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序章 ガビと少年
少年と煌めく練習の日々
しおりを挟む毎日はあっという間に過ぎていった。
ガビの面倒見の良さは指導者にも向いていたのか、俺も羽龍も、ついでに弟も目に見えて足元の技術を身に着けていった。
平日にガビとの練習で身に着けたものを、週末のクラブチームの練習内の模擬試合や一対一の練習などで実践する。
ボール保持力が高くなっているので、パスのミスや、受けたパスを相手に奪われることが少なくなり、自ずとコンビネーションも個々の得点力も増していった。
何度か行われた他チームとの練習試合でも、明らかにデータに差がついていた。
「ボールを奪うのも、奪われないようにするのも、リズムが大事だよ」
ある日ガビは見たことのない大きな打楽器を持ってきていた。
片手には撥を持ち、もう片方の掌と交互に太鼓の表面を叩いた。
デン、ドン、デン、ドンと、大地に根差したような重い音が響く。
「音をよく聴いて。音を意識しながらやってみよう」
デン、ドン、デン、ドン......。腹に響く音が一定のタイミングで鳴り続けている。
「リズムっていうと、早いリズムでテンポよくって感じだけど」
「なんかゆっくりだよな」
「そう。このリズムは心臓の音と同じ。
私たちの国では心臓はコラソン。
コラソン、とても大事。生き物にとってベースの音だよ。
ベースの音を身体に染みつければ、速いテンポも遅いテンポもできる」リズムをやや早くしたり、元に戻したりしながらガビは言う。
「自分のリズムで乗ったプレー、相手のリズムを狂わすフェイクのプレー、全部まずはこの音、リズムを身に着けることから」
音を身に染み込ませるのが大事なのだと、ガビと誰かがプレーをしている時は、空いた者が打楽器を叩く。
「リズム、ずれてるよ! ……そう! もっと強い音で!」ガビは俺と一対一をしながら、楽器を叩く羽龍の音に指摘を入れる。
「簡単だと思っていたけどずっと一定のリズムを打つって難しいね。でもやってみるとなんか楽しい」
屋根のお陰で外の強い日差しは避けられるが、やや空気がこもっていてとても暑い。
そんな環境下で行うガビとの一対一は集中力を欠かせないためものすごく消耗する。
俺はすっかり汗だくだったが、楽器を叩いていただけの羽龍も同様で、持参したスポーツドリンクを、喉を鳴らして飲んでいた。練習していない時間も上達に繋がるように思え、充実感を得ていた。
夏休みに入り、サッカークラブも土日の練習に加え数日の合宿が催されたが、その日以外のガビの都合が良い時は日中から工場に入り浸るようになっていた。
毎日、いつまでも明るく、いつまでも暑かった。だから、この毎日もいつまでも続くような気がしていた。
「次の試合、いつ?」
一通りコンビネーションの練習が終わり、一息ついている時に、ガビが訊いてきた。
もうすぐ毎年開催される少年サッカーの地区大会がある。俺と羽龍、弟もそれぞれの学年でレギュラーとして参加していた。
予選を順調に勝ち上がり、次の試合が予選の決勝だった。予選とはいえ三十チームほどがひしめいていて、決勝進出するだけでも快挙だった。
今年は俺たちの学年と弟の学年ともに決勝まで勝ち上がっていた。
試合は再来週の日曜だ。
「OK、では、次の試合までにふたつのことを教えるよ。覚えてね」ガビは笑顔で羽龍にボールを渡した。
「アキ、ディフェンダーやって。ウリは私にロングパス出して」
ディフェンスする俺の前までガビは走ってきた。
そのガビに向けて羽龍はロングパスを出す。ガビは目の前で俺に背を向け、羽龍からのロングパスを受け取り様、トラップしたボールを引きずりながら百八十度度反転し、一瞬で俺を抜いて壁にシュートした。
「アキ、こういうテクニック好きでしょ?」
ガビらしい人懐こい笑顔で言う。
チームプレー、コンビプレーと言いながらも、俺が派手な個人技にも興味があることを見透かされていた。このテクニックなら、パスを受けてから使えるのでチームプレーにも活きる。絶対ものにしたかった。
「あともうひとつは――」
コラソン。
打楽器を初めて持ってきた時にもガビが言っていた、心臓や心という意味のガビの国の言葉。
生き物として心臓が大事なのはもちろん、日本でも心臓は心を意味する言葉で、心が大事、ハートが大切と言われている。
サッカーの解説や選手のインタビューでも、「強い気持ち」「ハートを強く持って」などの言葉が良く使われる。
一流の選手たちもよく口にする「心」が大事であるとわかっていたが、俺たち(主にオレが)技術ばかり追いかけていたから、改めて精神性を問われたのだと思った。
でもガビの言葉からは、それだけではない何かを感じた。
迷った時は、心のままに。
頭で考えるのではなく、心に従うのだと。
だから、心は正しく持ち続けなくてはいけない。
従うべき心が、間違った方向を示さないように。
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