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余計なこと
しおりを挟む(色部 誉)
前向きな要さんの言葉に、しょーちゃんは顔を綻ばせた。
「ありがとう。要。誉ちゃんも。誉ちゃんはまだ飲めないけど、終わったら私のおごりでおいしいもの食べにいこう。一応都会の会社員になったからね。おいしいお店情報結構増えたんだよー」
「いーね。遠慮しないからね」
「私も! しょーちゃんの財布空からっぽにするくらい食べよー」
「えー、そしたら小国さんにも声かけとくかぁ。財布は多い方が良い!」
「それも良いね。あの人誉にすごく優しいし、誉、小国さんと名前似ているし、良いんじゃない? 色々と」
なにが良いのだろうか。色々とは? 優しいのは確かに、そう思う。でもそれは立場上、だ。
約束でもある。私があの現場に参加するうえでの、負荷を払いのけてくれるという。
つまりそれらは、会社員が、その業務を全うするためにしてくれていることに過ぎない。
アイスおごってくれたりとかは、業務って枠を超えているような気もするが、差し入れの範疇だと言われれば、それほどの違和感もない。先日のやり取りからは、自腹っぽいから、やっぱり過分ではあるが。
「お、誉ちゃん、黙っちゃってどうしたの? 小国さんのこと考えてた?」
要さんの言葉を継いで、しょーちゃんまで余計なことを言いだす。
「私が黙るのに意味なんて無いですよ」
変な言い訳させないで欲しい。顔が熱い。髪の生え際に汗がにじみそうな気がして、ハンカチで押さえ、そのハンカチで少し扇いで顔の火照りを冷ます。
「え、え、真っ赤じゃん誉。え、マジで?」
「ちがいます! 要さんがいい年して小学四年生みたいなこと言いだすから! さっきも、監督にキレるとか、大人げないです! メンタル子どもになっちゃったんですかっ? ちょっとは慎んでくださいね!」
「お、おぅ……」
よし、やっつけた。要さんが少ししゅんとして、アイスを食べるだけの装置になっているのを見て、しょーちゃんが笑っている。このくだりに関してはしょーちゃんにも罪がある。種火に過ぎなかったこの話題に、燃料をくべたのはしょーちゃんだった。しかしそこを追撃すると、この話題が続いてしまいそうなので、そこは見逃してあげることにした。
小国さん――確かに優しいし爽やかだし、真面目だし仕事はきちんとしているし、感じは良い人だと思う。
でもそれはあくまでも、仕事に対してきちんと取り組んでいるからだ。そして、私も彼の仕事の一部でしかない。
じゃあ、個人的に気にしてくれていたら?
そう思って意識をすると、少し鼓動が早まった気がした。
それは、わざわざ不要な意識を敢えてしたのだから当たり前だと、自分の中に沸いた予兆めいたものを否定する。
そもそも、「気にしてくれていたら?」なんて、何を言っているのか。仮定の話をしたって意味がない。もし。万が一。そういう感じが見て取れたことがあったとしたら。その時初めて考えれば良いことだ。
アイスクリームを平らげ、アイスコーヒーを飲み干した私はもうすっかりクールだ。一瞬立ち上った仄かな熱などもう鎮静化されている。
ふたりが優しいまなざしで見守っている感じを出していることには気づかないふりをした。
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