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王国の最期 ②
しおりを挟むグォンドラ王国の王族の四人にとってはとても屈辱の時間を過ごしていた。
王宮は焼け崩れ、守っていたはずの民衆に詰め寄られてバカにまでされる……
そんな中、国王はマリアーナに訊ねる。
「マリアーナ、リディエンヌはどうした? 連れ戻せたのか? 何処にいるんだ?」
国王はマリアーナの姿がボロボロである事や顔に残っている引っ掻き傷の痕も気にはなったが、今は本物の聖女……リディエンヌの存在の方が大事だった。
(聖女であるリディエンヌが戻って来てくれさえすれば、神の機嫌もなおるはずだ! そうすれぱ我らは元通りの生活を送る事が出来る……!)
「……お父様は、私の心配よりお姉様の事を気にするの?」
「は? どうした? 何を言っている?」
(……マリアーナ?)
マリアーナの様子がおかしいので、国王は眉をひそめた。
いつものマリアーナならこんな刺々しい物言いはしないはずなのに、と不思議に思う。
「お父様は! 私がこんなに傷だらけで更に、頭が空っぽだなんてバカにされているのに気にするのはお姉様の事なの?」
「マリアーナ!?」
急に情緒不安定になったマリアーナに国王は驚いた。
「いや、お前も分かっているだろう? リディエンヌの事はだな……と、とにかく連れて来れたのか? ならば早く……」
「───お姉様なんて知らないわよっ!」
マリアーナの怒鳴り声に周囲にいた者達は驚き、辺りはしんっと静まり返る。
「……お姉様はとっても薄情だったわ。もう、私たちの事なんてどうでもいいみたい!」
「どういう事だ?」
「……お姉様はあちらの国で婚約したそうよ。氷の貴公子とか呼ばれて人気の男とね! それからモフモフした狂暴な猫、国王陛下まで味方につけて調子に乗っていたわ」
「何だと婚約!? 国王陛下を味方につけている!?」
国王はマリアーナの言葉が信じられなかった。
頭の中に地味で愛想の無いリディエンヌの顔が浮かぶ。
(あんなニコリともしないし、可愛さの欠けらも無いリディエンヌに求婚する男が!?)
「お姉様は! せっかくこの私が、わざわざラッシェル国まで会いに行ってあげたのに無視したのよ!?」
「……はっ! 待て、マリアーナ、それ以上口にしてはなら……」
「なぁに? お父様。私は今、最高に機嫌が悪いの。だって結局、お姉様は会ってくれなかったのよ? ラッシェル国の陛下まで私をバカにしてきたし、私、これでは何の為にラッシェル国に行ったのか意味が分か……」
「マリアーナ!!」
次から次へと不満を口にするマリアーナ。
国王は必死で止めようとしているがマリアーナは全く聞く耳を持たない。
そのせいで、“聖女マリアーナ”が、国が緊急時だというのに国外に出ていた事がこの場に集まっていた人々に知られてしまう。
───私達が苦しんでいる時に国外へ?
───聖女以前にこの国の王女としてどうなんだ……?
───そんな事が出来るなんてやっぱり偽物なんじゃ……
この場にいる者たちの中にどんどん自分への不信感が溜まっていっている事にマリアーナは微塵も気付かない。
「お姉様もお姉様よ! ちょっとかっこいい男と婚約出来たからって調子に乗って。氷の貴公子は絶対にお姉様に騙されているに違いないわ!」
「マリアーナ! その話は後で聞く。いいから今は大人しく静かにし……」
「何で止めるの? お父様。責められるべきはお姉様の方でしょう?」
「マリアー……」
「だって、お姉様は本物の聖女のくせに自分の身体の証にも気付かず、仕事放棄しようとしているんだからーー」
しんっ……
マリアーナのその声は静まった場にとてもよく響いた。
───聞いたか? 今、本物の聖女と言ったぞ?
───リディエンヌ王女が!? 二年前に儀式では聖女になれず……いや、今、証に気付いていないと言ったか?
───あれから、リディエンヌ殿下は更に姿を見る事が無くなっていたが……
───だが、王女は国を出ているんだろう……? そういえば、いつ、出たんだ?
───そう言えば気付いたら姿が見えなくなっていたな……
その場にいる者たちがあれやこれやと好き勝手に話し出す。
やっぱりマリアーナ王女は偽物だった!
そして本物は───……
「……マリアーナ! やめろと言ったのに、なぜ今こんな所でそれを暴露した!?」
「え?」
「そうよ! 何で大勢の前で喋ってしまったの!?」
「何しているんだよ……うっかりにも程があるだろう!?」
国王だけでなくずっと黙って話を聞いていた王妃と王子も真っ青な顔になってマリアーナの事を責め出した。
「喋った? うっかり? 何の話……あれ? 今、私……」
いつもは私に優しい皆がどうしたというの? 何で私が怒られているの?
そう思ったマリアーナは、そこでようやく自分の失言に気付いた。
(私、今……皆の前でお姉様が聖女だって……言っちゃった!?)
「ち、違うわ……い、今のは……! えっと聖女は……」
マリアーナは必死に首を横に振って訂正しようとするけれど、もう遅い。
この場にいた者達は、はっきり聞いてしまった。
それも、マリアーナが口を滑らせた後、国王達までそれを肯定するかのような発言をした事まできっちり聞いている。もはや、誰も言い逃れは出来ない。
「…………マリアーナ殿下、失礼します」
「え? ちょっと……私に触らないでよ!」
すると、その場にいた神官の一人がマリアーナに近付くと、声をかけたと同時にマリアーナの左腕を掴んだ。
「ちょっと、ふざけないでよ! 神官でも許可なく私に触れるなんて許されないわ! そんなに罰せられたいの!?」
「──なんと言われようとも、我々には確認する義務があるんです!」
「離して!」
「……いいえ、その命令は聞けません!」
「やーめーてぇぇぇ」
神官はマリアーナの叫びを無視して、マリアーナの着ていたドレスの左腕の袖をまくった。
人々はその様子を固唾を呑んで静かに見守る。
「…………印が……聖女の印が……無い!」
「……っ」
「儀式の時にはちゃんとあった……はずなのに……」
その神官の声は震えていた。
それもそのはず。だって自分達が認定した聖女は偽物だった。
しかも、さっき聞いた言葉が本当なら本物の聖女は姉王女のリディエンヌ殿下だったという事になる。
「……な、なんて事だ……」
偽聖女を本物と認定してしまっただけでなく、本物の聖女を見落としていて更には国から出してしまった。
「わ、我々はなんて事を……リディエンヌ王女……」
二年前の儀式の後、リディエンヌ王女が王宮内で浮いていた事はどの神官達も知っていた。
侍女もつけずに王女が王宮内を歩いていれば嫌でも目立つのだ。
そんな風に明らかに周囲から蔑ろにされている王女殿下の様子を見ても、聖女になれなかったのだから仕方がないと神官達は皆そう思っていた。
(陛下がリディエンヌ殿下を国から追放したと聞いた時も「そうか……やっぱりな」としか思わなかったのに……)
「あぁ……グォンドラ王国の異変は……リディエンヌ殿下を追放した時から始まっていたのか……神は聖女であるリディエンヌ殿下を蔑ろにし、挙句の果てには追放した事にお怒りだったんだ! ………………あぁ、もう駄目だ。この国はもう終わりだ……!」
神官が苦しそうに呟いたその声は、静まり返っていたその場にとてもよく響いた。
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