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5. 夜の旦那様(仮)
しおりを挟む旦那様(仮)との初対面を終えた私は、すっかり忘れていた。
私は“お客様”としてロイター侯爵家にいるわけでは無い。契約とは言えアドルフォ様の“花嫁”になったのだという事を……
最初にあれ? と思ったのはその日の晩、湯浴みで妙に熱心に身体を磨かれた時だった。
「ミルフィ様……いえ、奥様! いよいよですね」
「いよいよ?」
「坊っちゃまはヘタレ無口ですけど、私達は応援していますよ!」
「ヘタレ? 応援?」
何故かルンナを始めとした使用人達が妙にウキウキしている。
「さすがの若様もきっと夜はお喋りになりますよ」
「夜? ……って!?」
そこまで言われてようやく気付いた。
本日の夜が、世間で言うところの“初夜”なのだと!
(え!? それは無いわよね? だって私はお飾りの妻だもの!)
ただ、侯爵夫妻や使用人の人達はそう思っていない気がするのよね……
まるで、本当の花嫁を迎えたみたい。
(どういう事なのかしら?)
うーんと考え込み黙り込んでしまった私を、ルンナ達は「そんなに緊張しないでも大丈夫ですよ!」と必死に励ましてくれたので、物凄く申し訳ない気持ちになった。
「来る、来ない、来る、来ない、来る、来ない、来る…………」
使用人達も下がり、部屋に一人になった私はそのまま眠る気にもならず、部屋の中を歩き回っては立ったり座ったりと落ち着かない時間を過ごしていた。
そこで、ふと部屋に飾られている花が目に付いたので、そこから一輪だけ抜き取って花占いを開始した。
「……来ない! 来ないになったわ!」
花占いの結果は“旦那様(仮)は来ない!”だった。
「そうよね~。そうなるわよね!」
私は一人でうんうんと頷く。
だって私はお飾りの妻。初夜を迎える必要は無いもの。
と、まさにそう思ったその時……
コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「はぃい!?」
その音に驚き過ぎてとんでもない声が出てしまう。
(お、落ち着くのよ、私。まだ、この今ノックをした相手が旦那様だとは限らないでしょう?)
なんならルンナや他の使用人の可能性だって……あるわ。
そう必死に自分に言い聞かす。
「ど、どうぞ……?」
私のその声とと共に部屋の扉がガチャっと音を立てて開いた。
そして、私はその扉の外に立っていた人に驚いて、またもやおかしな声が出てしまった。
「ひいぇ!?」
そこには、旦那様(仮)が立っていた。
*****
(これはどういう事なの?)
「あ、あ、あの」
「……」
私の声が震えている。
(まさか、旦那様(仮)は本当に仮の妻である私を……)
「えっと……アドル……いえ、旦那様。な、何か私に御用でしょうか?」
「……」
声を震わせながら私は訊ねる。
現在、夫婦の部屋は存在していない事から、夫が妻となった私の部屋へと訪ねて来る。
そんな理由は一つしかないのに!
「だ、旦那様……?」
「……」
しーん……
旦那様(仮)は答えない。
答えないくせに、じっと私の顔を見つめている。
カッコよすぎて無駄にドキドキする。
(うぅ……やっぱり外見は……好み)
ドキドキしすぎて油断すると心臓が飛び出しそう!
「え、えっと、とりあえず入口で立ち話もあれですから部屋……部屋に入りま、すか?」
「……」
なんと旦那様(仮)!
何故かそこで、首を横に振る。
「……え? は、入らないのです……か?」
「……」
旦那様(仮)は無言のままコクリと頷く。
(え? なら、旦那様(仮)は何をしに来たの??)
私の頭の中には、はてなマークしか浮かばない。
「だ、旦那様? それではいったい何をしにー……」
そんな目を丸くする私の元へと旦那様(仮)の手が伸びる。
───ポンッ
「え? また……?」
何故かは分からない。
分からないけれど、またしても私の頭の上に旦那様(仮)の手が置かれた。
(はっ! ま、まさか、これはっっ!! ナデ……)
───ナデナデ
私がそう思ったと同時に、やはり旦那様(仮)は私の頭をナデナデし始めた。
ナデナデナデ……
「だ、だ、旦那様……」
「……」
旦那様(仮)は無言ナデナデを止める気配が無い。
そんなナデナデに混乱させられながらも私は考える。
旦那様(仮)は、本日初めて顔を合わせたばかりの契約によって妻とした私の部屋を訪ねて来た。
てっきり、仮初の妻でも妻は妻! やる事はやっておこう……という事なのかと思ったけれど、旦那様(仮)は、部屋には入らないと言う。
そして……結果。このナデナデ。
(ま、まさか!)
「だ、旦那様……! ま、まさかとは思いますが、これは“おやすみ”の挨拶なのでしょうか!?」
「……!」
私の言葉に旦那様(仮)は、ポッと何故か頬を染める。
そして、ナデナデする手は止めないまま、やがて気恥しそうに頷いた。
(やだ、赤くなった顔も美……では無くてっ!)
これが挨拶ですって!?
文句を言わずにはいられなかった。
「そ、それは口で言ってくださいませ!」
「……」
「何故、頭をナデナデ……」
「……」
「こ、こんなの分かるわけないじゃないですか……」
「……」
私の言葉に旦那様(仮)の麗しいお顔がどんどん沈んでいく。
ついでにナデナデも少し元気が無くなっていく。
(分かりやすいけれど分かりにくい!!)
口で言えばいいものを!
何故、頭をナデナデする必要があるのよ。
(それとも口が聞けない理由でも?)
うーん、と私は考える。
とりあえず、今はきっと考えても答えは出ない。
(とりあえずこれが旦那様(仮)流のおやすみの挨拶だと言うのなら、今は──)
「……旦那様」
「?」
「とーーーっても分かりにくかったですが、おやすみの挨拶、ありがとうございます」
「……」
ナデナデ……
少し元気なナデナデになった。
「えっと、今日はゆっくり休んで下さいね? おやすみなさいませ……」
「……!」
(私も、おやすみなさいと言うだけよ)
そう思った私が微笑みながらそう口にすると、
───ナデナデナデ!!
「え!?」
(また、加速した!?)
びっくりして旦那様(仮)の顔を見ると、再び頬がほんのり赤くなっている。
まさか、ナデナデが加速する時は……照れている……?
そして、旦那様(仮)は暫くナデナデした後、ようやく満足したのか二度ほど私の頭をポンポンしてから、自分の部屋(と思われる部屋)に戻って行った。
こうして部屋に残された私は一人呟く。
「……あれが挨拶……旦那様(仮)なりの距離のとり方……?」
まさか、あれ可愛がっているつもり──……
「……なんて、そんなわけないわよね! 今夜だけ、うん、たまたま、今夜だけよ! 契約上、妻にしたから今夜は一応顔を立てて挨拶(?)しておこうと思っただけ!」
と、混乱した頭のまま自分に言い聞かせた。
───しかし。
この時の私は、これがナデナデ生活の始まりに過ぎず、
この日から毎晩、旦那様(仮)がかかさず“おやすみ”の代わりにナデナデしに来る事になるのをまだ知らない────
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