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第2章
10. 嫌われていると思っていた
しおりを挟む「まさか……本当に出られるなんて……」
私は今、自分の置かれている状況についていけず、呆然としていた。
つい先程、バタバタと地下牢に人がやって来たと思ったらそのまま釈放された。
その際、ひたすら「本当に本当に申し訳なかった……!」と、たくさん謝罪されたけれど、私としてはこの急な展開に頭がまだついていけておらず、「はぁ、どうもです……」と、間抜けな返事しか出来なかった。
それくらいこの釈放は突然だった。だって早過ぎる。
「それでは、こちらのお部屋でお待ちください。今、湯浴みの準備と着替えの用意をして参ります」
そして、王宮のメイドに小部屋に案内されて、身支度を整える準備までされていた。
「えっ? あの?」
そこまでしてもらう訳にはー……と言いかけた所で、
「これはフリード殿下のご命令ですから」
「うっ!」
と、ピシャリと言われてしまった。
フリード殿下の名前が出されて、私がこうして釈放されたという事は、あれから殿下が動いて証拠品も無事に手にしたという事なのだろう。
そして、その行動のあまりの素早さに驚きが隠せない。
『フィー! 俺は絶対に、お前を助ける! いいな!? 待ってろよ!!』
言葉通りだった。
本当に殿下に助けられた。私はあんなに頑なな態度を取っていたというのに。
「ズルいわ…………こんな風にされたら諦められないじゃないの……」
フリード殿下への気持ちはそっと胸にしまって生きていこうと思ってるのに、こんな事されたら諦めがつかない。
そう呟いた所で、メイドが戻ってきた。
「お待たせしました。まずは湯浴みからご案内します」
「は、はい、ありがとうございます」
夜会のあの後からずっと地下牢にいたから、お風呂には入りたかった。
せっかくなので、そのまま乗っかってしまおう。とりあえず今は大人しく着いて行く事にした。
◇◇◇
「ーーーーそれでは、こちらのお部屋でお待ちください」
湯浴みと着替えを終えた私にメイドはまだ部屋で待つように言ってきた。
「えっ? 私、このまま屋敷に帰るのでは?」
「いえ、こちらでお待ちいただくよう指示が出ております」
「でも! 家族も心配してると思うの」
「ランバルド公爵家には、すでに連絡がいってるそうなので心配するな、との事ですが?」
「えぇ……?」
そう言われても……
それに、ここで待ってたらやって来る人って……
そう思ったと同時に部屋の扉をノックする音が聞こえた。
コンコン
「待たせたな」
ノックの音とともに部屋に入ってきた人を見てやっぱり、と思う。
「フリード殿下……」
もちろん、フリード殿下本人だった。
殿下は真っ直ぐ私の元に向かって来る。
「大丈夫だったか? どこか身体に不調は無いか?」
そして、そう優しく尋ねてくる。地下牢にいた私の体調を心配してくれているようだ。
「は、はい。大丈夫です……ありがとうございます」
「俺が状況を説明するのが、手っ取り早いと思ってな。……それにフィーとは話したい事もたくさんあるし」
「あ……」
その言葉にあの告白を思い出してしまい、一瞬、胸がドキリとした。
「ニコラスとセレン嬢についてだが……」
「あ! は、はい……」
……ニコラス殿下達の話だった!
そうよ! 話と言ったらまずそっちよね……!
真っ先に告白された事を思い浮かべるなんて、私はまだどこか動揺してるのかもしれない。
そんな私の様子を気にする風もなく、フリード殿下は話を続けた。
「フィーも知ってたように、二人は俺の暗殺計画を秘密裏に進めていた。その事は俺がカーチェラ国にいた時から情報は得ていたんだ。……ニコラスは、セレン男爵令嬢と知り合ってから、随分とおかしくなっていったようだな」
「……そうですね」
「そして、リリア嬢はニコラスとセレン嬢に脅されていたそうだ」
「えっ?」
やっぱり、リリアのあのおかしな様子はニコラス殿下が絡んでたんだ。
「学院で偶然、二人が俺の暗殺計画を話している所に出くわしてしまったらしい。ニコラスは口封じの監視のために、リリア嬢を愛妾にして囲うつもりだったようだ」
「そんな!!」
私はニコラス殿下とセレン嬢に怒りを覚える。
あの二人はそんな理由でリリアとロベルトを弄んだのか。
「リリア嬢も、俺の暗殺計画の主体はセレン嬢のようだったと言っていたよ」
「そうですか……ってあれ? リリアは……」
記憶喪失のはず。
「あ、ごめん……先に言うべきだった。リリア嬢は無事に記憶を取り戻したそうだよ」
「!! 良かった……!! あ、ではロベルトとの婚約も……?」
「元通りになるよう手配してる。安心してくれていい」
「あぁ……」
良かった、本当に良かった。
私は安心したせいか、ここに来て初めて微笑みを浮かべた。
「やっと笑ったな……」
そう言って殿下が優しく笑うから、私は不覚にもキュンとしてしまった。
「っ!」
「コホンッ! 話を戻そう。ニコラスとセレン嬢の処分だが……俺への暗殺計画が、計画を立てていたという所までで、実際に事を起こした訳では無いから、セレン嬢は男爵家を追放され、平民となって強制労働施設に送る事になり、ニコラスは王位継承権を剥奪の上、領地への生涯幽閉となる」
「あ……」
「……甘い処分だとフィーからすれば納得いかないかもしれないが……それと、二人の計画に手を貸そうとしてた貴族達もそれぞれ爵位剥奪などの処分が決定している」
「……」
私は思わず俯いてしまう。
あの二人は処分を受けるべきだ。
処分の重さに関してはきっと色んな事情が絡んでるから私がとやかく言う事じゃないと思っている。
分かっているけど、何がいけなかった?
何でこんな展開になってしまったの?
私はどこで間違ってしまったのだろうか?
そんな事ばかり考えてしまった。
「フィー、今あの二人はフィーがいた地下牢にいる……会いに行くか?」
「!」
殿下の言葉に、私は弾かれたように顔をあげた。
「い、いいのですか?」
「本当はいけない。だが、この件の責任者は俺だから。フィーがそんな顔をしてるのは、何かあの二人に対して蟠りがあるんじゃないかと思って」
殿下は苦笑しながら言う。
「俺はフィーにはそんな顔をしていて欲しくないんだ」
そう言ってフリード殿下は、私の頬にそっと優しく触れた。
私の心臓が思いっきり跳ねた。ジワジワと頬に熱が集まってきたのが分かる。
「わ、私……会いに行きたいです……!」
「……うん、分かった。行こうか」
そう言った殿下の顔は優しく微笑んでいた。
カツンカツンカツン
自分の足音が響いてる。
さっきまで自分が入っていた地下牢に再び足を踏み入れるなんて……変な感じ。
ちょっと足が震えてるのは、何だかんだで地下牢に繋がれていた事に対する恐怖心かもしれない。
「まずはニコラスからだ」
私は震える足を叱咤して前へ進む。
鉄格子の中にはニコラス殿下が佇んでいた。
そして、こちらの気配に気付いたのか顔を上げてこちらに視線を向けた。
「兄上……? それにスフィアか……何しに来た? 私を笑いに来たのか? ざまぁみろとでも思ってるんだろ? お前を陥れたはずが、結局私がこのザマだからなぁ……はは」
そう力無く笑うニコラス殿下。こんな萎れた彼の姿を見るのは初めてだ。
「………………」
「また、そんな目で私を見るのか。本当にどこまでもムカつく女だな」
「……ニコラス殿下。何故、貴方はそんなにも私を嫌いなんですか?」
ずっと不思議だった。
ニコラス殿下と私は8歳のあの時に一言挨拶したきりで、それこそ学院に入るまで交流は全く無かった。
学院に入学してからは、キツイ言動と睨まれながらもやたらと近付いて来て何がしたいのか分からなくて混乱した。
その後、婚約者という関係になっても何も変わらなかった。
「嫌い? あぁ、私はお前が大嫌いだよ! ずっとずっと昔からお前が気に入らなかった!」
「え?」
「お前と初めて会った後から、兄上は変わられた! 常にお前の事ばかり気にして、話す内容もお前の事ばかりになった。なのに肝心のお前はあれから私達の前に全く顔を見せる事なく何年もたった。そして、ようやく表舞台に現れたお前は兄上のエスコートを受けて笑っていた! 兄上が選んだのが何でお前だったんだ……何でお前は私ではなく兄上の隣で……!」
「……?」
えっと、つまり? どういう事かしら?
最後の方の意味が分からなくて首を傾げた。
「兄上の隣で無邪気に笑ってるお前を見るとイライラした! そしてお前と会う事で嬉しそうな兄上の顔を見る度に私のイライラはさらに募っていった!!」
「……?」
「兄上の隣ではあんな笑顔を見せていたくせに、何でなんだ……お前は、私の前ではいつだってそんな風には笑わなかった!!」
「え?」
笑う? 笑顔? ニコラス殿下はいったい何を言いたいの……?
「ニコラス……やっぱりお前は……」
理解出来ていない私とは違ってフリード殿下はニコラス殿下の言っている意味が理解出来たのか、複雑そうな顔をしてニコラス殿下に声をかける。
「だが、セレンは違った! セレンだけはお前と違って私を見てくれたんだ!」
「ニコラス殿下……」
「あぁ、本当に目障りだ! 私の前から消えろ!! スフィア、お前を見ていると本当にイライラする! 二度と私の前に顔を見せるな!」
思いっきり拒絶されてしまった。取り付く島もない。
「ニコラス殿下……」
「ニコラス、お前……」
これ以上、ニコラス殿下にかける言葉が見つからなかった。
「はぁ、フィーもういいな? 行くぞ……」
「……はい」
ため息を一つ吐いたフリード殿下に促され、そのまま私達はニコラス殿下の元を後にした。
「………………」
歩きながらニコラス殿下に言われた言葉の意味を考えるもよく分からなかった。最初はただブラコンを拗らせた為かと思ったけど、少し違う気がしたから。
「……やはりニコラスは、フィーの事が好きだったんだな……」
隣でフリード殿下がそう小さく呟いた。
「は?」
吃驚して足を止めてしまった私は、すごい低い声で返事を返してしまった。
どこが!? 大嫌いとか言ってましたけど!? 最後は目障りとか言ってましたよ?
驚いて目を丸くしている私に対してフリード殿下は、複雑な笑みを浮かべて言う。
「ニコラスは、本当はフィーに自分を見て欲しかったんだろうな。セレン嬢の事は、フィーと違って自分を見てくれた事が嬉しくてあそこまで馬鹿みたいに盲目になっていたんじゃないか?」
「え……」
『セレンだけはお前と違って私を見てくれたんだ!』
あの言葉はそういう意味だった?
私がニコラス殿下の事をちゃんと一人の人間として見ていなかったから?
「フィーのせいじゃない」
「…………」
確かに私はちゃんとニコラス殿下の事を見た事が無かった気がする。
いつだって、小説の中のヒロインの相手としてでしか見て来なかった。
フリード殿下への気持ちを自覚してからは、どうして隣にいるのがフリード殿下じゃないの? って思いで彼を見ていた気がする。
“ニコラス殿下”を見て好きになってくれたセレン嬢の存在は、彼にとって救いだったのだろうか?
私がちゃんとニコラス殿下と向き合っていたら、何かが変わっていたのだろうか?
────何て今更だ。
「フィー」
名前を呼ばれて顔を上げたと同時に腕を取られ、私はフリード殿下の腕の中に収まっていた。
「……!?」
「他の男の事でそんな顔しないでくれ」
「え?」
「面白くない」
自分が今どんな顔しているのか分からないので、疑問しか浮かばなかったけど、これってもしかすると、もしかしなくてもフリード殿下は妬いてるのかしら?
「……」
またしても私の胸がキュンとした。
あぁぁ、今はキュンとしてる場合では無いのに!!
「ずっと俺の事だけ考えてくれればいいのに……」
ポツリとフリード殿下が呟く。
「今、何て?」
よく、聞こえなかった。
「何でもない……さぁ、セレン嬢の所に行こうか」
「お願いします」
フリード殿下は、私から身体を離してそう言った。
次はセレン嬢に会いに行く。
私はどうしても彼女に聞きたい事がある。
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