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終章 あの日仰ぎ見た空の色3
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「こんにちはー」にこやかないのり。まだまだ外気は結構暑い。それでもいのりはいつもどこか涼やかで爽やかだ。
「こんにちは。え、祷早くない?」
「いのり、しょーちゃん、こんにちは」合流した私たちは挨拶をし合う。
「やー、やってるときはバタバタでも、終わっちゃうと一瞬だったよねぇ。それでも、ちゃんと形になったって聞くと、感慨深いなぁ」
しょーちゃん、嬉しそう。
ある意味この企画の生みの親だもんね。
過ぎた時間に関して、私と似たような感想を持っていたしょーちゃんだが、実際撮影期間としてはかなり短い部類みたい。
そういえば、スタートアップ時に、そんな説明を受けたな。
予算の兼ね合いで、かなり圧縮して撮影するって。
説明をしてくれた、
「こっちだよ。行こう。きゃん子はもう来てるよっ」
「あ、はーい!」思考中に声をかけられた私は、考えるのを打ち切って、慌てて返事をする。
私たちよりはこのスタジオの勝手知ったるしょーちゃんが案内役を担ってくれた。
すぐに歩き始めたしょーちゃんに追いつこうと、少し小走りで走る私の胸元で、首から下げた「guest」と書かれたプレートが左右に揺れている。
広い敷地内にいくつもの建物が並んでいて、通路も三車線くらいの広さがある。通路の反対側をスタッフさんが両脇に細々とした荷物を抱えながら忙しそうに走っていった。通路のかなり先の方には小さなトラックが停められていて、三人のスタッフさんがテキパキと荷下ろしをしている。
この敷地のあらゆる場所で。
いくつもの建物のそれぞれの中で。
CMや映画やテレビ番組や配信動画の、撮影や準備が絶えることなく行われている。
今この瞬間も、数多の物語がここで生み出されているのだろう。
その中には、いつか私が目にする物語もあるのかもしれない。
ほんの数週間前までは。
私もまた、その物語を創造する側として、この場所で慌ただしく駆けていた。
そこここであの頃の思い出が蘇る。
まだそれほどの月日は経過していない。記憶も鮮明だし、思い出せるのは当たり前のことなのに、なんだか懐かしく感じてしまう。
変わらない風景。
でも、あの頃とはいろいろと変わっている。
関係者からゲストに変わった私たち。
千屋組の撮影スタッフはもういない。
同じ現場で一緒にプロジェクトに取り組んだプロフェッショナル達は、今はそれぞれ別の現場だ。何割かは千屋監督の次の現場で一緒に働いていると聞いた。
何人かはこのスタジオで仕事をしているのかもしれない。
けれども、あのプロジェクトを完成させるためにここに集まっている人たちは、もういないのだ。
あの人も。
記憶の名残に心を寄せていたら、目的地へとまっすぐ向かう集団から少し遅れてしまった。また小走りで、前を往く皆に追いつく。
「こんにちは。え、祷早くない?」
「いのり、しょーちゃん、こんにちは」合流した私たちは挨拶をし合う。
「やー、やってるときはバタバタでも、終わっちゃうと一瞬だったよねぇ。それでも、ちゃんと形になったって聞くと、感慨深いなぁ」
しょーちゃん、嬉しそう。
ある意味この企画の生みの親だもんね。
過ぎた時間に関して、私と似たような感想を持っていたしょーちゃんだが、実際撮影期間としてはかなり短い部類みたい。
そういえば、スタートアップ時に、そんな説明を受けたな。
予算の兼ね合いで、かなり圧縮して撮影するって。
説明をしてくれた、
「こっちだよ。行こう。きゃん子はもう来てるよっ」
「あ、はーい!」思考中に声をかけられた私は、考えるのを打ち切って、慌てて返事をする。
私たちよりはこのスタジオの勝手知ったるしょーちゃんが案内役を担ってくれた。
すぐに歩き始めたしょーちゃんに追いつこうと、少し小走りで走る私の胸元で、首から下げた「guest」と書かれたプレートが左右に揺れている。
広い敷地内にいくつもの建物が並んでいて、通路も三車線くらいの広さがある。通路の反対側をスタッフさんが両脇に細々とした荷物を抱えながら忙しそうに走っていった。通路のかなり先の方には小さなトラックが停められていて、三人のスタッフさんがテキパキと荷下ろしをしている。
この敷地のあらゆる場所で。
いくつもの建物のそれぞれの中で。
CMや映画やテレビ番組や配信動画の、撮影や準備が絶えることなく行われている。
今この瞬間も、数多の物語がここで生み出されているのだろう。
その中には、いつか私が目にする物語もあるのかもしれない。
ほんの数週間前までは。
私もまた、その物語を創造する側として、この場所で慌ただしく駆けていた。
そこここであの頃の思い出が蘇る。
まだそれほどの月日は経過していない。記憶も鮮明だし、思い出せるのは当たり前のことなのに、なんだか懐かしく感じてしまう。
変わらない風景。
でも、あの頃とはいろいろと変わっている。
関係者からゲストに変わった私たち。
千屋組の撮影スタッフはもういない。
同じ現場で一緒にプロジェクトに取り組んだプロフェッショナル達は、今はそれぞれ別の現場だ。何割かは千屋監督の次の現場で一緒に働いていると聞いた。
何人かはこのスタジオで仕事をしているのかもしれない。
けれども、あのプロジェクトを完成させるためにここに集まっている人たちは、もういないのだ。
あの人も。
記憶の名残に心を寄せていたら、目的地へとまっすぐ向かう集団から少し遅れてしまった。また小走りで、前を往く皆に追いつく。
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