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第2章
4. 知ってしまったヒロインの本性は
しおりを挟む「ランバルドさん、今、ちょっと良いかしら?」
その日、いつものように授業を受け、お昼ご飯を食べ終えて教室に戻ろうとしていた私は教師の1人に呼び止められた。
……確か生活指導関連の先生だったような? 何だか嫌な予感がした。
「はい、何でしょうか?」
「少しお話がありますので、こちらに」
そう促されて空き教室に入り、先生と向かい合って座る。
先生は困った表情を浮かべながら切り出した。
「ランバルドさんは、1年生のセレン・エンバースさんを知っているかしら?」
「存じておりますが……」
何故、今ここでセレン嬢の名前が?
あの人、何したの……ますます嫌な予感しかしない。
「そう。そうよね……実は、そのセレンさんが今、酷い嫌がらせを受けていて、その嫌がらせを行っているのが、ランバルドさんだという訴えがありました」
「はい?」
思いもよらなかった話に私は大きく目を見開く。
ちょっと待って! 私はまだ何もしていないわ。
思わず叫びそうになったのを堪えた。
「私達としては、あなたがそんな事するとは思えないのだけれど……ただ、その……ニコラス殿下との事もありますから……」
……え? 教師も知ってるの……?
そう思ったけれど、
それもそうよね、あれだけ人目も憚らずイチャイチャしてるんだもの。知らないはずがない。
と、すぐに納得した。
「本人が訴えて来たのでしょうか?」
「本人と友人の方々ね。友人の方々は現場を目撃したとまで証言していたわ」
……目撃証言まででっち上げるなんて!
どうやら、ヒロインの周囲には味方が多いらしい。
「先生、私には身に覚えがありませんが、具体的にはどんな事をされたと彼女は訴えていたのでしょうか?」
「えぇと……」
先生が語る、私がしたという嫌がらせの内容に驚かされた。
何故ならそれは、小説のストーリーの中で“悪役令嬢スフィア”が“ヒロインのセレン”に対して行う嫌がらせやイジメの内容と全く同じだったからだ。
……何故、セレン嬢はこの内容で訴えを……?
ニコラス殿下の婚約者である私を邪魔に感じて、私を陥れる為に何らかの嫌がらせを受けたと訴える事は、まぁ分からなくもない。
だって私がいる限り、セレン嬢はニコラス殿下の妃にはなれないのだから。
あの私に対して敵意むき出しの様子の彼女ならやりかねないと思う。
セレン嬢は私を蹴落としたい。その事自体は分かるのだけど。
けれど、嫌がらせやイジメの内容なんて様々だ。
その全てが一致するなんて、有り得るのだろうか?
「…………」
……こうなると思いつく事は一つしかなかった。
「ランバルドさん? 大丈夫? 顔色が悪いわ。……とにかく嫌がらせの件はあなたでは無いという事ね?」
「は、はい。そうです」
背中に嫌な冷たい汗が流れているのが分かる。
疑われるのは構わない。それは本来の私の役目なのだから。
“悪役令嬢スフィア”が断罪されるのに必要な事でもある。
それでも、こんなにモヤモヤするのは……きっと……セレン嬢が……
そのまま、先生はそれ以上を追求すること無く、
「今日は話を聞きたかっただけだからもう戻りなさい」と教室に帰らされた。
──その日の午後の授業は、ぼんやりして全く頭に入って来なかった。
「スフィア? 何かあったの? 様子が変よ?」
リリアが心配そうな顔で尋ねてくる。
「そ、そう? そんな事ないわよ」
咄嗟に笑顔を取り繕って答えるも、リリアには通用しなかった。
「そんな事あるわよ! さっきの授業中、ずっと教科書が逆さまだったもの」
「……!?」
「ノートも真っ白だし」
自分の手元にそっと視線を向ける。
リリアの言う通りだった。
よく見てるなぁ。
きっと、それだけ私の様子がおかしかったという事なのだろう。
「心配かけてごめんね、リリア」
「いいの。でも、何かあったの? 話せる事なら言ってね?」
「うん……ありがとう」
リリアならきっと前世の話をしてもバカになんかしないで聞いてくれるんだろうなって思う。
けれど私は曖昧に微笑む事しか出来なかった。
だって、話してしまったらリリアを巻き込んでしまう。それだけは出来ない。
──そう思っていたのに。
結局、このあとリリアを巻き込んでしまう事件が起こってしまい、私はすごく後悔する事になる。
◇◇◇
その日の放課後、私は自分の運のなさを実感していた。
「ニコラス様、聞いてくださいーー」
「ん? どうした、セレン」
王宮に行く前に、本を借りようと図書室に寄ったら、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
また鉢合わせた!?
何故か、彼らは私の行く先々によく現れる。
果たして偶然なのか。それとも運命のせいなのか。
気付かれない内に今すぐ回れ右したかったけれど、会話の中で私の名前が聞こえて来たので、思わず足を止めてしまった。
「スフィア様の事です!」
「スフィアだと? あいつが何だ? また何かされたのか?」
ニコラス殿下の声が厳しいものに変わる。
「はい……それで……コレ……」
セレン嬢は、おずおずと左手をニコラス殿下に見せる。その手には包帯がまかれていた。
「まさかっ!! ケガをさせられたのか!?」
セレン嬢は、目に涙を浮かべながらつらつらと受けた嫌がらせの話をニコラス殿下にしていく。
もちろん、その全てを私からの仕打ちだと言って。
……つまり、こうやって先生にも訴えていったのだろう。
「……っ! 何て奴なんだ!! あんなのが私の婚約者だと思うとゾッとする!!」
「ニコラス様ぁ……」
「私は本当に昔からアイツが気に入らなかったんだ!! 何で兄上はあんなのに構っていたのだ!! 今でも本当に信じられん!!!!」
ニコラス殿下のその言葉に、セレン嬢は「え?」と驚いて目を丸くした。
「あの? 王太子殿下とスフィア様は……接点があるんですか?」
「あぁ、兄上は留学前に何かとスフィアを気にかけているようだった! 贈り物もしていたようだし。あぁぁ! 本当に気に入らない!!」
「は? なぜ…………モブの王太子殿下が? ……有り得ないし……」
セレン嬢は何事か小さく呟いている。
「あ、でも、ニコラス様! 王太子殿下はカーチェラ国の王女様と昔から婚約してるんですよね?」
ズキッ
セレン嬢の発言に、私の胸が痛んだ。
フリード殿下が隣国の王女さまと婚約する事は、もう誰もが知ってる話なのだろうか?
───ん? あれ? でも、セレン嬢は今、昔からって言った?
「昔から? いや、ずっと昔から話そのものはあったが、二人はまだ婚約していないぞ?」
「……!? えっ……そんなはず……」
同じ事をニコラス殿下も思ったらしい。まだ婚約はしていないと否定し、それを聞いたセレン嬢は明らかに驚き狼狽え始めた。
…………セレン嬢の言動は、何かがおかしい。
私は、まさかまさかという思いを消せずにいる。
今日、先生に呼び出されてからずっとずっと考えて来た事。
これまでのセレン嬢の行動と言動の数々。
小説のストーリーの中で受けるはずだった嫌がらせの内容……
そして、フリード殿下に対する間違った知識……
これらの意味するところは──……私の中の疑惑が確信に変わる。
私は、その場で硬直したまま動けずにいた。
しかし、二人の会話は続いていく。
「…………ニコラス様、私、お願いがあるんです!」
「何だ? セレンの願いなら何でも叶えてやるぞ?」
その言葉を聞いた、セレン嬢はニッコリ笑って言った。
「ありがとうございます! でしたら私、王妃になりたいです!」
「は? ……王妃だと?」
「はい!」
ニコラス殿下は怪訝そうな顔で聞き直したけれど、セレン嬢は満面の笑みで頷いた。
「……セレンは兄上の妃になりたい、と言うのか?」
「あ! 違います、違います! 私は、ニコラス様と結婚したいです!」
「じゃあ、どういう事だ?」
ニコラス殿下は、意味が分からないという顔をしている。
「ニコラス様が、王太子になってゆくゆくは王様になればいいんですよ!」
「えっ!?」
「そうしたら、私は王妃になれますよね? せっかくこの世界に転……ゴホッ……生まれたのですから、やっぱり女性の中での1番の地位につきたいじゃないですか!」
セレン嬢は無邪気な笑顔でそう言った。
今、彼女は転……って言いかけた?
……やっぱり、セレン嬢は私と同じ転生者だ。
そして間違いなくこの世界の事を知っている。
きっと自分がヒロインだって事も分かってての行動なんだ……
「しかし、王太子は兄上で……」
「そんなもの!」
セレン嬢がニコラス殿下の言葉を遮って続ける。
「王太子殿下には消えて貰えばいいんですよ! …………ふふ、だって彼はモブなんですから」
その時のセレン嬢の笑みは先程までの無邪気さは消え、ゾッとするくらいとても黒いものだった。
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