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第4話 月夜の出会い
しおりを挟む「私が陛下について知っているのは、私より歳が二十歳は上で、子供は既に成人済みの王太子殿下がいらっしゃって…………ん?」
私が知っている事を口に出し始めたら何故か侍女達は青い顔をして震え始めた。
(な、何事!? え? この空気は何??)
私が夫となる予定のローランド陛下について知っている事は殆ど無い。
お姉様の身代わりとなる事が決定した後、お父様達は徹底的にファーレンハイト国について私に情報を与える事を嫌がった。おそらく、詳しい話を聞いて私が嫌だと言い出すのを防ぐ為。
だから、私が知っている事と言えば、あの話し合いの場で語られていた事だけ。
───年は親子ほど離れていて、王妃様は亡くなっている。
その王妃様とのひとり息子の王子様が数年前に王太子として立太子している。
これくらいだった。
(個人的にすごく気になっているのはローランド陛下は何故、お姉様をを望んだのかだけど)
跡継ぎを産む為でもないとなると、お姉様の“力”目当て?
もしくは、あの美貌に惹かれて……?
(どうしよう……やっぱりどう転んでも激怒される予感しかしない)
そう考えた私の顔も青くなる。
「お、王女殿下……その、陛下は……ですね……」
「?」
「す、すみません、何から話せば良いのか……ですが、今、私達の口からは……」
「??」
国王陛下って、そんなに真っ青になって震えるほどのような怖い方なの??
怒りっぽい? それとも独裁者??
不安だけがどんどん募っていく。
(どうしよう……ますます会うのが怖いわ……)
だけど、今はとりあえずこの部屋のおかしな空気をどうにかしないと!
「え、えっと、変な事を聞いたみたいで申し訳なかったわ。陛下がどんな方なのかは会って話せば分かる事だものね、裏でこそこそ聞く事では無かったわ」
私がそう言うと侍女達は複雑な表情のまま顔を見合わせていた。
「ところで、お、王女殿下! そちらのヴェールはやはり、まだ脱いではならないものなのですか?」
「え?」
「殿下をここまで護衛してきた者たちから伺っております。何でも祖国の風習だとか……」
「え、ええ。そうなの。夫となる陛下に会うまで……は、ね」
困ったわ。
咄嗟についた嘘がどんどん広まっている。
「アピリンツ国のナターシャ様と言えば、美しい姫として有名ですからね。つまり、むやみやたらと不特定多数に素顔を晒すのは危険だからという事なのですね?」
「──!!」
広まっているどころか、謎の解釈まで付け加えられているではないの!
私はお姉様ではないし、お姉様のような美人でもないのに!
(あぁ、本当にあの人達は余計な事しかしない)
「す、素顔は陛下の前でお見せするから、そ、それまでは待ってくれるかしら?」
「分かりました」
「あ、あと、私は身の回りの事は大抵一人で出来るので、必要な時だけあなた達を呼ぼうと思うのだけど」
とにかく“ナターシャ”ではない事がバレないよう少しでも人との距離を取りたくてそうお願いすると不思議そうな顔をされた。
「王女様なのに……身の回りの事がお出来になるのですか?」
「!」
自分で自分の言動にしまった! と思う。
普通の王女は身の回りの事なんて一人でするものではなかったわ。
「……アピリンツ国は大きくない国なので」
苦し紛れから出た言葉だったけれど、侍女達はなるほど……と納得してくれていた。
──それでは、何かあればお呼びください。
そんな言葉と共に侍女達が下がると、ようやく一人の時間が訪れた。
「……疲れた、本当に疲れたわ」
ソファにもたれかかってそう呟いていた私は、心も身体もだいぶ疲れていたらしく、ウトウトし始め、気が付けば眠りに落ちていた。
───……
『クローディア、いい事? 笑顔よ笑顔! どんな時も笑顔を忘れずにいるのよ』
(……お母様……?)
あぁ、これは夢だ。
まだ、お母様が生きていた頃の……
『あなたは、私の可愛い娘よ』
私の事を“可愛い”なんて言うのはお母様だけーー
『何を言っているの! いつかきっと現れるわ。私以外にもクローディアを可愛い可愛いと言ってくれる人が』
お母様は随分と自信満々にそんな事を言っていたけれど、あれは私を慰める為だと分かっている。
お姉様と比べられて私はいつも泣いていたから。
でも、そうね。
もしも、本当にそんな人が現れてくれたなら、きっと私は幸せ───……
「……っ!」
ハッと目を覚ます。
ついつい、うたた寝をしてしまっていたらしい。
「今、何時……?」
慌てて時計を見るとすっかり夜だった。
「……少しだけなら」
変な時間に目が覚めてしまったせいで、もう一度眠れる気がしなかった私は少しだけ外の風に当たりたい、そう思った。
そっと、部屋からバルコニーに出る。
「うん! 風が気持ちいい」
ついでに、ヴェールが無いから更に気持ちがいい。
そんな気持ちで夜風に当たっていると、ガサッと音がしてバルコニーの下にあたる庭から人の気配がした。
「だ、誰!?」
(まさか、泥棒!?)
よくよく考えれば夜中と言えど王宮なのだから、そんな簡単に泥棒が忍び込めるはずがないのに私は思わずそう叫んでいた。
「……お前こそ、誰だ!」
「!」
不審者らしき人がそう訊ねて来る。
月が雲で覆われているせいで辺りは暗くて相手の顔はよく見えない。
「こ、こんな夜中に不審な行動をしている人に名乗る名前など持ち合わせていないわ!」
私が強気な声でそう返すと、その不審者が小さく笑った気配がした。
「いい度胸をしているな。しかし、まさかこの俺を不審者だと?」
「どこからどう見ても不審者よ。今、何時だと思っているの?」
「……その言葉、そっくりそのままお返ししよう」
「なっ!」
私達は暫く睨み合う。
相手の顔はよく見えていないけれど、睨まれているのは雰囲気で察せる。
「……」
「……」
「しかし、見慣れない女だな」
「……」
(今日、ここに来たばかりですからね……)
「まぁ、いい。お子様は風邪をひく前に部屋に戻って寝ていろ」
「なっ……! お子様ですって!?」
「ははは、暗闇でよく見えないもので。お子様ではなかったのか。これは失礼した」
「~~~!」
(なんなのこの人! どう考えても不審者なのはそっちなのに!!)
「───クローディア」
「ん?」
「私の名前は“クローディア”よ」
「クローディア……」
何だか悔しくて私は隠すべき自分の名前を思わず口にしていた。
「あなたは? あなたこそ誰なの?」
「ははは、まだ聞くのか」
「私も名乗ったのだから、あなたも名乗るべきだと思わない?」
私のその言葉に不審者は一瞬黙った後、ポツリと言った。
「俺は“ベルナルド”だ」
「ベルナルド……」
まさか本当に名乗るとは思わなくて驚いた。
(不審者ではなかったの??)
そう思った時、月を覆っていた雲がスッと引いたので、月明かりで不審者の顔が少しだけ見えた。
「……」
「……」
この時、私達は何故か互いに沈黙してしまい言葉が出なかった。
(すごく顔の整った人……そして力強い眼差し……)
何故だか私は彼から目が逸らせなかった。
そうして私達は少しの間、無言で見つめ合う。
その後、彼は言った。
「もう、部屋へ戻れ」
「え?」
「これ以上は本当に風邪を引いてしまう」
「……あなたは?」
「俺も、もう戻るよ」
何処にだろう?
そう思ったけれど、あえて聞かずに私は部屋に戻る事にした。
「……おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
────ベルナルド、さま。
(いったい、何者だったのかしら?)
────あの人たちにファーレンハイト国の情報を握り潰されたりしなければ、この時の私は、彼がどこの誰で何者なのか直ぐに気付いていただろう。
でも、この時の私は彼が何者なのか本気で分かっていなかった。
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