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第1章
7. 変わっていく自分の心
しおりを挟む「……危険な人だわ」
あれから、フラフラした足取りでどうにか部屋に戻ったものの、別れ際に殿下にされた事を思い出しては、私はひとりで「あぁぁぁ……」と、悶絶していた。
フリード殿下とのお出かけは、とってもとっても楽しかった。
街の様子が見れた事も、買い物も、屋台で食べた事も、殿下と話すのも、その一つ一つがとても楽しくて随分とはしゃいでしまった。
思い出すだけで今も、ふふふ、と顔も自然と綻んでしまう。
だけど、殿下は……何であんな事を……!
「うぅぅ……!」
思い出すだけで、また顔が赤くなる。
相変わらず私はフリード殿下に振り回されている気がする。
殿下は危険だわ。
彼は私の心を掻き乱す。
「それに、また贈り物を頂いちゃったわ」
私はそう口にしながら、さっき貰ったばかりの腕にはめたブレスレットを見る。
社交界デビューの時に頂いた物はドレスアップした際に合わせる用のもので、普段使いには向いていない。
けれど、今回頂いたブレスレットは普段使い用。
「装飾品は確かに得意じゃないけど、こういうのは好きなのよ……」
……何だか照れ臭い。
今までのお花とは違って直接渡されたプレゼント。
これならいつも身につけていられる……すっごく嬉しい。
「だけど、本当に“悪役令嬢スフィア”がこんなにフリード殿下と親しくなって良いのかしら?」
この間もそんな事を考えたけど、そこはやっぱり気になる。
どう思い返しても、私の知っているストーリーでは、二人がこんな親しくしている描写など無かったはずなのに。
そもそも、悪役令嬢スフィアは幼少期からニコラス殿下と婚約していたし、ニコラス殿下に恋をしていたのだから、モブであるフリード殿下と絡む必要性が無い。
……これは自分が、ニコラス殿下を好きにならず、幼い頃から婚約者にならなかった影響なのだろうか?
「ストーリーは、こうして少しづつ変わっていくのかな?」
ならば、このまま私はニコラス殿下の婚約者になんかならずに、私は私の幸せを考えてはダメだろうか?
そしてその時、側にいてくれるのが──……
そこまで考えて、ハッとする。
──今、私……何を考えた……?
「ダ、ダメよ! 今、何かとんでもない事を考えた気がするけどっ!! まずはヒーローとヒロインには幸せになって貰うのが大前提! 私の幸せはその後に考えればいいのよ! それに、今後の展開によって私は断罪されるかも……しれない、わけだし……」
後半は自分で口にして悲しくなってしまった。
物語の開始まであと2年──
悪役令嬢スフィアの運命がどう転んでいくのかは、まだ私自身にも分からなかった。
◇◇◇
「お嬢様~お待ちのものですよ~」
「お待ちって……私は別に!」
一緒に街へ行ったあの日から数日が過ぎたけれど、相変わらずフリード殿下はお花と手紙を定期的に贈ってくれている。
「待ってるじゃないですか! サラは知ってますよ! 最近のお嬢様が今まで以上に毎日ソワソワしてる事を」
「ソワソワなんて……! 私は、た、ただ、何のお花か気になるだけよ!」
「枯れてしまう前に押し花にしてとっておくくらいですからね」
「………!」
「そして、手紙と押し花をお嬢様が大事な物を入れている箱に、毎回仕舞っている事も知っていますよ!」
「っ! サラ、知ってたの……!?」
私は、大事にとっておきたい物などを仕舞う為の箱を持っている。
鍵付きなので、他人がこの箱を開けることは出来ない。
ちなみに、収納物の中には前世の記憶を記したあのノートも入っている。
そしてどうやら、サラはその箱の存在を知っていたらしい。さすがだわ。
殿下の手紙や貰った花で作った押し花は、当然捨てたくない。だけど部屋に無造作に置いておく気にもならなかったので、その箱に仕舞うことにしていた。
「サラは何でも知ってますよ!」
「……困ったわ。悪い事は出来ないわね」
「ふふん。殿下から頂いた物を大事にするお嬢様、可愛いですよ?」
「…………だから!! 別に大事とか…………そんなんじゃ!」
これ以上サラと話してると、恥ずかしくて顔が茹でたこにでもなりそうだったので、反論は諦めて同封の手紙を開けて読むことにした。
「……あら?」
「どうされました?お嬢様」
「ううん。来月、殿下の成人のお祝いの舞踏会が開かれるんですって! 家の方に招待状を送ったから、ぜひ来て欲しいって」
「まぁ、舞踏会! お嬢様もデビュー済ませたから参加可能ですからね!」
「その時に話があるから時間をくれって書かれてるわ。……手紙じゃダメなのかしらね?」
「……お嬢様、大事な話は書面ではなく口頭で伝えるものなんですよ?」
わざわざ改まってする大事な話とは何だろう、と思いながらも読み続けると、更に驚くべき事が書かれていた。
「ねぇ、サラ……」
「まだ何かありましたか? お嬢様」
「……殿下が今回はエスコートが出来ないお詫びに舞踏会の為のドレスを贈りたいって言ってるんだけど……」
「まぁ!」
「さすがに……これ以上は貰えないわ。しかもドレスなんて!」
「そうですねぇ……」
さすがのサラも「頂いちゃえばいいんですよ!」とまでは言えないようだ。
「そもそもエスコート出来ないお詫びって、フリード殿下は私の婚約者でも何でも無いのよ? 前提がおかしくない?」
「それは、まぁ……。旦那様に話をされては?」
「そうよね。そうするわ」
さすがにこれは私の判断だけで、勝手に受け取る事も断る事も出来ない。
お父様の判断をあおぐ事にした。
「良いんじゃない?」
「へっ?」
お父様はあっさり承諾したので、私は目を丸くして驚いた。
「殿下にもスフィアにも婚約者がいたら問題になるだろうけど、お互い今はそんな相手もいないし。殿下が私的に贈りたいのだろう? せっかくの申し出を無下にするのもね。そもそも今回の舞踏会は殿下の為のものだ。主役の意向は叶えてあげたい所だねぇ」
「そ、そういうものですか……」
確かに、今度の舞踏会は殿下を祝う為の催しだ。
それが殿下の意向なら受け取ってもいいのかもしれない。
ふと、ついでに私は前々から疑問に思ってた事を尋ねようと思った。
「あ、あのお父様……お父様は、私の婚約者の事はどうお考えなのですか?」
本来のストーリー通りなら、私はニコラス殿下とすでに婚約している身だ。
その婚約には政治的な絡みや、王族と繋がりたい公爵家の意向もあったに違いない。
実際のところ、お父様はどう考えているのだろう?
「どう、とは?」
「昔から私の結婚は政略的なものになるだろうと、理解と覚悟はしていますが……お父様の具体的な考えを知りたくて」
「つまり、スフィアが王族に嫁ぐかどうかって事かな?」
「……っ! ………………そうです」
「スフィアは、両殿下と年齢も近く、公爵家の娘だからね……昔からずっと婚約者候補の筆頭として名前は挙がっているよ。まぁ、そうなってもいいように教育もばっちりだ」
やっぱりそうなのだ。
「お父様は、やはり私に王家に嫁いで欲しいのでしょうか?」
「うーん……まぁ、そうなっても良いようにスフィアを教育してきた事は事実だけど、それはスフィアの選択肢を広げる為のものだったからねぇ……」
「どういう事です?」
「スフィアの気持ちが1番大事だからね。確かに、状勢によっては政略的な婚約は避けられないかもしれないが、もしも、スフィアが両殿下のどちらかと結婚したい! と思った時に困らないように最低限の教育はしておこうかな、と思ってたんだよ」
「……!」
出来る事なら、政略的なものではなく好き合った人と結婚して欲しいのが理想だけどね、とお父様は笑って言った。
ここ数年のリュンベルン王国は恋愛結婚が多くなってきたからこその考えなのだろう。
「だから今は無理に決めようと思っていないよ。これから学院に通う事で様々な出会いもあるだろう。スフィアもゆっくり考えるといい」
好き合った人との結婚……
”悪役令嬢スフィア”にそれは許される?
もしも許されるなら、私は──……
その時、最近自分の心の中を占領している人の顔が頭に浮かんだ。
──少し前にも似たような事を考えた気がするがきっと気のせいだ。
と、私は懸命に頭からその顔をかき消した。
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