7 / 34
7. 名ばかりの”妻”になる
しおりを挟む「……ナイジェル様の呪いが解けるまででも構いません。もう暫く私をここにいさせてくれませんか?」
ナイジェル様の目が覚めた後、私は思い切ってそう口にした。
そんな私の言葉にナイジェル様は明らかに驚いていた。
「……マーゴット嬢? それは」
「分かっています。すでに婚姻届が受理されている以上、あなたの“妻”として……となります」
「……」
私の申し出にナイジェル様は明らかに戸惑っていた。
それもそのはず。
私との婚姻継続───その間はマーゴ嬢に新たな求婚が出来ないことを意味するのだから。
(ごめんなさい……私はずるい女なの)
呪いのことが心配という気持ちももちろんある。
でも、それ以上にもう少し、ナイジェル様のそばにいたいという欲が出てしまった。
それでもこれは私の我儘だから。
ナイジェル様が拒否をするならば、その時は素直に受け入れようと決めている。
「確かに……結婚したばかりですぐに離縁というのは、マーゴット嬢にとってかなりの醜聞になってしまうだろうが……」
「……」
私たちの結婚と離縁にどんな理由があったとしても、世間で悪く言われるのはきっと私。
悲しいけどそれが、公爵家と伯爵家の力の差。
どうやら、ナイジェル様はそのことを懸念してくれていたようだった。
「だからと言って、こんな失礼なことをした俺なんかと結婚生活を継続するのは辛くはないのか?」
「……もともと急で顔合わせもしないまま決まった結婚ですよ?」
「うっ! それは……そうなのだが」
「それに、ナイジェル様には他に想う方がいらっしゃるのですから、私は“本当の妻”になるわけではありません」
ナイジェル様は“他に想う方”という言葉の時に肩を少し震わせた。
「ですが、ナイジェル様が今すぐ私と離縁してマーゴ嬢に求婚したいと言うなら無理は言いません……」
「いやいや、待ってくれ! それはない。さすがにそんなことは……出来ない」
「……!」
その言葉にホッとしてしまう私は、やっぱりずるい女なのだと再認識した。
「……コホンッ…………で? 期間は俺の呪いが解けるまで?」
「はい。わかりやすい区切りかと。それに私もこのまま、さようなら……は寝覚めが悪いです」
「マーゴット嬢……」
そもそも公爵家だって、何か事情があるのか呪いのことはあまり公にしたくなさそうだった。
だから、ナイジェル様はどちらにしても、本当に好きな人───マーゴ嬢に求婚出来るのは呪いが解けてからでないとダメなのかもしれない。
───こうして私は無理やりだったけれど、ナイジェル様の“妻”の座に居座ることが決定した。
そうして始まった、フィルポット公爵家での生活。
私はナイジェル様の妻ではあるけれど、名ばかり妻の私がやれることは多くない。
なので、もっぱらナイジェル様の暇つぶしの話し相手となっていた。
「───騎士団に入るのって、やはり相当大変なんですね」
「ああ。実力主義の世界だから身分なんて関係ない。実際に今の騎士団長は元々は平民出身だ」
「え!」
「実力と実績で今の地位まで上りつめたすごい方なんだ」
「……」
(つまり、次期騎士団長候補とまで言われていたナイジェル様はそれだけの努力をしていたということ……)
そういえば、発作の時に握ったナイジェル様の手は豆だらけだったわ。
あれは、それだけの努力を続けていた証───
私は、自分がミーハーのファン精神で見た目だけで彼のことをかっこいいと言い続けていたことを恥ずかしい、と思った。
「……マーゴット嬢の好きなことはなんだ?」
「え?」
話題が突然、私のことになったので驚いた。
私が顔を上げるとナイジェル様とバチッと目が合った。
「……お、俺の剣の話や騎士団の話を聞いても……その、面白くもないだろう?」
「え? いえ、そんなことは……」
「せっかくだから、君の話も聞かせてくれ。マーゴット嬢」
「……っ!」
ナイジェル様の目に見つめられてしまい、胸がドキンッと跳ねて上手く呼吸が出来ない。
恥ずかしくて私は慌てて目を逸らす。
「え、えっと、私は……薬草……薬草を育てるのが好き……なんです」
「薬草?」
ナイジェル様は興味があるのか、少し前のめりになって聞き返してきた。
「ち、治癒能力を授からなかった私なので……せめて家のために何か出来ないかと……思った結果です」
「ということは……実家では薬草を育てていたのか?」
「はい」
「……」
私が頷くとナイジェル様は何かを考え込んでいた。
「あの……?」
「あ、いや……なんでもない。それでマーゴット嬢はどんな薬草を育てていたんだ?」
「えっと……」
ナイジェル様は私の話を興味深そうに聞いてくれた。
それから三日後。
今日はナイジェル様の元を解呪魔法の使い手が訪れていて、治療を施す日と聞いていた。
ナイジェル様の呪いの発作の頻度は不安定で、元気な時はずっと元気だけど一度発作が起きるとだいたい眠ってしまう。
(今日はナイジェル様とお話が出来ない───……)
そのことを残念に思いながら部屋で過ごしていると、公爵様が突然私の部屋にやって来た。
「マーゴット嬢、少しいいだろうか?」
「は、はい」
(何かしら? やっぱり離縁しろ? とか?)
そう思って身構えるも、公爵様は話があるのではなく、私に見せたいものがあると言った。
「私に見せたいものですか?」
「ナイジェルから頼まれたのだ」
「……ナイジェル様から?」
怪訝に思いつつ公爵様の後ろをついていく。
すると、外に出て庭に案内された。
(庭……? なぜ?)
不思議に思っていると、公爵様がとある一画で立ち止まった。
「あの……?」
「ナイジェルからマーゴット嬢が薬草を育てるのが趣味だと聞いた」
「え!?」
驚きすぎて声が裏返ってしまった。
ナイジェル様はなぜそんなことを?
「どうにかしてやれないかと相談されたので、庭師と相談して少しだがマーゴット嬢が好きに使えるスペースを作ってみた」
「え? え、それって……」
「これくらいでは罪滅ぼしにもならないかもしれぬが、必要なものがあればなんでも言ってくれ」
「え、ええ!?」
必要なものと言っても……私は振り返る。
私が実家で育てていたと口にした薬草の種やら、道具やらがきちんと揃えられていて……
(……公爵家ってすごい……太っ腹すぎるわ!)
なんとフィルポット公爵家はいつまでいるかも分からない私のために、庭まで用意してくれた。
✳✳✳✳✳✳
「……マーゴット」
プラウス伯爵家に行ったものの、マーゴットの行方についてなんの収穫も得られなかった俺は、肩を落として帰宅した。
屋敷の中に入ろうとしてふと思い出す。
(……そういえば、マーゴット用の庭……こっちだったか?)
嫁いで来たばかりの頃に話をしている中で、マーゴットが薬草を育てるのが好きだと聞き、父上に頼んでスペースを用意してもらった。
それからのマーゴットは嬉しそうに庭の話をしてくれた。
今はなんとかっていう種を植えた、花が咲いた……楽しそうだった。
───私の育てた薬草がナイジェル様のお役に立てたら嬉しいです!
そんなことも言ってくれたっけ。
ずっと話を聞くだけだったから、いつか呪いが解けて元気になったら、この足で見に行くと決めていた。
そして、呪いが解けて一人で自由に歩けるようになった俺は、ようやく初めてその場所に足を踏み入れる。
「……!」
マーゴットが造った庭はしっかり残されていた。
だけど、薬草に関して明るくない俺は何が何だかさっぱり分からない。
───ふふ、そうですよね。分かりました! その時は、私が解説しますね!
「……そう言ってくれていたじゃないか…………マーゴット」
呪いが解けるまではここに───確かに彼女はそう言っていた。
だけど、それでもまさか一言も話が出来ないまま姿を消すとは思いもしなかった。
「────なぁ。俺が……あんなことを言ったからなのか? 君は俺を──……」
俺はしばらくそのまま、マーゴットの気配が残る庭から動くことが出来なかった。
✳✳✳✳✳✳
271
あなたにおすすめの小説
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】想い人がいるはずの王太子殿下に求婚されまして ~不憫な王子と勘違い令嬢が幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
──私は、私ではない“想い人”がいるはずの王太子殿下に求婚されました。
昔からどうにもこうにも男運の悪い侯爵令嬢のアンジェリカ。
縁談が流れた事は一度や二度では無い。
そんなアンジェリカ、実はずっとこの国の王太子殿下に片想いをしていた。
しかし、殿下の婚約の噂が流れ始めた事であっけなく失恋し、他国への留学を決意する。
しかし、留学期間を終えて帰国してみれば、当の王子様は未だに婚約者がいないという。
帰国後の再会により再び溢れそうになる恋心。
けれど、殿下にはとても大事に思っている“天使”がいるらしい。
更に追い打ちをかけるように、殿下と他国の王女との政略結婚の噂まで世間に流れ始める。
今度こそ諦めよう……そう決めたのに……
「私の天使は君だったらしい」
想い人の“天使”がいるくせに。婚約予定の王女様がいるくせに。
王太子殿下は何故かアンジェリカに求婚して来て───
★★★
『美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~』
に、出て来た不憫な王太子殿下の話になります!
(リクエストくれた方、ありがとうございました)
未読の方は一読された方が、殿下の不憫さがより伝わるような気がしています……
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました
藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」
リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。
「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」
そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……?
※ なろうにも投稿しています。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる