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1. 婚約破棄されて悪役にされた令嬢
しおりを挟む今、こうして思えばあの頃から何かが狂い始めていたのかもしれない。
──そう。
社交界で当時、叙爵されたばかりのとある男爵家の双子の兄妹が、変わった容姿を持っていると騒がれ始めた頃から───
『シャルロッテ、僕達は将来は夫婦になってこの国を良くしていくんだよ!』
『はい、ジョーシン様!』
『一緒に頑張ってくれる?』
『もちろんですわ!』
10歳の時。
お父様に頼み込み、あの手この手の権力をフル活用して、数多の婚約者候補を蹴落とし念願の大好きだった王子様、ジョーシン様の婚約者になれた。
ジョーシン様はそんな私にも優しくて、“一緒に頑張ろう”と言ってくれた。
だから、立派な将来の王妃を目指して私は努力する事にした。
ジョーシン様が大人っぽい女性が好きだ、と言うから、本当は好きだった可愛いものは封印した。少しでも雰囲気が大人っぽくなるようにと外見にも気を使った。
馬鹿な女は王妃になれない、と言うから、本当は好きじゃなかったけど勉強もたくさんした。
今でも本当は勉強なんて嫌い。
全部、大好きだったジョーシン様の為だったはずなのに。
───どうしてこうなったの?
「シャルロッテ! 貴様とは今日限りで婚約を破棄する!」
「……!?」
大好きだったジョーシン様の冷たい声が、パーティー会場に響き渡る。
(え? 私は何故、ここにへたり込んでいるの?)
ポタポタと自分の髪の毛の先から垂れている冷たいものは……何? ワイン?
ドレスにも紫色の染みがどんどん広がっていく。
(あぁ、そうだ……私、ジョーシン様に頭からワインをかけられて……)
今、自分の置かれている状況を必死に理解しようとするけれど上手く頭が回ってくれない。
何で私がワインまみれに? 婚約破棄?
(ただ、私はジョーシン様が“あの令嬢”と2回も連続でダンスを踊り、更に3回目まで踊ろうとしていたから止めようとしただけなのに……)
3回目のダンスを踊ろうとした二人に向かって声を掛けたら、突然、ジョーシン様が激昂して近くにあったワインを手に取ると、私の頭にかけるという暴挙に出た。
そして、極めつけはこのセリフ……
「ずっと考えていた話だが、本当はこんな公衆の面前で言うつもりはなかったのだがな! 今のイザベルに対する物言いや態度はどうしても許せなかった!」
「まぁ! ジョーシン殿下……! 私の為にそんなに怒ってくれているのですか?」
「あぁ、そうだよ、イザベル。君も突然、シャルロッテに詰め寄られて怖かっただろう?」
「いえ、そんな……私は大丈夫です。ジョーシン殿下がいてくれましたから」
「イザベル……! 君は可憐だ」
そう言ってジョーシン様は、婚約者の私ではない令嬢……イザベル嬢の腰に腕を回して優しく抱きしめながら甘い声で彼女に向かってそう囁く。
その姿はまるで恋人同士のよう。ズキッと私の胸が痛む。
(どうして……?)
ジョーシン様の腕の中で震える彼女は、かつて彼が好みだと言っていた“大人の女性”とは大きくかけ離れていて、どちらかと言うと“可愛い女性”だった。
(誰なの? こんなの……私の知っている彼じゃない……)
「シャルロッテ、私はイザベルに出会って“真実の愛”を見つけた!」
「し、真実の愛……ですか?」
「そうだ! 私はこれまで、シャルロッテに抱いている気持ちが“愛”だと思っていた。だが違った! イザベルに会ってようやく本当の愛を知ったんだ!!」
「……!」
もう私には言葉が出なかった。
そんな私にジョーシン様は更に続けて言う。
「そして、シャルロッテ! 貴様はまるで悪役の様な女だな!」
(───悪役!? この私が?)
「イザベルのこの震え方を見てみろ! 全部貴様の……シャルロッテのせいだ」
「!?」
「それに、どうやら話を聞いてみると、貴様はこれまでもイザベルに対して暴言を吐いていたと言うじゃないか!」
「ジョーシン殿下……ありがとうございます……私、いつもシャルロッテ様が怖くて……」
「いいんだ、イザベル」
身体を震わせ、目を潤ませるイザベル嬢に向かってジョーシン様は優しく頭を撫でている。
「……」
私には何故、自分がここまでこんなに言われているのか分からない。
だって、そんな酷い事をした記憶なんてどこにも無い。
イザベル様とは確かにこれまで、数回パーティーでお会いする事はあったけれど。
(何故、悪役などと呼ばれなくてはならないの?)
でも、こんな思い付きで発言したかのような婚約破棄がまかり通るはずが無いわ!
周りもジョーシン様がご乱心だと思うに違いない……
私はそう思って周囲に視線を向けた。
だけど。
(────え?)
────シャルロッテ様が暴言ですって!
────いつだって、お高く止まっていましたものね~
────殿下の婚約者だって自慢していたっけ
誰からも私に対する擁護の言葉は無く、むしろ冷たい目線だけが私に向けられる。
背中が冷やっとした。
────さっきの男爵令嬢への物言いは確かに冷たかったな
────お高く止まったシャルロッテ様にはワインがお似合いね
(何かが変……)
明らかに私に対して暴言を吐いているのはジョーシン様の方。
なんなら、彼は公衆の面前で私にワインまでかけている。
それなのに……周囲のこの発言。
上手く言葉に出来ないけれど、これは、私が何を言っても届かない。
そう本能で感じた。
それにイザベル嬢はどうして……
そんな思いで顔を上げて彼女を見つめると、目が合ったイザベル嬢は噂で聞く可愛らしい微笑みではなく、ニヤリとした笑みを私にだけ分かるように向けた。
(さっきまでの涙が……無い!?)
───お疲れ様でした、悪役令嬢さん。その格好とてもお似合いよ。
「っ!?」
ニヤリとした笑みだけでは終わらず、彼女の唇の動きは確かにそう言っていた。
「正式な婚約破棄の通知は公爵家に追って出す! それまで自分のした事を反省して待っていろ。まぁ、今更後悔しても遅いがな。行こう、イザベル。今度こそ私とのダンスの続きをしよう」
「はい! ジョーシン殿下!」
(ジョーシン様……)
そう言って腕を組み、私の目の前から微笑み合って去って行く二人を私はただ、呆然と見ている事しか出来なかった。
シャルロッテ・アーベント。
この国の王子、ジョーシン殿下の婚約者だった公爵令嬢の私は、突然、心変わりした王子にポイッとゴミのように惨めにも捨てられ、更にはよく分からない悪役扱いをされて婚約破棄まで宣言された。
あっさり捨てられこの場に残された私は、皆から後ろ指を指されてひたすら笑い者にされる───はずだった。
もう一つのその声を聞くまでは。
私が溢れそうになる涙をぐっと堪えていたその時だった。
パリーンッという、グラスの割れる音と共に別の場所から大声が聞こえて来た。
「もう、我慢がなりませんわ! わたくし、貴方との婚約を破棄致しますわ!!」
───それは、もう一つの婚約破棄劇の始まりだった。
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