【完結】私を裏切った最愛の婚約者の幸せを願って身を引く事にしました。

Rohdea

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第五話

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  そうして、エミリオ殿下は私と約束をした翌朝、帰国した。
  寂しさを覚えたけれど、「また来るよ」と言ってもらえたので「お待ちしています」と笑顔でお見送りをした。
  
  (あんな“約束”までして貰えるなんて……政略結婚なのに私は幸せ者だわ)

  思い出すだけで嬉しくて胸の奥がくすぐったくなってしまって思わず笑ってしまいそうになる。
  なので、今も本を読みながらつい思い出して笑っていたら侍女に不思議そうな顔で訊ねられた。

「殿下、随分とご機嫌なのですね?」
「ええ!」
「エミリオ殿下が帰られてしまったので、もっと落ち込んでいるかと思いましたが」
「ふふ、心配ありがとう。確かに寂しいけれど、大丈夫よ」

  私の返答に侍女は目を丸くして驚いていた。
  だって、落ち込んでなどいられないもの!
  エミリオ殿下は、私のために生活しやすい場を整えておくという約束をくれた。だけどきっとそれは簡単なことでは無い。
  それなら、私だってランドゥーニの人たちに、エミリオ殿下の相手が“レヴィアタンの王女”で良かった。そう思ってもらえる人にならなくては、と改めて思う。
  今の私じゃ、エミリオ殿下に相応しいとは口が裂けても言えない。
  けれど、絶対に次にエミリオ殿下にお会いする時は、魅力的になった私でお迎えしてみせるわ!

「で……殿下!?  ひ、瞳が……」
「え?  なにかしら?  ……瞳?」

  私が内心でそんな決意を込めていたら、侍女が驚きの表情を浮かべて私の顔を見ている。

「あ、い、いえ……気の所為みたいです。殿下の瞳が一瞬強く光り輝いたように見えまして……」
「え?」

  (何それ、怖い!)

「き、気の所為ですよね!  そんな事あるはずないです。おそらく輝いたのではなく光の加減かと思います!」
「そう?  そう、よね。もう!  驚かせないで?」

  光り輝いた───?
  きっと私の瞳は金色だからそう見えてしまったのかもしれないわね、と思った。


◇   ◇   ◇


  それからも私は、エミリオ殿下に分厚い手紙を送り続け、殿下からのお返事は相変わらずの近況報告が主となる文通を繰り返しながら過ごしていた。
  そんなある日……

「え?  イラスラー帝国の王女殿下が我が国に訪問される……?」
「そうなのだ」

  その日の朝食の席でお父様が私たちに向かってそう言った。

「……これまで、さほど交流も無いのに?  いったい、何が目的なんだろうか?」

  お兄様が眼鏡を指で押し上げながら呟いた。
  この声色はかなり警戒している。

  (同感だわ!)

  お兄様の発言に私も大きく頷いていると、お父様が私の顔をじっと見た。

「お父様?」
「シャロン。イラスラー帝国のアラミラ王女殿下はお前と親睦を深めたいと言っている」
「……私と?」

  まさかの名指しに驚いた。

「ああ。お前とアラミラ王女殿下は歳も近いだろう?  せっかくの機会だから王女同士、もっと交流を持ちたい……先方はそう言っている」
「……」

  アラミラ王女の言い分は分からなくもない。
  大陸内の国で歳の近い王女は確かに私たちだけ。
  エミリオ殿下は男兄弟だけだし、ファルージャ王国は現国王がかなり高齢なので、その子供たちは、お父様やお母様と同じ世代なので歳がかなり離れている。

  (だけど……)

  それこそ“どうして今なの?”だ。
  本当に親睦を深めたいのならもっと前からだって良かったはず。それこそ前にイラスラー帝国にこちらが訪問した時だって……
  だからこそ思う。このタイミングなのは……

「父上、イラスラー帝国はシャロンとエミリオ殿下の婚約の話を聞いたから探りに来ようとしているのでしょうか?」

  お兄様がまさに私が思っていたことそのままを口にする。
  その言葉にお父様も大きく頷いた。

「まぁ、おそらくそうだろうな」
「……」
「そういうわけだから、シャロン。王女殿下にはエミリオ殿下との関係は上手くいっている事をたくさんアピールしておくように」
「父上の言う通りだ。下手に隙を与えてはよくないからな」
「お、お父様、お兄様……」

  アピールだなんてどうすれば……と困っているとお父様は言った。

「ははは、そんな顔をしなくても大丈夫だシャロン」
「お父様?」
「お前がいつも我々に話す“エミリオ殿下”の話。あれで大丈夫だ」
「……どういう事です?」

  私が怪訝そうに聞き返すと、それまで静かだったお母様が微笑みながら答えた。

「シャロンの口から語られるエミリオ殿下の話は、いつだって惚気ですからね」
「……は、い?  惚気……?」

  お母様の言葉に私は目を剥いた。
  なのに、お父様とお兄様は納得したようで大きく頷いていた。

「そうだな」
「母上の言う通りだ」
「お、お父様とお兄様まで……!」

  惚気?  いったいどこが惚気だと?
  よく分からなくて焦っていると三人はどこか楽しそうに笑っていた。




「もう!  何が、“ははは、そのままのシャロンで大丈夫さ”よ……」
「シャロン?  何か言ったか?」
「……何でもありませんわ、お父様」

  私はにっこり笑ってそう答えた。

「そうか?  ならいいが……」

  ───そして、あっという間にイラスラー帝国のアラミラ王女を迎える日がやって来てしまった。もうすぐ王女殿下が王宮に到着すると聞いたので、出迎えのために私達は待機していた。

  やがて向こうから馬車が到着し、中からとても綺麗な女性が降りて来た。

  (び、美人……!)

  昔、お会いした時よりもすごく綺麗になっているわ。
  あのドキッとするくらいの“紅い瞳”ももちろん変わっていない。

「レヴィアタンへようこそ、アラミラ王女殿下」
「イラスラー帝国が王女、アラミラですわ。ふふ、ご丁寧にありがとうございます」

  私達が出迎えるとアラミラ王女は妖艶に微笑んだ。
  私とそう歳は変わらないはずなのにこの色気はなんだろう……

「このたびはわたくしの我儘を聞いてくださりありがとうございます」
「いえ、国同士の交流をはかるのはいい事ですからな。では早速……以前に一度会ったと思いますが、アラミラ王女殿下、こちらが娘のシャロンです」

  お父様の声を受けて私が一歩前へと進み出る。
  ドレスのスカートの裾を軽く持ち上げて、丁寧にお辞儀をして挨拶をした。

「アラミラ王女殿下。レヴィアタンへようこそ。シャロン・レヴィアタンです」
「ふふ、いつぶりかしら、シャロン王女殿下……わたくしはアラミラ・イラスラーですわ」

  色々、警戒はしたけれど、目の前に現れたアラミラ王女はあの紅い瞳で私を見つめながら、静かに美しく微笑んでいた。

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