スルドの声(嚶鳴2) terceira homenagem

桜のはなびら

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差し入れについて

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 休憩室。
 今いるのはメイクの池さん、衣装の五十嵐さん、主演俳優の妃夜さん、私の四名。
 今は誰もタバコは吸っていないが、拭いきれないタバコの匂いが染み付いているこの空間は、四人の女性がおしゃべりをする場となっていた。
 五十嵐さんは長い待ち時間に関しての話題を妃夜さんに振った。

「待つのは好きだよ。長い方が入れる。急に違うことやろうとしても中身と違うとだめだよね」
 
 妃夜さんの主語に乏しい少々独特な言い回しにも、最近は慣れてきた。

 これは、いわゆる『役を入れる』ということだろう。
 待ち時間がある方が、次の撮影のための『役』を入れられるということだ。役作りは、『役になりきる』のが手法としては効果的なのだろう。なりきるために、時間を掛け、役作りをする俳優や役者は多い。
 妃夜さんも、役になり切れているタイプの俳優だと思う。なり切りすぎているともいえ、その弊害がによる大変さを、ぽつぽつと訊かせてくれたことがあった。

 時系列が問題なのだという。

 ストーリーの順番通りに撮影を進める純撮りならまだマシだが、まったく違うタイミングの場面を連続で取ろうとすると、妃夜さんの場合、『その役になりきる』ではなく、『その時その瞬間のその役になりきる』をやっているので、時系列により、感情や考え方、感覚や価値観なんかが、時間の経過と経験、体験、成長による変化が生じていた場合、同じ人物を演じていても一旦書き換える必要があるのだ。
 特に、体験後、成長後から、その手前の段階を演じるにあたっては、一旦、なりきっている役から、なりきるにあたって脳内で体験、経験させた行為と、その成果物たる成長や感情の変遷や後悔や希望などを、完全に消去しなくてはならず、それは、なりきった登場人物に経験や成長を付与することよりも遥かに難しいらしい。


 妃夜さんとは別の仕事でも一緒だったことがあり、私よりも付き合いの長い五十嵐さんと池さんも、妃夜さんの言っていることはすんなり理解できたらしい。

 
「役者さんの世界は大変ってことくらいしか想像できないけど……自分の中に他人の人格を入れたり出したりするなんて、その作業だけで痩せちゃいそお」

「ね。うちらも結構肉体労働で、油断すると痩せるか、反動とストレスでばかみたいに食べちゃって太るか、どっちかみたいな世界だけどさ、役者さんの場合のそれは、肉体と精神、両方を削ってそうだもんねぇ」
 
「うん、だからドーナツとか、遠慮なくいただいている。この前はシュークリーム。たこ焼きやハンバーガーのときもあった」
 さっそくもくもくとドーナツを齧っている妃夜さん。

「あー、ね。小国さんの差し入れシリーズ! ありがたいよねぇ。プロデューサーがこんなに差し入れ持ってくる現場、あんま無いよ」
「遠出したロケの日もあったでしょ? あれは驚いたなー」
 撮影開始時の決起や結束、終盤の激励や慰問的な感じで、監督やたまに顔を出すタイプのプロデューサー、大御所俳優やその事務所が、意図を持った差し入れを用意してくれることは一般的らしい。
 実際、撮影が始まったばかりの頃は、小国さんの会社やしょーちゃんの会社から豪華な差し入れがあったし、主演俳優の妃夜さんのプロダクションからも、お取り寄せスイーツみたいなものが差し入れられた。あの監督ですら、銘菓みたいな立派な差し入れをしてくれた。

 小国さんは私との約束の手前、頻繁に現場入りしているからか、現場入りの度に何かを買って来てくれていた。
 別業務で忙しくても、顔だけは出してくれ、その際には必ず差し入れや手土産を持ってきてくれるのだ。
 
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