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第13話 愛される、という事
しおりを挟む「クローディア!」
「お、お待ちしておりました、ベルナルド……様」
そして約束の夜。
ベルナルド様はほんのり頬を赤く染めて私の部屋へと訪ねて来た。
ドキドキしながら、私はそんな彼を出迎えた。
「えっと、お仕事お疲れ様でした」
「…………」
「ベルナルド様?」
まずは、ベルナルド様は一日働き詰めだったのだから、労るべきよね!
そう思って「お疲れ様」と口にしたのだけれど何だか様子がおかしい。
ベルナルド様は口許に手を当てたまま固まっている。
(大丈夫……かしら?)
私はそっとベルナルド様の顔を覗き込む。
「…………た」
「はい?」
「知らなかった! か、わいい妻に一日を労われるってこんなに幸せな事だったのか!」
「えっ?」
(か、可愛い妻? もう、妻扱いされているの!?)
ベルナルド様の発言に驚いた私の方まで固まりそうになる。
「なるほど……妻帯者の奴がたまに口にする“早く愛する妻と子供の待つ家に帰りたい”というのはこういう気持ちなのか」
「えっと、ベルナルド様、大丈夫ですかー?」
「ああ、大丈夫だ!」
なるほど……とベルナルド様はウンウン頷きながら、労働環境の改善を考えねば……などと口にしている。
(よく分からないけど、こんな時でもお仕事の事を考えてしまうのね……?)
よくよく考えれば、ベルナルド様は即位したばかりで今が一番忙しい時のはず。
そう思ったら、私は自然と彼の頭に向かって手を伸ばして、その頭を撫でていた。
「ク、クローディア……?」
「ベルナルド様、お疲れなのかな……と思いまして」
「……」
彼を癒したい。
そんな気持ちになった。
(あぁ、そっか。ベルナルド様が私の頭を撫でるのもこんな気持ちからなのかしら?)
そうだとしたら嬉しい。
そう思った私の顔がふふっと綻ぶ。
「クローディア……何で、そんな顔で笑う?」
「決まっています。嬉しいからですよ?」
「嬉しい?」
「そうです。今、こうしてあなたの側にいられる事がとても嬉しいのです」
「っっ!」
私がはにかんだ笑顔でそう答えると、ベルナルド様のほんのり赤かったはずの顔がとんどん真っ赤になっていく。
「え? ベルナルド様? まさか熱でも?」
「ち、違う! これは、違う!!」
「そ、そうでしたか」
本人がそう言うのだから大丈夫、よね?
私は話題を変える事にした。
「あ、ベルナルド様、お疲れでしょう? 何か飲まれますか? 侍女がそこにお茶のセットを置いていってくれましたのでいれますよ?」
「クローディアの手ずからのお茶……?」
「はい。私は自分の事は自分でするという事に慣れているのでお茶くらいなら……あ、もちろん毒味はー……」
「飲みたい!! 飲ませてくれ! クローディアのお茶!」
言葉を被せるほどの勢いでベルナルド様はそう言った。
私が黙々とお茶を淹れる様子を見ながらベルナルド様が呟く。
「本当にクローディアはお茶を自分で淹れられるんだね?」
「……王女らしくないですよね、すみません」
王子よらしくない───今更ながら自分でそう思う。
「いや! 違う、そういう意味で言ったわけではない! ……すごく美味しいよ」
「ベルナルド様……」
そう言って本当に美味しそうに私が淹れたお茶を飲んでくれるベルナルド様。
良かった、という安堵と共に嬉しくなる。
一応、事前に侍女にチェックを受けて問題ない事も確認していたけれど、そう言ってもらえるとやっぱりホッとした。
(生きていく為には必要な事だったから……)
王女という身分であってもたまに食事を抜かれ甲斐甲斐しく世話をしてくれる人のいなかった私は、大抵の事は自分でするしかなかったから。
そうして生きて来た自分の事を思い出して少し落ち込んだ気持ちになっていたら、ベルナルド様が静かに言った。
「これは……クローディアが頑張って生きてきた証、なんだな」
「え?」
その言葉に驚いた私は顔を上げてベルナルド様を見つめる。
「あれ、違う? そういう話ではなかった?」
「い、いえ……間違っていません……」
私がそう答えたらベルナルド様が優しく笑う。
そして、席を立つと何故か私の隣に移動して来た。
「ベルナルド様!?」
「クローディア……」
そう言ってベルナルド様が腕を伸ばすと優しく私を抱きしめる。
温かいぬくもり。
「……少し、調べさせてもらったよ」
「……私のこと、ですか?」
「そうだ」
ギュッと私を抱きしめる力が強くなる。
「ナターシャ王女の身代わりで、クローディアが我が国にやって来た事、渡された手紙の内容……それだけで自ずとクローディアがアピリンツ国でどんな目にあっていたかは想像がつく」
「ベルナルド様……」
「それに、クローディアは随分と自分の事を卑下していたしね」
「……」
やっぱり筒抜けなんだわそう思った。
「君の姉、ナターシャ王女は確かに“大陸一の美姫”なんて呼ばれているけど、あの手紙を読んで思ったよ。ああ、これはきっと見た目だけなんだろうな、と」
「……」
「───本当に美しいのは、クローディアだと俺は思う」
「えっ!?」
私は目を大きく見開いた。
さすがにその言葉は聞き捨てならない。
「そ、それは大袈裟です!!」
「そうかな? 少なくとも俺はそう思っている」
「ベル……」
ギュッ……
更に抱きしめる力が強くなる。
「俺の中では、クローディアは大陸一……いや、この世界の中で一番美しい姫だ」
「……っ!」
「もう、手放せない」
(ベルナルド様……?)
そう最後に呟いたベルナルド様の顔がそっと近づいて来て、私の額に優しい口付けを落とす。
「クローディア……」
「~~っ」
甘く優しい声で私の名を呟いたベルナルド様は、そのまま目元やら頬やら、どんどん口付けを落としていく。
私はたくさんの口付けをうっとりした気持ちで受け止めた。
そしてこう思う。
もしかして“愛される”ってこういう事なのかもしれない───と。
──────同時刻、アピリンツ国では……
「この事態! どうするのよ、お父様、お兄様!」
「……」
「……」
「落ち着きなさい、ナターシャ」
「お母様! これが落ち着いていられるものですか!」
ナターシャは興奮していた。
「森は枯れ、国の外れには魔獣まで出始めた……こんな異常事態に落ち着いていられるはずがないでしょう!」
「何故、魔獣が……私の守護はどうしたというのだ……」
当然、ブルームもこの事態には困惑していた。
頭を抱える。
「どうしてこんな事になったのよ……わたくしの力が及ばないなんてそんな事ある!? ねぇ、お父様!!」
「……」
アピリンツ国王はこの事態の報告を受けてから、色々対応しようとするが、どれも空回り。
そうこうしているうちに、貴族や民衆の不満や不安はどんどん溜まっていく一方となっていた。
このままでは王家の信用は失墜していくばかり──……
そんな中、更に追い打ちをかけるかのようにブルームは目を伏せながら言った。
「父上、最新の報告では、とある一部地方では田畑も枯れ始めたとか」
「何だと!?」
何故だ、何故、突然こんな事になったのだ……
誰もがそう頭を抱える中、突然何かを閃いたかのようにナターシャが叫んだ。
「そうよ! 出来損ないの無能よ! あの子だわ!!」
「「「は?」」」
皆の驚きの声が重なる。
「……きっと、あの無能が何かしたのよ!!」
突然、そんな事を言い始めたナターシャに向かって兄、ブルームは呆れた様子で口を開く。
「おいおい、何を言い出した? 分かっているだろう? クローディアは無能だぞ? あの無能に何が出来ると言うんだ」
「そうよ、ナターシャ。結局、最後まで能力とやらが発現する兆候はなかったじゃないの」
王妃──母親までそう言ってナターシャを窘める。
「……そうですけど! でも!」
ナターシャだって、確信があって言っているわけではない。
これは言うなれば……勘のようなもの。
口では上手く説明出来ない。
「でも、絶対あの子よ……実は力を隠し持っていたとか! それでわたくし達に復讐を企んで……!」
「馬鹿な事を言うな、ナターシャ。あれにそんな力があるわけなかろう」
「お父様……」
「そうよ、ナターシャ。あの娘はあの女の持つ力を何一つ受け継げなかった単なる無能よ無能。何も出来るわけがないでしょう?」
「お母様まで!」
やれやれ、と肩を竦めたブルームがさらに窘める。
「二人の言う通りだよ、ナターシャ。それにクローディアは今は、ファーレンハイト国王に嘘がバレてキツく罪を問われている頃ではないのか? そんな時に何か出来ると思うか?」
「そ! それは、そうですけど……」
皆はクローディアの仕業は有り得ない。
そう否定したけれど、ナターシャは最後まで不満そうだった。
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