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第一話
しおりを挟むパリンッ
グラスの割れる音がした。たった今、私の手から落ちたものだ。
「────っ!」
(の、喉が……)
「あ……なた……コレ……なに、を飲ま……」
───あぁ、騙された。
これは、私が頼んだ“薬”なんかじゃない。
完全に油断……していた。
私は苦しみに耐えながら“薬”を持ってきてくれたはずだったメイドを金色の瞳で強く睨んだ。
「……ひ、ひぃっ!」
睨まれるとまでは思っていなかったのか、そのメイドは小さな悲鳴をあげた。
でもすぐに開き直ったのか醜く顔を歪めながら苦しんでいる私に向かって言う。
「わ、悪く思わないで下さいね! シャロン様。あ、あなたが邪魔だから、どうしても消えて欲しいんですって!」
ゲホッゴホッ……
ダメ……吐き出そうにも、もう遅いみたい。
飲み込んだ毒の代わりに口から出てきたものは自分の血───……
(毒に身体はたくさん慣らされていたはず……なのに)
今の私は、幽閉生活なので仕方がないとはいえ、めっきり体力が落ちていた。
それにずっとずっと気分も悪かった。
そんな状態の私によりにもよってこんな強力な即効性の毒……を使うなんて……そんなにも、私が……邪魔だったの?
(エミリオ様────……)
本当に本当に大好きだった……私はあなたを心から愛していた。
言葉数は決して多くは無かったけれど、あなたも少しは私の事を愛して……なんて甘い考えだったのね……
和平の為だけの政略結婚───それでも、エミリオ様、あなたとなら幸せに……なれると思っていた。
でも、全ては、あの日に崩れてしまった。祖国の裏切りによって。
同時にあなたには他に好きな人がいる事も知った。だからこうして、こっそり私を始末すれば“彼女”と結ばれる事が出来ると今頃は喜んでいる……のかもしれない。
そう思うと少し、いえ、とても悲しい。
ハァハァ……
視界が霞む。
そのせいか、脳裏にあの紅い瞳が印象的な“彼女”の姿が浮かぶ。エミリオ様は彼女を選んだ。だから、きっと私が邪魔だった……
二人の幸せの邪魔をする気なんて……無かったのに。
───邪魔だから消えて欲しい?
(どうせ死ぬのなら国に送り返して欲しかった……わ)
国に返してくれないから、大人しく身を引いて静かにここであなたの幸せだけを願って生きて行ければ……と、そう思って、いたのに……
たとえ、この先あなたの隣に立つのが私ではなくても。
(でもあなたが望んだのは私の死……だった)
生きて行く事すら許されないなんて……と、倒れた私はそっと静かに瞳を閉じる。
あの毒ならもうすぐ意識も遠くなっていくはずだ。
そして、そのまま私の命は彼の望み通りに尽きるのだろう──……
「……どうだ? 死んでくれたか?」
「うーん。静かにはなったわねぇ。待って? 確認してみる」
(……お生憎様。まだ、生きているわよ)
もう一人誰かがやって来た。私への服毒が成功したかどうかの確認に来たらしい。
残念ながら私に動く力など残っていないので誰なのかはよく分からない。
(……これもエミリオ様の命令なのかしら)
「よく分からないけど動かないし、血も吐いてるし毒殺は成功じゃないかしら?」
「そうか。それならこれでアラミラ王女の機嫌も良くなるだろう」
「良かったわ~」
「あとは、“自殺”に見せかければ完璧だ」
私の横にコトンッと何かが置かれる。
視界が霞んだ私にはもはや、“それ”が何かすら分からない。
「良かった良かった」
「食事に混ぜようか……とも思ったけど丁度いいタイミングで薬を頼むんだもの」
「ははは! 薬ではなく毒でしたってな!」
動かなくなった私を“死んだ”と勘違いした二人が笑い合っている。
やっぱりこの件にはあの紅い瞳のイラスラー帝国の王女……アラミラ王女も関わっているらしい。
しかも自殺に見せかけようだなんて……随分と手が込んでいる。
そうして私は薄れゆく意識の中で二人の会話を聞いていた。
「アラミラ王女殿下も馬鹿よねぇ~。こんな事をしたってエミリオ殿下は手に入らないのに」
「そうそう! 陛下はランドゥーニも滅ぼすつもりだからね。当然、エミリオ殿下を生かすはずがない」
(────え?)
「ご自分のお願いを聞いて貰えたと思ってる馬鹿な王女ってところね!」
「だよな、あくまでも利用されただけなのに」
「まぁ、あの王女は昔から勘違いの甚だしい王女だったし」
(この人たち……な、何を言っている……の?)
ランドゥーニを滅ぼす……? エミリオ様を生かす気はない?
まさか、この毒殺命令……エミリオ様は関係ない? アラミラ王女の……独断……?
「本当に我儘だけが、一人前のお荷物王女様よね」
(───エミリオ……様)
ダメだ……もう分からない。
何かを考えることも……疲れた…………わ。
裏切られていたけれど……最期にもう一目だけでもいいから、エミリオ様に会いたかった……
なんて決して叶わない願い。そもそも、面会を求めてきた彼を拒絶したのも私だ。
自業自得。
(さようなら……)
───エミリオ様、大好きでした。
どうか、私のことは忘れてあなたは本当に愛する人と幸せになって────……
“シャロン!”
大好きだった婚約者の声と“あの日の温もり”を思い出しながら私は全身の力が抜けていくのを感じた。
────
────────……
──その結婚の話は突然だった。
「シャロン。申し訳ないが、ランドゥーニ王国のエミリオ殿下の元に嫁いで欲しい」
「はい?」
一国の……レヴィアタン国の王女として生まれた私、シャロンは自分の意思とは別にいつか誰かの元に嫁がされる。
愛や恋などに基づくものでは無く、政略結婚となる事も充分に理解していた。
頭では分かっていたのに……
いざその話が来るとまだ覚悟が出来ていなかったのだと思い知らされた。
「ラ、ランドゥーニ王国のエミリオ殿下に……ですか?」
自分の声が震えているのが分かる。
でも、動揺しているのをお父様に悟られてはいけない。
私は王女なのだから!
キリッと背筋を伸ばしてお父様を見つめ返す。
「そうだ。覚えていないか? 10年くらい前にも一度会わせた事があるんだが……」
「…………お父様! その時の私は何歳だと思ってます? 5歳ですよ、5歳! 覚えているはずがないでしょう?」
それもそうか……と肩を落とすお父様。
それよりも。
「……私の嫁ぎ先は、ランドゥーニなんですね」
「あぁ。今は停戦中ではあるが、我々は幾度となく戦争を繰り返して来たからな。そろそろ和平の道を歩んでもいいのではという事になったのだ」
「その為の私と王子の結婚なんですね?」
「シャロンには申し訳ないと思っている」
「……」
要するに、数十年間隔で起きているこの無意味な争いにいい加減、互いに疲れたという事だろう。
気持ちは分かるわ。
私だってこれ以上、無駄な戦争なんてするべきでは無いと思っているもの。
それは、ランドゥーニ王国のエミリオ殿下も同じ気持ちなのかしら。だったら良いのに。
(ランドゥーニ王国のエミリオ殿下……どんな人かしら?)
「お父様、分かりました。私、エミリオ殿下の元に嫁ぎます」
「シャロン……」
愛されなくても構わない。
せめてこれからの平和の為に互いに手を取り合っていけたならそれで充分だ。
そんな思いで私はこの婚約を受けいれる事にした。
────後に、この婚約が悲劇を迎える事になるとも思わずに。
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