34 / 34
34. 望まれて嫁いだはずの妻の幸せ
しおりを挟む「……マ、マーゴット……そそそそその、き、記憶……は」
「……」
ナイジェル様の動揺っぷりが凄いわ。
だけど、私にはあなたのそんな姿も愛しく思える。
「──全部、思い出しました。ありがとうございます」
「そそそ、そうか!」
動揺していたナイジェル様の腕が私の背中に回されて、優しく抱きしめ返される。
まるで大事な大事な宝物のように。
その温もりに安心して私は身を委ねた。
「き、聞き間違い……ではないんだよな?」
「え?」
何が? と思って私が聞き返すと、少しぶっきらぼうな声が返ってきた。
「今の、す、す、すす、好きだっ……言ってくれたやつ、だ!」
「……ふふ」
その言い方が可愛くて思わず笑がこぼれる。
「……な、なんで笑う!?」
「それ、は……」
さすがに“可愛い”はプライドが傷付くかしら?
…………ま、いっか。
だって可愛いと思ったのは事実だもの。嘘はつきたくない。
「あなたが───旦那様が可愛くて」
「───だっ!!」
私がそう口にしたらナイジェル様の顔がボンッと真っ赤になった。
「だ、旦那様……」
「旦那様でしょう?」
だって、離縁していないもの。
「そ、れはそうなのだ、が!」
「が?」
「…………言葉の破壊力……がすごい」
「ま!」
ポソッとそう口にしたナイジェル様の姿に私の胸はときめいた。
やがて何度か深呼吸を繰り返し心を落ち着けたナイジェル様がじっと私の目を見つめる。
「どうしました?」
「いや……君はとんでもない人だな、と思っただけだ」
「…………そんな私でも好きですか?」
「っ!」
私の質問にナイジェル様の顔はさらに赤くなる。
反応が面白くてなんだか癖になりそうだった。
「ああ! ───好きだ、大好きだ! ───愛しい」
その言葉が嬉しくて私は笑った。
「……マーゴット」
「はい?」
少し熱っぽい声で名前を呼ばれたと思ったら、ナイジェル様の美しい顔が私のすぐ目の前にあった。
(あ……)
私がそっと目を瞑ると、程なくして柔らかいものがチュッと私の唇に触れる。
それは、夫婦となって一年。
初めてのキスだった───
「ん……」
(幸せ……甘くて甘くて甘くてとろけそう……)
ナイジェル様とのキスの甘さに脳内がデロデロにとろけ始めた私。
だけど、そこでハッと気付く。
デロデロになってる場合じゃない。私はまだ、肝心なことを確かめていないわ!
「あ、の……ナ、イジェル様…………んっ」
聞きたいのに甘いキスに阻まれて言葉が出せない……!
でもダメ。負けている場合ではない!
「……マーゴット?」
「……」
唇を離してくれたナイジェル様が不思議そうに私の名前を呼ぶ。
そして、赤かったはずの顔を今度は一気に青くした。
「す、すまない! マーゴットの気持ちを無視して俺は何度も……マーゴットの唇が柔らかくて甘くて幸せだと思ったら……そ、その歯止めが……!」
「そ、そうではなくて! ナイジェル様の魔力……あなたの魔力はどうなったのですか?」
「え……」
「それに! ナイジェル様の方こそ、身体がお辛いとか、どこか痛いとかありませんか?」
ナイジェル様が苦しむのはもう見たくない。
「マーゴット……」
私の勢いに圧倒されていたナイジェル様がフッと笑った。
そして、もう一度顔を近づけて私にチュッとキスをする。
「なっにを!?」
「───こういうことが出来るくらい元気だよ」
「あ……」
チュッ……
「そして、魔力は……」
チュッ、チュッ……
「~~もう! ナイジェル様! チュッチュッばかりしていないで早く教えてください!」
「はは、すまない」
ナイジェル様が苦笑する。
絶対わざとだわ。
私がそう思っていると、ナイジェル様が再び顔を近づけて来て、キス──ではなくコツンと私たち額同士が当たる。
「───言っただろう?」
「……え」
「“俺を信じて”と」
その言葉に私の目が大きく見開く。
ナイジェル様は優しく笑った。
「俺の力は思っていたより強かったらしい」
「……」
「きっと、この残された力でマーゴットのことをしっかり護るようにってことだと思っている」
やっぱり守るのは国じゃなくて私なんだ……
そう思うといけないと分かっているのに思わず頬が緩んでしまう。
「──大丈夫だ。マーゴットを守るのだから、すなわちマーゴットのいる所も必然的に守ることになる。問題ない」
「!」
ナイジェル様は、まるで私の心の中を読んだかのようにそう言った。
私が嬉しくて微笑んでいると、今度はナイジェル様の方が何か言いたそうな素振りを見せる。
「ナイジェル様?」
「俺も……俺からもマーゴットに言わないといけないことが……」
その言葉でピンッと来た。
「呪いが解けたら一番にしたかったこと、ですか?」
「───ああ。ちょっともう呪いが解けてから時間は経っているけれど」
そう言ってナイジェル様は私から身体を離すとその場に跪いた。
そして、私の手を取り、手の甲にキスを落とす。
そして顔を上げてしっかり私の目を見つめて口を開く。
「───マーゴット・プラウス伯爵令嬢」
「……はい」
こう呼ばれるのもなんだか懐かしいな、と思う。
「──俺と結婚して妻になってください」
「ふふ」
駄目だった。耐え切れず笑いがこぼれてしまう。
ナイジェル様もじとっとした目で私のことを見た。
私は微笑みながらナイジェル様の手を握り返す。
「……マーゴット」
「ふふ、失礼しました。喜んで! ですが、本当に私でよろしいのですか?」
「……」
ナイジェル様は少し間を置くと、大きく息を吸って吐いた。
「───君がいい」
「……」
「君じゃなきゃダメなんだ」
「……」
「き、君……」
「あー、わ、分かりましたから!!」
君~が延々と続きそうだったので慌てて止めた。
そう。ナイジェル様がしたしたかったことは“求婚のやり直し”
(私はその相手をマーゴ嬢だと見事に勘違いしたわけだけど)
でも、今は違う。ちゃんと分かっている。
「……分かっています、から……ね?」
「……」
私がそう言うとナイジェル様は無言でコクリと頷いた。
その素直な仕草が可愛くて胸がキュンとした。
「……ありがとうございます、ナイジェル様」
「え?」
「……」
───間違えてくれて。
聞く人によっては、あなたのことを最低と言うかもしれないけれど。
私にとっては遠くから見ていただけのあなたと近付けるきっかけとなり、私の力であなたの命を助けることが出来たから。
(──幸せなの)
そんな私の気持ちが伝わるようにと願って、ナイジェル様を抱きしめた。
────それから。
フィルポット公爵家に戻った私は……
「……え!? プラウズ伯爵家の方が改名するんですか!?」
「うん、まぁね」
あんなに頑なに改名を拒否し続けていたのに!?
「それに、マーゴ嬢も突然結婚して遠くに行っているし……え、しかも相手のこの方って……」
社交界でもとりわけ評判の悪い方だったような──……
「……何でも相手の男は何年も何年も一度も間違えることなく彼女に求婚を続けていたそうだから、その熱い想いに絆されたのかもしれないね」
「そ、そう、ですか……」
あっさりとそう口にするナイジェル様を見ながら思った。
(この人、こっそり裏で何かして動いていたんじゃ……)
「───さてと、マーゴット。俺はこれから騎士団の訓練だけ……」
「もちろん、行きます!!」
「ふっ……」
私が喰い気味に答えたからかナイジェル様が小さく笑った。
「もう!」
「ははは!」
だって、やっぱり剣をふるうあなたはかっこいいんだもの。
その姿がまた見られるようになったことを心から嬉しく思う。
「そんなに笑うなら、今日はとびっきりの苦~~い薬草煎じちゃいますからね!?」
「うっ……そ、それは……」
「それは?」
「が、頑張る……!」
ナイジェル様は絶対に要らないとは言わない。
公爵家に戻って来てから使用人にこっそり聞いたら、本当に私が失踪中も毎日欠かさず飲んでいたという。
「……コホンッ……では、行こうか。マーゴット」
「はい!」
私は差し出されたその手を取って強く強く握った。
───ある日、私の元に密かに憧れていた人から求婚の手紙が届き、嫁いでみましたら……
色々なことがありながらも幸せな日々が待っていました───
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
これで完結です。
ここまでお読み下さり、ありがとうございました。
過去と現在の行き来は分かりづらい、夫のナイジェルがヒーローであること。
書きながら、どちらも色々言われるだろうなと思っていましたが、やっぱり……と思いました。
前半、分からりづらくなってしまった点は申し訳ございません。
私のような、とにかく未熟で文章力のない作者がやる手法ではないことは分かっていたのですが……
私の中では意味があって考えてこの形を取りました。
また、ナイジェルの言ったことに関しては、作中で書いたマーゴットの受け止め方が全てです。
どちらも色々な意見や感想があるかとは思いますが、ご理解いただけると嬉しいです。
ちなみに、別作品では美人の姉と間違えて求婚されて「君は誰だ?」と言われた話もあります。
どっちもどっちかな……
思っていた以上に多くの方に読んでいただけて、マーゴットの幸せを願ってくれて嬉しかったです。
お砂糖成分が少なかったことが少し心残りではありますが。
本当にありがとうございました!
感想は相変わらず返信できず申し訳ございません。
最後に。また、いつものように新作も始めます。
『気味が悪いと見放された令嬢ですので ~殿下、無理に愛さなくていいのでお構いなく~』
少し前の『可愛い妹に全てを~』という話のヒーローの妹が主人公になります。
前回見送ったのでそろそろ……
よろしければまた、お付き合いくださいませ!
ありがとうございました。
756
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
【完結】想い人がいるはずの王太子殿下に求婚されまして ~不憫な王子と勘違い令嬢が幸せになるまで~
Rohdea
恋愛
──私は、私ではない“想い人”がいるはずの王太子殿下に求婚されました。
昔からどうにもこうにも男運の悪い侯爵令嬢のアンジェリカ。
縁談が流れた事は一度や二度では無い。
そんなアンジェリカ、実はずっとこの国の王太子殿下に片想いをしていた。
しかし、殿下の婚約の噂が流れ始めた事であっけなく失恋し、他国への留学を決意する。
しかし、留学期間を終えて帰国してみれば、当の王子様は未だに婚約者がいないという。
帰国後の再会により再び溢れそうになる恋心。
けれど、殿下にはとても大事に思っている“天使”がいるらしい。
更に追い打ちをかけるように、殿下と他国の王女との政略結婚の噂まで世間に流れ始める。
今度こそ諦めよう……そう決めたのに……
「私の天使は君だったらしい」
想い人の“天使”がいるくせに。婚約予定の王女様がいるくせに。
王太子殿下は何故かアンジェリカに求婚して来て───
★★★
『美人な姉と間違って求婚されまして ~望まれない花嫁が愛されて幸せになるまで~』
に、出て来た不憫な王太子殿下の話になります!
(リクエストくれた方、ありがとうございました)
未読の方は一読された方が、殿下の不憫さがより伝わるような気がしています……
『婚約なんて予定にないんですが!? 転生モブの私に公爵様が迫ってくる』
ヤオサカ
恋愛
この物語は完結しました。
現代で過労死した原田あかりは、愛読していた恋愛小説の世界に転生し、主人公の美しい姉を引き立てる“妹モブ”ティナ・ミルフォードとして生まれ変わる。今度こそ静かに暮らそうと決めた彼女だったが、絵の才能が公爵家嫡男ジークハルトの目に留まり、婚約を申し込まれてしまう。のんびり人生を望むティナと、穏やかに心を寄せるジーク――絵と愛が織りなす、やがて幸せな結婚へとつながる転生ラブストーリー。
【完結】王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく
たまこ
恋愛
10年の間、王子妃教育を受けてきた公爵令嬢シャーロットは、政治的な背景から王子妃候補をクビになってしまう。
多額の慰謝料を貰ったものの、婚約者を見つけることは絶望的な状況であり、シャーロットは結婚は諦めて公爵家の仕事に打ち込む。
もう会えないであろう初恋の相手のことだけを想って、生涯を終えるのだと覚悟していたのだが…。
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました
藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」
リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。
「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」
そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……?
※ なろうにも投稿しています。
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。