【完結】没落寸前の貧乏令嬢、お飾りの妻が欲しかったらしい旦那様と白い結婚をしましたら

第1話

　───とある王国に、とても美しく綺麗な王女様とそんな王女様を懸命に守る騎士がいました。
　王女と護衛騎士。
　身分差がありながらもお互いを真剣に想い合う二人の姿と行く末に人々は常に大きな関心を寄せていました。

　“護衛騎士はきっと何かしらの武勲をたてて褒美に王女様との結婚を願い出るに違いない”

　誰もがそう思っていました。
　いつか二人の密かな恋が実る時が来るはずだ……そう信じて。

　しかし……

　ある日、王国中におめでたいお触れが出ます。
　それは“王女様の婚約”でした。誰もがついに来た！  

　と思ったのですが……

　なんと、王女様の婚約の相手は隣国の王子様だったのです！
　その後、騎士は任期途中だと言うのに王女様の護衛騎士を辞めて実家の爵位を継ぎ領地に帰る事に……
　  
　こうして、誰もが夢を見たお伽噺のような王女と護衛騎士の密かな恋物語は終わりを迎えてしまったのです─────



◇◇◇◇◇



「すまないが、私はただ、“妻”という名の存在が欲しかっただけなんだ」
「……」

（なるほど）

「立場上、周囲が妻を娶るようにと煩くて煩くて」
「……」

（それは大変よね。そして、気持ちは分かるわ）

「そこに君の父、カンツァレラ男爵からの“誰か娘を買ってくれ”という話を聞いて“丁度いい”と思ってしまった」
「……」

（だから、相手が私だったのね）

「物凄く失礼な話だとは分かっている！  だが、私は……」
「……」

　そう言って頭下げる男性を私は静かに見つめる。
　そんな私の横ではお父様がさっきから赤くなったり青くなったりしている。
　赤くなったのは彼が突然、この場で“お飾りの妻”が欲しかった宣言をした事に対して怒りを覚えたから。
　そして、青くなったのは“誰か娘を買ってくれ”と私を売ろうとしていた事が暴露されたからね。
　お父様の顔色は大変忙しそうね、と私はぼんやりと思った。

　それにしても。
　この今、私の目の前で頭を下げているこの方。

（なんて、バカ正直な人なのかしら）

　私は、そう思わずにはいられない。

　だって！
　こういう「君を愛する気はない」という発言は本来なら結婚式を終えた後の初夜のベッドの上で言うものではないの？
　そして、初夜にドキドキしながら旦那様を待っていたのに、肩透かしをくらって唖然とする新妻を置いてさっさと部屋を出て行ってしまうのでは？
　それで、新妻は妻としての役目を果たせなかった……と落ち込み、白い結婚となった新妻は姑や嫁いだ先の家の人間に白い目で見られ酷い扱いを受けていくことになるのでは？

　なのに……どうして、この方は結婚の申し込みの話し合いの場で先に「君を愛する気はない」と暴露してしまっているの？？  

（早すぎでしょう！？  絶対に今じゃないわよ！！？）

「……アリス」
「……」
「……アリス！！」
「は、はい！  何ですか？  お父様！」

　妄想の世界に旅立っていた私は、お父様の声でハッとする。

「さっきから、お前が何も言わんから、その……ギルバート殿がずっと頭を上げられずにいる。何か言ってやれ」
「あ……」

　彼はずっと頭を下げたままだった。

「すまない……本当はお前の事を心から愛し幸せにしてくれる男の元へ嫁にやりたかったが……金が……とにかく金が！  必要で！」
「ええ、まぁ、我が家は借金のせいで没落寸前ですからね」
「結婚の適齢期を通り越し、20歳過ぎてもぽやんとしていて恋人は疎か、婚約者もいないお前のこの先を思ったら不安で不安で……そしたら、幸運にもギルバート殿が(金と共に)手を差し伸べてくれたのだ！」
「……」

（どうしてかしら、お金がチラつくのだけど……）

　ついでに言うと、この話を逃すな！  とお父様の目が言っている。
　お父様の目の奥には“金”という文字が見えそうだった。

「……お父様、無理に結婚せずとも私は仕事もしてますし、正直、家が没落しても……」
「駄目だ！  没落は絶対に駄目だ！！  無能当主として名前が残ってしまうし、御先祖様に申し訳が立たん！  それにお前のしている“仕事”だってずっとずっと食べていけるものか分からないだろう！？」
「……」

（それを言われると痛いけど、お父様の“無能当主”は手遅れだと思うのよねぇ……）

「ギルバート殿はお前の“仕事”も続けていいと言っていたんだぞ！」
「……」

（まぁ、欲しいのは“お飾りの妻”みたいですものね）

　私はチラッと彼を見た。後頭部の生え際がよく見える。   

（へぇ……こんな風になっているのねぇ。お父様の髪は薄いから知らなかったわ）

　なんてぼんやり考えていたけれど、いつまでもこの方に頭を下げさせたままでいるのは良くない。

「えぇと、ギルバート・ランドゥルフ伯爵様？」
「……」

　私の声掛けにおそるおそる顔を上げる私の未来の旦那様(予定)。

「お仕事を続けても構わないというのは本当ですの？」
「え？」
「アリス、そこなのか！？」

　未来の旦那様(予定)は、ちょっと間抜けな声を上げた。  
　なんなら表情も少しポカンとしている。

（お飾りの妻！？  白い結婚！？  冗談じゃないわ！！  バカにしないで！  こんな話はお断りよ！！）

　とでも言われるとばかり思っていたようなお顔ね。
　私はそれが何だかおかしくて思わず笑ってしまった。

「え？  だってお父様。私は愛よりも何よりも大事なのは仕事についてこっちなんですもの」
「……」
「アリス……お前って奴は」

　お父様が肩を竦めて呆れた声を出す。

「続けて構わない……約束しよう」

　ギルバート様は力強くそう言った。

「なら、私に異論はありません！  この結婚の話、承諾しますわ！」
「えっ！」
「おい、アリス！？   お前、本当にいいのか？」

（何で結婚の話を受けるわ、と言っているのに、二人共そんな顔をするのかしらね）

「不束者ですが、よろしくお願いします。ギルバート・ランドゥルフ伯爵様」
「あ、あぁ、こ、こちらこそ？  ア、アリス・カンツァレラ男爵令嬢……」

（うーん、ギルバート様はまだ、どこか戸惑っているご様子ね……）

　まさかこの結婚が受け入れられるとは夢にも思っていなかったのでしょうね。
　でも、この方が、何故お飾りの妻を求めるのかは、説明なんてされなくてもよーーーく知っているんだもの。

　本当に噂に違わず実直な方……
　  


　────さすが、元・王女様の護衛騎士様だわ。