコーラ」だった。
 サンバと言えばリオデジャネイロのカーニバルが、開催時期には日本でもニュースに取り上げられるくらいメジャーだ。その「本場のカーニバルとを日本でも」と立ち上げられたのが、「浅草サンバカーニバル」だ。何気に二十年を超える歴史を持っている。歴史に相応しく、北半球に於いては最大規模のサンバカーニバルと称されるそのコンテストで、わたしが入会したエスコーラは優勝候補のひとつと目されるチームだった。
 優勝候補のひとつであることに間違いはなかったが、国内では屈指の実力と規模を誇る優勝常連の名門エスコーラが君臨していて、その間隙をついて優勝を狙えるチームがその下に二、三チーム存在しているのが今の浅草サンバカーニバルの状況だった。
 だから、優勝候補のエスコーラながら、優勝経験を持たないメンバーも数多くいる。それくらい、優勝というのは特別なものだった。
 私は人生に於いて、優勝というものを勝ち取ったことがない。
 そんな私に、その栄誉をもたらしてくれたのが、そのエスコーラであり「サンバ」だった。
 
 私一人の力なんかではもちろんないし。
 それどころか、強豪のエスコーラならではの大規模編成の中で、私など多数の中のひとりに過ぎないし。
 仮に居なかったとしても、結果には何の影響もなかったのかもしれないけれど。
 
 それでも、私はみんなと一緒になって創り上げた「音」で、少なからずサンバに詳しく思い入れも深い歴々の審査員たちの心を掴み、優勝を勝ち取ったという事実に、自分の中にこんなにも湧き上がる感情があるのかと、歓喜に身を委ねながらも、どこか冷静な頭で思ったりしていた。この感情が、あの頃にもあったならと、一瞬よぎった無意味な仮定を隅に追いやりながら。
 
 私にそれまで無かったものさえ呼び起こさせたサンバと、私にサンバを与えてくれたエスコーラ。
 しかし私は、情熱を傾けるものが零れ落ちてゆく宿命でも背負っているのか、進学という人生のターニングポイントを迎えるにあたり、距離という物理的な条件に阻まれ、そのエスコーラを離れることとなった。
 
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