【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。

Rohdea

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第四話

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  それから、二人で庭園を歩きながらたくさん話をした。
  エミリオ殿下はあまりご自分の事を語ってはくれなかったけれど、私の話には嫌そうな顔一つせずに聞いてくれた。

  (なんて優しいの!)

  お父様やお兄様は「シャロンは話が長い!」と言って途中から全く聞いてくれなくなるのに。
  私はこの時間だけで、ますますエミリオ殿下の事が大好きになった。




「でも、明日には帰国してしまうのよね……」

  夜、寝支度を終えた私は窓辺で月を見上げながらそんな独り言を呟く。
  眠ろうと思っても昼間の興奮のせいなのか、全然寝付けなかった。
  今夜は王宮に泊まるエミリオ殿下だけど、明日の朝にはレヴィアタンを発ってランドゥーニに戻らないといけないらしい。

「次に会えるのはいつになるのかしら?」

  これからはまた文通の日々だ。

「次に会う時までには、もっと完璧な淑女になって、お母様に弟子入りして……」

  なんて、これからの目標を呟いていた時だった。  
  部屋の扉がノックされる音が聞こえた。

「……?  こんな時間に誰?」

  私の部屋の前には常に護衛がいるから、不審者では無いはずだ。
  そうなると、こんな時間に訪ねて来るのはお父様か、お兄様か……
  (お母様は美容のために早寝するからきっと違う)

「どちら様ですか?」
「───シャロン?  僕だよ」

  (────え?  この声……エミリオ殿下!?)
  
  き、聞き間違いではないわよね!?
  びっくりしながらも、私は慌ててドアを開ける。
  開けるとそこには間違いなくエミリオ殿下、その人が立っていた。
  
「エ、エミッ……!?  こ、こ……」
「うん。こんばんは、シャロン」

  まともに喋れなくなった私とは対照的にエミリオ殿下はとても呑気な声でそう言った。




「まさか、突然部屋を訪ねてくるなんて驚きました」
「ごめん」

  扉を開けたまま部屋に招き入れると、殿下はソファに座り申し訳なさそうに頭を下げた。
 
  しかも突然、部屋を訪ねて来たので何かあったのかと心配したら、エミリオ殿下はただ、私の顔が見たかったのだと言った。
  なんて事を言うの!  と、言いたくなる。
  エミリオ殿下は私の心臓を止める気なのかもしれないわ。

「護衛に止められる覚悟で訪ねたら何故か通してくれた」
「……」
 
  エミリオ殿下は不思議そうに首を傾げた。きっとそれは……私のせい。
  侍女も護衛も、毎日のように私の“エミリオ殿下”の話を聞いているから通してくれたのだと思う。

  (気を利かせてくれたのね……)

  お父様が知ったら輿入れ前なのに……と、渋い顔をしそうだけれど、なかなか会えない婚約者同士が仲を深めるのはいい事の……はず!
  そう思う事にした。

「顔を見たかったのと昼間に……言いそびれた話があって……」
「何でしょう?」

  改まって話とは何かしらと思い訊ね返すと、殿下は下を向く。そして小さく何度も深呼吸を繰り返した後、勢いよく顔を上げた。

「シャロン!  婚約の話を受けてくれてありがとう」
「エミリオ殿下……?」
「その……ランドゥーニに嫁ぐことは、シャロンにとって不安も大きいと思うんだ」
「……」

  (あ……!)

  エミリオ殿下は私の心配をしてくれているのだと分かった。
  やはり、ランドゥーニ王国では私を迎え入れる事に反対の声があるのだろう。

「だから!  シャロンが輿入れして来るまでの三年の間に、僕は必ず君が生活しやすい環境を作っておくと約束する!」
「エミリオ殿下……」
「や、約束だ!」

  そう言ったエミリオ殿下が小指を立てた手を私の前に突き出した。
  その手を見た瞬間、“何か”が私の頭の中をよぎる。

  (……あれ?  これ、この仕草……どこかで……)

  何だかとても懐かしい。そんな気持ちが私の胸の中に生まれる。

「シャロンも手を出して?」
「え?」
「僕と同じように……そう」

  言われるがままに手を出すと、殿下と同じ様に手を握り小指だけ立てさせられた。
  そして、そっと小指を絡められた。その仕草にドキンッと胸が跳ねる。

「これで約束だ、シャロン」
「やく、そく……」

  ───僕たちはまた絶対にあえるよ!  だから、そのときはまた遊ぼうね、シャロン
  ───うん!  やくそく!

  脳裏によぎったこの記憶は……私の、記憶?
  もしかして前にも私はこうして、エミリオ殿下と約束を、した?

  私がじっと見つめると、エミリオ殿下は少しだけ照れくさそうに笑った。





  ───私がエミリオ殿下とそんな“約束”をしていた頃。
  大陸内にある別の国、イラスラー帝国の王宮内では───……


「ランドゥーニ王国のエミリオ殿下が婚約したですって!?」
「……落ち着けアラミラ」

  イラスラー帝国の王女、アラミラが父である国王から、ランドゥーニ王国の王太子が婚約したという話を聞かされていた。

「いいえ、お父様!  お、落ち着いてなどいられません!  ど、どこの誰とです!?  ランドゥーニ王国の貴族の娘ですか!?」

  (エミリオ殿下は昔からわたくしが狙っていたのよ!  それを……いったいどこの誰なの?)

  ランドゥーニの王太子、エミリオ殿下に婚約者がずっといなかった事は有名だった。
  だからこそアラミラは自分に婚約の話がいつか来るのでは?  と密かに思ってそれを待ち続けていた。
  
  (てっきり他国も視野に入れて吟味しているのだとばかり……)

「いや。国内の令嬢ではない。それが……」
「国内の令嬢ではない?  で、では……いったい?」
「レヴィアタンの王女なのだ」
「レ……」

    (レヴィアタンの王女ですって!?)

  アラミラの脳裏にかつて一度だけ会った事のある、銀灰色の髪に金色の瞳をした王女の顔が浮かんだ。
  アラミラはギリッと唇を噛む。

  (どうして!  どうしてわたくしではなく、あんな冴えない雰囲気の王女なんかが選ばれたんですの!)

「お父様……わたくし、納得いきませんわ」
「なに?」
「エミリオ殿下の妃に相応しいのはわたくしだと思いませんか?」
「アラミラ……」
「それに、お父様もランドゥーニとレヴィアタンに友好条約を結ばれると困るのではありません?」

  娘の言葉に国王の眉がピクリと反応する。
  それを見たアラミラは図星のようですわね……と思う。
  ……それならば!
  
  (その縁談……絶対に潰してやりますわ!)

  ───そう。……

  アラミラはそう決意し、そっと静かに微笑みを浮かべた。

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