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祓詞
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信田部長は僕達を引き連れて役員会議室に入ると、脇目も振らずに窓際に移動した。そして、ブラインドを閉め、着ていた黒いジャケットの胸ポケットから、三枚の白い紙を取り出した。紙はどれも人の形に切られている……たしか、あれってお祓いとかに使う形代だよね……
「三人とも、まずはこれにフルネームと現住所を書きなさい」
信田部長はそう言うと、山口課長、日神君、早川君に形代を手渡していった。神妙な面持ちで受け取る日神君と早川君とは対照的に、山口課長はなぜか楽しそうな表情を浮かべている。
「きゃっ★アタシの分まで用意してくれるなんて、流石部長!愛してるなり★」
山口課長はおどけた口調でそう言ったけど、信田部長は気にする様子もなく日神君と早川君に目を向けた。
「日神、早川、書き終わったら、それに三回息を吹きかけて、痛めてる所を撫でなさい」
「かしこまりました」
「了解っす」
三人が淡々と話を進めると、山口課長は唇を尖らせて拗ねた表情を浮かべた。そして、肩をすぼめながら、円卓の上に指でのの字を書きだした。流石に、皆冷たすぎる反応なんじゃないかな……
「山口課長、きっと信田部長も長い付き合いで信頼しているからこそ、素っ気ない態度をとっていらっしゃるんですよ」
苦笑しながら声を掛けると、山口課長の表情がぱっと明るくなった。
「流石、つきみん!分かってるなりね★」
「まあ、山口課長の奇行に付き合いきれるのは、信田部長くらいなものですからね」
山口課長の機嫌が直ったと思ったところ、葉河瀨部長があくび混じりに皮肉な言葉を掛けた。すかさず、山口課長がムッとした表情を向けたけど、葉河瀨部長は気にもとめず大きなあくびをしている……
「ハカセー、自分の恋路が前途多難だからって、アタシと部長の仲にヤキモチ焼くのは大人げないなりよー」
「ご安心ください。何度好意を伝えても、軽くあしらわれるような虚しい関係は目指してませんから」
山口課長は笑顔で挑発し、葉河瀨部長は真顔で辛辣な言葉をかえしている。うん、何かイザコザが始まってしまったね……
それにしても、山口課長も葉河瀨部長の恋を知っていたのは意外だったかな。どこかで、一条さんにも会ったんだろうか……
「そこ!イザコザしてないで、早く作業を進めなさい!」
ぼんやりと疑問に思っていると、信田部長の鋭い声が耳に響いた。山口課長は、渋々といった表情で、はーい、と呟き、葉河瀨部長は無表情に信田部長に向かって軽く頭を下げた。もの凄い迫力だったけど、ひとまずイザコザが落ち着いたのは良かったかな……
イザコザが落ち着くと、山口課長と日神君と早川君は、言われた通りに形代を扱い、信田部長に手渡した。信田部長は形代を受け取ると、コクリと頷いた。そして、神棚が設置された北側の壁に向かって、歩き出した。
僕達が見守る仲、信田部長は祓詞らしきものを唱え出す……ここまでくると、流石に何があったのか、察しがついてきたね。
祓詞を唱え終わると、信田部長は神棚に向かってうやうやしく頭を下げ、くるりとこちらに振り返った。
「ひとまず。これで、怪我が悪化したりすることは防げると思うわ」
信田部長がそう言うと、山口課長と日神君と早川君は軽く頭を下げて、お礼の言葉を述べた。信田部長は三人の言葉を受けると軽く目を閉じて頷き、それにしても、と呟いた。そして、深く息を吸い込み……
「これから年末調整とかで忙しくなるっていうのに、何を三人して呪われてるのよ!」
会議室中に響き渡る声で、三人を叱責した。その言葉に、日神君は申し訳なさそうに頭を下げ、早川君は目を見開いて驚き、山口課長はケラケラと笑い出す。
「申し訳ございません。私が、不甲斐ないばかりに……」
「え!?の、呪い!?俺、呪われてるんすか!?」
「あはははは★なんか、面白そうだから、あえて呪われてみちゃったなり★」
三者三様の反応に対して、信田部長は深くため息を吐くと、会議用の椅子を引いて脚を組みながら腰掛けた。
「まあ、良いわ。ともかく、状況の説明をするから全員座って」
その言葉に促されて、各々席に着いた。それにしても、役員会議室というだけあって、凄く座り心地の良い椅子だね……
「……それで、三人の状況だけど。見たところ、丑の刻参りの標的にされてるようね」
下らないことを考えていると、信田部長の言葉に現実に引き戻された。
「信田部長、丑の刻参りというと、あの、藁人形と五寸釘を使う呪いですよね?」
問い返してみると、信田部長はコクリと頷いた。
「そうね。何度か、そう言う件に関わったことがあるけど、今回もその時と同じ臭いがしたわ」
信田部長がそう答えると、日神君が小さく挙手をしてから口を開いた。
「しかし、信田部長。私や不審人物の極みの山口課長が呪われる、というのはあり得る話ですけれども、全くもって人畜無害な早川まで呪われるというのは、どういうことなのでしょうか?」
「あー!?今ちょっと馬鹿にしたっすね!?課長が不審者なのは、認めますけど!」
「そうなりよ!ひがみんと一括りにしないで欲しいなり!早川ちゃんが、ちょっと見てて心配になるくらい素直な子なのは認めるけど!」
……日神君の若干皮肉めいた言葉に、早川君と山口課長が声を揃えて反論し、二人して顔を見合わせてムッとした表情を浮かべている。これは、またイザコザしそうだね……
どうしたものかと頭を抱えていると、信田部長は僕に悲しそうな目を向けて、小さく首を横に振った。
「三人とも!逐一イザコザするんじゃありません!話が進まなくなるでしょ!」
再び信田部長に叱責された三人は、シュンとした表情を浮かべて、同時にペコリと頭を下げた。信田部長はこめかみを抑えて深くため息を吐くと、話を続けた。
「まあ、でも日神の言う通りよね。慧と日神は多少なりとも呪いやらなんやらに関わりがあるけど、早川は人に恨まれるようなことするタイプじゃないでしょ」
そこまで言うと、信田部長は僕と早川君の顔を見比べて首を傾げた。
「それで、最近お客様のところで何かトラブルがあったり、社内で逆恨みを買うようなことはあったかしら?」
「いえ……今のところ、お客様からのクレームも来ていませんし、社内でも特にトラブルはない……よね?」
信田部長の言葉を受けて問いかけてみたところ、早川君は困惑した表情で頷いた。
「そうっすね……特に、問題は……あ!」
不意に何かを思い出した表情をした早川君に、一同の視線があつまる。
「……何か、あったのか?」
日神君が心配そうな表情を浮かべて尋ねると、早川君は目を泳がせながら頭を掻いた。
「実は……先週の火曜日に、ペンがなかったので日神課長の机に置いてあったボールペンを勝手に借りたんすけど……筆圧が高すぎたみたいで、ボールが動かなくなっちゃって……」
そういえば、日神君がボールペンを動かして首を傾げてたことがあったけど、早川君が原因だったのか……早川君、急ぐと所作が若干雑になっちゃうところがあるからね……
いや、そんなことを心配している場合じゃないか。
「早川、あれはお前のせいだったのか?」
焦る早川君に対して、日神君が爽やかな笑みを浮かべながら首を傾げた。
「ごめんなさい!もうしませんから、呪わないで欲しいっす!」
「そんなことで呪うか!」
この二人は、どうしてこうもイザコザしてしまうのか……
「そうだぞ、早川。いくら、日神だとしても、そんなことで人を呪ったりしないだろ。いくら、日神だとしても」
「葉河瀨、なぜ二回も繰り返す?」
そして、葉河瀨君がフォローのような止めのような言葉を入れる。その様子に、山口課長はケラケラと笑い、信田部長は……
「アンタ達!いい加減になさい!逐一イザコザするんじゃありませんって言ったばかりでしょ!?」
……青筋を立てながら、三人を叱りつけた。三人は、すみません、と声を合わせて口にして、うなだれるように頭を下げた。これで、少し話を進められるかな……
「ところで、信田部長。三人を呪った人物というのは、同一人物なのでしょうか?」
話題を変えるように問いかけてみると、信田部長は腕を組んで軽く眉を顰めた。
「その可能性は、極めて低いと思うわ。丑の刻参りというのは、一人に対して七夜続けてはじめて効力を発揮する呪いだもの。だから、只の偶然か……」
信田部長はそこで言葉を止め、悲しげな目を僕に向けた。その悲しげな視線の理由には、察しがついた。
「……或いは、複数の人物が我が社の社員に狙いを定めて、呪いを行ったかね」
信田部長は、小さく息を吸い込むと目を伏せたままそう言った。
我が社に因縁を持つ、呪いという技術を使う人物達が属する集団といえば……今考えられる中で可能性が高いのは言わずもがなだろう。
「……相手が真木花ということも、可能性の一つですか」
苦々しい表情をした日神君が、信田部長の言葉の続きを口にする。その言葉に、信田部長は無言で頷き、山口課長は顎の下で指を組みながらどこか釈然としない表情を浮かべた。
「うーん、その件なんだけどさー……ハカセはどう思うなりか?」
そして、葉河瀨部長の方を見るとにこやかな笑みを浮かべて、首を傾げた。
でも、なんで葉河瀨部長に意見を求めるんだろう?さっきも、葉河瀨部長に詰め寄ってたけど……葉河瀨君の性格だと、こういったことは信じないんじゃないかな……
「そうですね。もしも相手が真木花だとしたら、複数人が関わっている可能性は、低いと思いますね。ターゲット一人につきそれだけ時間がかかる、且つ相手側は複数人が同時に作業できる、ということならば、同じタイミングで効果がでるように動いた方が効率的でしょうし」
葉河瀨部長は小さくあくびをすると、眠たげな声で山口課長の問いに答えた。
確かに、早川君が怪我をしたのは金曜日の朝、日神君と山口課長は土日のどちらかだったからね。でも、それよりも……
「なんか、葉河瀨部長の反応、意外っすね。呪いなんて非科学的だ、みたいに突っぱねるのかと思いました……」
僕も考えていたことを早川君が、代弁してくれた。早川君の隣で、日神君も意外そうな表情を浮かべて頷いている。
「……まあ、仕組みはよく分からないが、実際怪我人が続発しているんだから、何かあるんだろ」
「それに、見えた、みたいだしな?葉河瀨」
葉河瀨部長の言葉が終わるやいなや、山口部長がいつもよりも低い声で、そう問いかけた。葉河瀨部長は、軽く目を泳がせたけど、山口課長が目を外さないでいると、諦めたように深くため息をついた。
「……そうですね。呪いなのか何なのか、断言はしかねますが……山口課長達が怪我をされている部分に、さびた釘のような物が刺さっているように見えました。多分、材質は同じ物でしたね」
葉河瀨部長はそう答えると、再び深いため息を吐いた。
そうか……葉河瀨部長には、そんな物が見えてたんだ……
驚きのあまり唖然としてしまったけど、他の面々も同じような表情を浮かべているね。ただ一人、山口課長を除いては。
「ふーん。じゃあ、葉河瀨は、この呪いは同一人物がかけたと考えてるわけだな?」
「まあ、その可能性が高いんじゃないんですかね」
葉河瀨部長が投げやりな口調で答えると、信田部長が口元に手を当てながら眉を顰めた。
「確かに、一人に対して一夜の丑の刻参りで、呪いをかけられるような特殊な人間もいるけど……少なくとも、真木花にそんな奴いたかしら……?」
信田部長が自問するように呟くと、山口部長が再び葉河瀨部長に向かって微笑んだ。
「だとよ、葉河瀨。何か、心当たりがあったりしないのか?」
「……さあ。見当もつきませんね」
葉河瀨部長は、またしても投げやりな口調で答えた。ただ、答えを口にするまでに、少し間があった気がする。ということは、きっと心当たりのある人物がいるのだろう。
「ふーん、そうか。それなら、別に良いんだけどな。でも、もしも、一夜で呪いをかけられるような強力な奴が、七夜続けて丑の刻参りするようなことがあったら……」
山口課長はそこで言葉を止めて、息を深く吸い込んだ。そして、目を見開いて、口の端を吊り上げた笑みを浮かべた。
「……そいつは、ヒトでいられなくなる、かもしれないな?」
山口部長の言葉に、全員が息を飲んだ。特に葉河瀨部長は、動揺を隠そうとしているようだけど、明らかにいつもより瞬きが多くなっている。
もしも、相手が真木花に関係がある人物だとしたら、葉河瀨部長と僕の両方に面識があるのは二人。
京子という可能性も否定はできないけど、彼女は丑の刻参りを使うような技術者ではない。
なら、もう一人は……
あまり考えたくないことを考えいると、役員会議室の扉がバタンと音を立てて勢いよく開いた。
全員同時に顔を向けると、扉に手をかけながら三輪さんが肩で息をしていた。
「……三輪さん?そんなに慌ててどうしたの?」
信田部長が心配そうに尋ねると、三輪さんは軽く息を整えてから口を開いた。
「急に……すみません。さっき、連絡があって……吉田さんが……事故に……」
吉田が……事故!?
「そ、それは大丈夫なの!?」
「摩耶!吉田は無事なのか!?」
早川君とほぼ同時に尋ねると、三輪さんは息を整えながらコクリと頷いた。
その反応に少し安心したけど、視界の端に、日神君の顔色が今にも倒れそうなほど青白くなっているのが見えた。
なんだか、週明け早々に一波乱、じゃ済まなくなりそうだね……
「三人とも、まずはこれにフルネームと現住所を書きなさい」
信田部長はそう言うと、山口課長、日神君、早川君に形代を手渡していった。神妙な面持ちで受け取る日神君と早川君とは対照的に、山口課長はなぜか楽しそうな表情を浮かべている。
「きゃっ★アタシの分まで用意してくれるなんて、流石部長!愛してるなり★」
山口課長はおどけた口調でそう言ったけど、信田部長は気にする様子もなく日神君と早川君に目を向けた。
「日神、早川、書き終わったら、それに三回息を吹きかけて、痛めてる所を撫でなさい」
「かしこまりました」
「了解っす」
三人が淡々と話を進めると、山口課長は唇を尖らせて拗ねた表情を浮かべた。そして、肩をすぼめながら、円卓の上に指でのの字を書きだした。流石に、皆冷たすぎる反応なんじゃないかな……
「山口課長、きっと信田部長も長い付き合いで信頼しているからこそ、素っ気ない態度をとっていらっしゃるんですよ」
苦笑しながら声を掛けると、山口課長の表情がぱっと明るくなった。
「流石、つきみん!分かってるなりね★」
「まあ、山口課長の奇行に付き合いきれるのは、信田部長くらいなものですからね」
山口課長の機嫌が直ったと思ったところ、葉河瀨部長があくび混じりに皮肉な言葉を掛けた。すかさず、山口課長がムッとした表情を向けたけど、葉河瀨部長は気にもとめず大きなあくびをしている……
「ハカセー、自分の恋路が前途多難だからって、アタシと部長の仲にヤキモチ焼くのは大人げないなりよー」
「ご安心ください。何度好意を伝えても、軽くあしらわれるような虚しい関係は目指してませんから」
山口課長は笑顔で挑発し、葉河瀨部長は真顔で辛辣な言葉をかえしている。うん、何かイザコザが始まってしまったね……
それにしても、山口課長も葉河瀨部長の恋を知っていたのは意外だったかな。どこかで、一条さんにも会ったんだろうか……
「そこ!イザコザしてないで、早く作業を進めなさい!」
ぼんやりと疑問に思っていると、信田部長の鋭い声が耳に響いた。山口課長は、渋々といった表情で、はーい、と呟き、葉河瀨部長は無表情に信田部長に向かって軽く頭を下げた。もの凄い迫力だったけど、ひとまずイザコザが落ち着いたのは良かったかな……
イザコザが落ち着くと、山口課長と日神君と早川君は、言われた通りに形代を扱い、信田部長に手渡した。信田部長は形代を受け取ると、コクリと頷いた。そして、神棚が設置された北側の壁に向かって、歩き出した。
僕達が見守る仲、信田部長は祓詞らしきものを唱え出す……ここまでくると、流石に何があったのか、察しがついてきたね。
祓詞を唱え終わると、信田部長は神棚に向かってうやうやしく頭を下げ、くるりとこちらに振り返った。
「ひとまず。これで、怪我が悪化したりすることは防げると思うわ」
信田部長がそう言うと、山口課長と日神君と早川君は軽く頭を下げて、お礼の言葉を述べた。信田部長は三人の言葉を受けると軽く目を閉じて頷き、それにしても、と呟いた。そして、深く息を吸い込み……
「これから年末調整とかで忙しくなるっていうのに、何を三人して呪われてるのよ!」
会議室中に響き渡る声で、三人を叱責した。その言葉に、日神君は申し訳なさそうに頭を下げ、早川君は目を見開いて驚き、山口課長はケラケラと笑い出す。
「申し訳ございません。私が、不甲斐ないばかりに……」
「え!?の、呪い!?俺、呪われてるんすか!?」
「あはははは★なんか、面白そうだから、あえて呪われてみちゃったなり★」
三者三様の反応に対して、信田部長は深くため息を吐くと、会議用の椅子を引いて脚を組みながら腰掛けた。
「まあ、良いわ。ともかく、状況の説明をするから全員座って」
その言葉に促されて、各々席に着いた。それにしても、役員会議室というだけあって、凄く座り心地の良い椅子だね……
「……それで、三人の状況だけど。見たところ、丑の刻参りの標的にされてるようね」
下らないことを考えていると、信田部長の言葉に現実に引き戻された。
「信田部長、丑の刻参りというと、あの、藁人形と五寸釘を使う呪いですよね?」
問い返してみると、信田部長はコクリと頷いた。
「そうね。何度か、そう言う件に関わったことがあるけど、今回もその時と同じ臭いがしたわ」
信田部長がそう答えると、日神君が小さく挙手をしてから口を開いた。
「しかし、信田部長。私や不審人物の極みの山口課長が呪われる、というのはあり得る話ですけれども、全くもって人畜無害な早川まで呪われるというのは、どういうことなのでしょうか?」
「あー!?今ちょっと馬鹿にしたっすね!?課長が不審者なのは、認めますけど!」
「そうなりよ!ひがみんと一括りにしないで欲しいなり!早川ちゃんが、ちょっと見てて心配になるくらい素直な子なのは認めるけど!」
……日神君の若干皮肉めいた言葉に、早川君と山口課長が声を揃えて反論し、二人して顔を見合わせてムッとした表情を浮かべている。これは、またイザコザしそうだね……
どうしたものかと頭を抱えていると、信田部長は僕に悲しそうな目を向けて、小さく首を横に振った。
「三人とも!逐一イザコザするんじゃありません!話が進まなくなるでしょ!」
再び信田部長に叱責された三人は、シュンとした表情を浮かべて、同時にペコリと頭を下げた。信田部長はこめかみを抑えて深くため息を吐くと、話を続けた。
「まあ、でも日神の言う通りよね。慧と日神は多少なりとも呪いやらなんやらに関わりがあるけど、早川は人に恨まれるようなことするタイプじゃないでしょ」
そこまで言うと、信田部長は僕と早川君の顔を見比べて首を傾げた。
「それで、最近お客様のところで何かトラブルがあったり、社内で逆恨みを買うようなことはあったかしら?」
「いえ……今のところ、お客様からのクレームも来ていませんし、社内でも特にトラブルはない……よね?」
信田部長の言葉を受けて問いかけてみたところ、早川君は困惑した表情で頷いた。
「そうっすね……特に、問題は……あ!」
不意に何かを思い出した表情をした早川君に、一同の視線があつまる。
「……何か、あったのか?」
日神君が心配そうな表情を浮かべて尋ねると、早川君は目を泳がせながら頭を掻いた。
「実は……先週の火曜日に、ペンがなかったので日神課長の机に置いてあったボールペンを勝手に借りたんすけど……筆圧が高すぎたみたいで、ボールが動かなくなっちゃって……」
そういえば、日神君がボールペンを動かして首を傾げてたことがあったけど、早川君が原因だったのか……早川君、急ぐと所作が若干雑になっちゃうところがあるからね……
いや、そんなことを心配している場合じゃないか。
「早川、あれはお前のせいだったのか?」
焦る早川君に対して、日神君が爽やかな笑みを浮かべながら首を傾げた。
「ごめんなさい!もうしませんから、呪わないで欲しいっす!」
「そんなことで呪うか!」
この二人は、どうしてこうもイザコザしてしまうのか……
「そうだぞ、早川。いくら、日神だとしても、そんなことで人を呪ったりしないだろ。いくら、日神だとしても」
「葉河瀨、なぜ二回も繰り返す?」
そして、葉河瀨君がフォローのような止めのような言葉を入れる。その様子に、山口課長はケラケラと笑い、信田部長は……
「アンタ達!いい加減になさい!逐一イザコザするんじゃありませんって言ったばかりでしょ!?」
……青筋を立てながら、三人を叱りつけた。三人は、すみません、と声を合わせて口にして、うなだれるように頭を下げた。これで、少し話を進められるかな……
「ところで、信田部長。三人を呪った人物というのは、同一人物なのでしょうか?」
話題を変えるように問いかけてみると、信田部長は腕を組んで軽く眉を顰めた。
「その可能性は、極めて低いと思うわ。丑の刻参りというのは、一人に対して七夜続けてはじめて効力を発揮する呪いだもの。だから、只の偶然か……」
信田部長はそこで言葉を止め、悲しげな目を僕に向けた。その悲しげな視線の理由には、察しがついた。
「……或いは、複数の人物が我が社の社員に狙いを定めて、呪いを行ったかね」
信田部長は、小さく息を吸い込むと目を伏せたままそう言った。
我が社に因縁を持つ、呪いという技術を使う人物達が属する集団といえば……今考えられる中で可能性が高いのは言わずもがなだろう。
「……相手が真木花ということも、可能性の一つですか」
苦々しい表情をした日神君が、信田部長の言葉の続きを口にする。その言葉に、信田部長は無言で頷き、山口課長は顎の下で指を組みながらどこか釈然としない表情を浮かべた。
「うーん、その件なんだけどさー……ハカセはどう思うなりか?」
そして、葉河瀨部長の方を見るとにこやかな笑みを浮かべて、首を傾げた。
でも、なんで葉河瀨部長に意見を求めるんだろう?さっきも、葉河瀨部長に詰め寄ってたけど……葉河瀨君の性格だと、こういったことは信じないんじゃないかな……
「そうですね。もしも相手が真木花だとしたら、複数人が関わっている可能性は、低いと思いますね。ターゲット一人につきそれだけ時間がかかる、且つ相手側は複数人が同時に作業できる、ということならば、同じタイミングで効果がでるように動いた方が効率的でしょうし」
葉河瀨部長は小さくあくびをすると、眠たげな声で山口課長の問いに答えた。
確かに、早川君が怪我をしたのは金曜日の朝、日神君と山口課長は土日のどちらかだったからね。でも、それよりも……
「なんか、葉河瀨部長の反応、意外っすね。呪いなんて非科学的だ、みたいに突っぱねるのかと思いました……」
僕も考えていたことを早川君が、代弁してくれた。早川君の隣で、日神君も意外そうな表情を浮かべて頷いている。
「……まあ、仕組みはよく分からないが、実際怪我人が続発しているんだから、何かあるんだろ」
「それに、見えた、みたいだしな?葉河瀨」
葉河瀨部長の言葉が終わるやいなや、山口部長がいつもよりも低い声で、そう問いかけた。葉河瀨部長は、軽く目を泳がせたけど、山口課長が目を外さないでいると、諦めたように深くため息をついた。
「……そうですね。呪いなのか何なのか、断言はしかねますが……山口課長達が怪我をされている部分に、さびた釘のような物が刺さっているように見えました。多分、材質は同じ物でしたね」
葉河瀨部長はそう答えると、再び深いため息を吐いた。
そうか……葉河瀨部長には、そんな物が見えてたんだ……
驚きのあまり唖然としてしまったけど、他の面々も同じような表情を浮かべているね。ただ一人、山口課長を除いては。
「ふーん。じゃあ、葉河瀨は、この呪いは同一人物がかけたと考えてるわけだな?」
「まあ、その可能性が高いんじゃないんですかね」
葉河瀨部長が投げやりな口調で答えると、信田部長が口元に手を当てながら眉を顰めた。
「確かに、一人に対して一夜の丑の刻参りで、呪いをかけられるような特殊な人間もいるけど……少なくとも、真木花にそんな奴いたかしら……?」
信田部長が自問するように呟くと、山口部長が再び葉河瀨部長に向かって微笑んだ。
「だとよ、葉河瀨。何か、心当たりがあったりしないのか?」
「……さあ。見当もつきませんね」
葉河瀨部長は、またしても投げやりな口調で答えた。ただ、答えを口にするまでに、少し間があった気がする。ということは、きっと心当たりのある人物がいるのだろう。
「ふーん、そうか。それなら、別に良いんだけどな。でも、もしも、一夜で呪いをかけられるような強力な奴が、七夜続けて丑の刻参りするようなことがあったら……」
山口課長はそこで言葉を止めて、息を深く吸い込んだ。そして、目を見開いて、口の端を吊り上げた笑みを浮かべた。
「……そいつは、ヒトでいられなくなる、かもしれないな?」
山口部長の言葉に、全員が息を飲んだ。特に葉河瀨部長は、動揺を隠そうとしているようだけど、明らかにいつもより瞬きが多くなっている。
もしも、相手が真木花に関係がある人物だとしたら、葉河瀨部長と僕の両方に面識があるのは二人。
京子という可能性も否定はできないけど、彼女は丑の刻参りを使うような技術者ではない。
なら、もう一人は……
あまり考えたくないことを考えいると、役員会議室の扉がバタンと音を立てて勢いよく開いた。
全員同時に顔を向けると、扉に手をかけながら三輪さんが肩で息をしていた。
「……三輪さん?そんなに慌ててどうしたの?」
信田部長が心配そうに尋ねると、三輪さんは軽く息を整えてから口を開いた。
「急に……すみません。さっき、連絡があって……吉田さんが……事故に……」
吉田が……事故!?
「そ、それは大丈夫なの!?」
「摩耶!吉田は無事なのか!?」
早川君とほぼ同時に尋ねると、三輪さんは息を整えながらコクリと頷いた。
その反応に少し安心したけど、視界の端に、日神君の顔色が今にも倒れそうなほど青白くなっているのが見えた。
なんだか、週明け早々に一波乱、じゃ済まなくなりそうだね……
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