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9. 悪役にされた令嬢と令息はデートに向かう
しおりを挟む数日後。
───ついにこの日が来てしまった!
支度を終えて鏡の前でぎこちなく笑う私。いくら何でも緊張しすぎだわ、と思う。
「……デート」
その響きに胸がキュンとなる。
想い合う男女が一緒に出掛けて仲を深めるもの。
(私達は偽装だけど確かに婚約をした。だから、仲を深めるのもおかしな事では無い)
そう自分に言い聞かす。
「…………そう言えば、ジョーシン様とは外に行く事は無かったかも」
公務の手伝いの為に一緒に出かけた事はあっても、買い物だとかそう言った私用で出かける事はなかった気がする。
「忙しい人だったから、お城でお茶を飲んでばかりだったわね」
それでも良かった。
公務を優先するのは当たり前。そんなきっちりした所も大好きだった。
だからこそ、そんな彼の支えになりたかった───
「それが、今はろくに公務をしないでイザベル様とイチャイチャしてばかりって……“真実の愛”って人を堕落させるものなのかしら?」
ジョーシン様の様子はお父様が教えてくれた。
私と婚約破棄宣言してポイ捨てしたあのパーティーの後から、毎日のようにイザベル様をお城に招いているという。
「……不思議なのはそれに苦言を呈する人がいないって事よ」
両陛下も我が家に婚約破棄の通知だけを寄越して何故か沈黙を貫き、ジョーシン様の周囲も殆ど彼を咎める人がいないと言っていた。
(お父様の話だと、そんな中でも苦言を呈した数人は仕事をクビになったり、飛ばされたと聞くわ)
「ミンティナ様も似たような様子だって話だし…………おかげで心置きなくその座から引きずり下ろせるわ」
と、私が呟いた時、
「お嬢様? 先程から何をブツブツと? ドゥラメンテ公爵令息様がいらっしゃいましたよ?」
「! い、今行くわ」
ついにディライト様がやって来た────
「おはよう、シャルロッテ」
「お、おはようございます……」
(ま、眩しい!)
どうしてディライト様の周りだけこんなにキラキラしているのかしら?
彼の隠されていた素顔が美しいから??
そんな事を考えた私は思わず、じっと彼を見つめてしまう。
「シャルロッテ? 俺に何か付いている? それとも、そんなに変かな?」
私がじっと見つめてしまったので、ディライト様は困った様子で自分の服とか髪型のチェックを始めた。
「こんなに視界がクリアなのも久しぶりだし……やっぱり前髪を切ったのは失敗だったかな」
「! そ、そんな事ありません! ディライト様は、えっとその、カッコいいです!」
「……カッコいい?」
ディライト様が不思議そうな顔をする。
「は、はい! カッコいいだけでなく、綺麗というか美しいと言うか……」
「初めて言われたな」
「え!? 初めて、ですか!?」
その言葉に驚かずにはいられない。
「うん。婚約したばかりの頃かな? ミンティナ……殿下に“あなたの顔を見ていると胸がおかしくなるから、わたくしが直視出来るようにしなさい!”とか言う無茶ぶりをされて」
「え……」
「それで、とりあえず前髪で顔を隠すようにしていたんだけど」
確か、ディライト様とミンティナ殿下の婚約期間もそれなりに長かった気が……
「……もったいないですね。こんなに綺麗なのに」
(ミンティナ殿下ったら何て事を……)
私はそっと手を伸ばしディライト様の頬に触れる。
「シャルロッテ? ……それを言うならシャルロッテもだろう?」
「え?」
「君だってこんなに可愛くて愛らしいのに、真逆な事をしていたじゃないか」
「……!」
「…………今日も、すごく可愛いよ。ふわふわだ」
ディライト様はそっと私の髪に触れると、そのままくるくると弄る。
その仕草と言葉に一気に私の頬が熱を持つ。
「っ! ディライト様は、この髪がお、お好きなんですね!?」
「うん、自覚は無かったけれどそうみたいだ……ふわふわ」
「!」
「シャルロッテの可愛らしい雰囲気にすごく合ってるからかなー……」
「っっ!!」
そう言って、今にも蕩けそうな極上の笑顔でそんな事を言うディライト様はとんでもない人だと思った。
────
「あの! ディライト様。じ、実を申しますと……」
「うん?」
玄関先で、赤面しながら話をしていた私達だったけれど、このままここで話していても埒が明かないのと、何故か我が家の使用人達があちらこちらで苦しそうに身体を震わせていたのが何だか不気味だったので、ディライト様の乗って来た馬車にさっさと乗りこみ、街へと向かう事にした。
その馬車の中で私はある事を彼に伝える。
「わ、私! 街で買い物というのが、は、初めてなんです!!」
「え?」
ディライト様がびっくりした顔を私に向ける。
(そうよね、驚くわよね……)
「家では商人を呼んでおりましたし、ジョーシン様とも立場が立場故、外に出かけるという事が無くて……」
「あぁ、そっか……そうなるのか」
私の言葉にディライト様は、少し面を食らったような顔をしていたけれど、すぐにふわりと優しく微笑んだ。
(そ、そこでその笑顔!?)
そして、何故かそのまま立ち上がると私の隣に移動して来て隣へと腰をかける。
「な、何故、隣に──」
「つまり、シャルロッテにとってこれが“初めてのデート”という事だよね?」
私の言葉を遮ったディライト様が満面の笑みでそんな事を言う。
ついでに何故か手までギュッと握られた。
「そ、そうなります……」
私が照れながらそう答えると、ディライト様は笑顔のまま続ける。
「シャルロッテの“初めて”は全部、ジョーシン殿下のものだと思っていたけど、違ったんだな……」
「ディライト様、どういう意味です?」
言っている事の意味が分からなくて聞き返したけれど、ディライト様は何故か困った様に笑うだけ。
「……シャルロッテの初デートを楽しませなくちゃと言っただけだよ」
「…………それ、何か違いませんか?」
「違ってなんかいないよ」
「うーん、そうですかねぇ……?」
ははは、と笑ったディライト様がそっと私の前髪に触れて額を出させると、素早くそこにキスをした。
「!?」
びっくりして私は言葉を失う。
「これから先のシャルロッテの経験する“初めて”はジョーシン殿下じゃない。全部俺の物だ」
「ディライト……様?」
「……知らなかったよ。俺は案外、独占欲が強いらしい」
そう言ってディライト様はもう一度、私の額にキスをした────
今にもドキドキし過ぎて心臓が口から飛び出しそうな私は、こう思わずにはいられない。
(私達って偽装婚約…………よね?)
……と。
そうして、揺れ動く心を抱えたまま、街に着いた私達。
格好は目立ち過ぎないようにしたはずなのに、馬車から降りて二人で手を繋いだまま歩き出すと、何故か多くの人からの視線を感じた。
「ディライト様……すごく見られている気がします」
「そうだな……」
「……私、どこか変でしょうか?」
「いや? シャルロッテはどこの誰よりも可愛いよ」
「っ!」
ディライト様は少し照れ気味に即答する。
「それなら、やっぱり俺かな?」
「いえ! ディライト様はどこの誰よりもカッコいいです!!」
「っ!」
私も恥ずかしいけど一生懸命そう答えた。
「シャルロッテ……」
「……ディライト様」
「……」
「……」
私達は互いに言葉が見つからず、しばらく無言で見つめ合った。
────そんなポンコツな二人の会話の中身を知らない街の人々は、ただただ互いを見つめ合う二人のその姿に息を呑んだと言う。
そして、そんな注目を集めた二人の様子は、王宮にいるあの人達の耳にも────
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