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第六話
しおりを挟む「シャロン様とは昔、お会いしたきりだったでしょう?」
「そうですね」
「歳も近そうですし……わたくし、あの時からぜひ、シャロン様と仲良くなりたいと思っておりましたのよ」
「……」
私はその言葉になんて答えたらいいのか分からず、曖昧な微笑みを浮かべた。
(私の記憶の通りなら、睨まれていたような気がするのだけど……)
でも、そんな事を口にしようものなら一瞬で両国間の関係にヒビが入ってしまう。
だから答えは一つ。
「ありがとうございます、とっても光栄ですわ」
そんな作り笑顔でお礼の言葉を伝えながら私は思う。
(どうして二人っきりのお茶会になってしまったのよ……)
アラミラ王女を出迎え、このまま皆でお茶を……という予定だったのにアラミラ王女は言った。
「わたくし、シャロン様と二人でお茶がしたいですわ!」
──と。
来賓の王女殿下たっての願いとなれば無下にも出来ない。
と、いうわけで私が一人でアラミラ王女をおもてなしする事になってしまった。
お父様たちはどこか心配そうに私を見ていたけれど、目線で“大丈夫です”と伝える事しか出来なかった。
「わたくしと同じ立場のシャロン様ならお分かり頂けると思うのですけれど……」
「?」
飲んでいたお茶のカップをソーサーに戻しながら、アラミラ王女は少し寂しそうな表情を浮かべていた。
(同じ立場……?)
「王女とは孤独な存在でしょう? ですから、わたくしには国に仲が良いと呼べる令嬢がいないのです……」
「アラミラ様……」
孤独……孤独な存在?
確かに王族と貴族の線引きはあっても私はそこまで孤独を感じた事は無かった。
私には昔から友人と呼べる令嬢もいたから。
だけど、イラスラー帝国では違うのかもしれない。こうなるとこれはもう国の違いとしか言えないので余計な事は言うまいと口を噤んだ。
(それに、アラミラ様はとてもお綺麗だから、周囲も恐れ多くて容易に近付けないのかもしれないわね)
「ですから、シャロン様。ぜひ、わたくしと友人になって頂きたいのですわ!」
「友人……ですか?」
ここで“遠慮したい”などと口にしようものなら……(以下略)
「光栄です、ありがとうございます……」
なので頬を引き攣らせながら私はそう口にする事しか出来なかった。
アラミラ様はとても嬉しそうに言った。
「シャロン様! ありがとうございます、嬉しいですわ!」
それからの私達は、お茶を飲みながらお互いの話などをしながら過ごした。
そして、その時は来た。
「───そういえば、シャロン様。最近、婚約されたそうですわね?」
「……!」
私はビクッと肩を震わせる。
(き、来たわ! やはりこの話は避けて通れないのね)
アラミラ様は明らかに挙動不審になった私をクスリと笑いながら話を続ける。
「ふふ、なんでもお相手は、ランドゥーニ王国の王太子殿下だとか……」
「そ、そうなんです。ご縁がありまして」
「へぇ……そうでしたの」
何とか笑顔を作ってそう答えたのだけど、アラミラ様の紅い瞳が一瞬、私を鋭く睨んだような気がした。
「……ですけど、ランドゥーニとレヴィアタンは数年前まで戦争していたでしょう? やはり嫁ぐのは心配ではありません?」
「心配がない……と言ったら嘘になりますけれど、まだ、正式な輿入れまでは時間もありますし、エミ……ランドゥーニの王太子殿下もその辺りは色々と考えてくださっているようなので」
「……へぇ……」
やはり、他国から見てもこの婚約は心配に見えるらしい。
(まぁ、イラスラー帝国の場合はそれだけの感情では無い気もするけれど)
それよりもだ。
“婚約”の話になってからアラミラ様の雰囲気が変わったような……?
やはり、イラスラー帝国として他国のことを警戒しているから?
「……エミリオ殿下ってとてもお優しい方なのですわよね。羨ましいですわ」
「ええ、ありがとうございます」
「わたくしも、そろそろ……とは思いますけれどなかなか素敵なお相手が……」
アラミラ様にはどうやら婚約者はいないらしい。
先程の“孤独”発言もこういう面から来ているのかもしれない。
その後、何故か根掘り葉掘りエミリオ殿下の事ばかり聞かれた気がするけれど、何だかエミリオ殿下の素敵なところは私だけの宝物にしておきたくなってしまい、当たり障りのない返答になってしまった。
そんな中で「へぇ……そうですの」「羨ましいですわね」と終始、口にしていたアラミラ王女。
一見、表情は穏やかに笑っていたけれど、眼は……あの印象的な紅い瞳の奥は全然笑っていないような気がした。
何だかモヤモヤした気持ちが生まれたけれど、この時の私には、アラミラ様が何を思い何を考えていたのかなど、知る由もなく……
その後、「ふふふ。これから、ぜひよろしくお願いしますわ、仲良くして下さいませね? シャロン様」と微笑まれて、その日のお茶の時間はお開きとなった。
◇ ◇ ◇
その後もエミリオ殿下と私の文通での交流は続き、年に数回エミリオ殿下が視察に国外に出た時にレヴィアタンに寄ってくれる時だけ顔を合わせる……
そんな生活が三年続き、私が18歳の誕生日を迎えた事でいよいよランドゥーニ王国への輿入れの日が決定した。
ただし、私の希望で正式な婚姻の前に向こうで花嫁修業を行うことをお願いした為、当初の予定より少し早い旅立ちとなった。
そして、ランドゥーニ王国への出発前夜。
「いいか、シャロン。向こうの王宮は我が国とは違う! 夜にこっそり部屋を抜け出すなんて言語道断だ!」
「……分かっていますわ」
「いいか、シャロン。ちゃんとエミリオ殿下の言うことを聞いて大人しく……」
「……ですから分かっていますわ! お父様!」
出発の日が近づくにつれてお父様のお小言が増えて来た気がする。
ここのところ毎日お小言を聞いていたはずなのにまだ、言い足りないなんてどれだけあるの?
この三年で、ちゃんと私は誰もが認める淑女になったはず───
「父上は過保護だな」
「お兄様!」
「しょうがないか。シャロンだからな」
「……」
お兄様がそんな酷い事を言いながら私の頭に手を置くとちょっと強引に頭を撫でる。
そのせいで髪型が少し崩れてしまった。
「もう! お兄様!」
「お転婆だったシャロンが、ランドゥーニの王太子妃になるのか」
「……お転婆は余計です!」
「いずれお前が王妃になるなんて嘘みたいだ」
「……失礼ですよ、お兄様」
私がムスッとして応えるとお兄様は、ははっと笑う。
「だが、シャロンなら大丈夫だ。きっと皆から愛される王妃になる」
「お兄様……」
「エミリオ殿下も随分、お前に夢中のようだからな。きっと幸せにしてくれるだろう」
「……? 殿下が私に夢中? お兄様ったら何を言っているの? 夢中なのは私の方よ?」
そう言いながらお兄様を見つめたら何故かすごく困惑された。
「あー……うん。そうか……その辺は向こうに着いてから殿下と上手く話してやってくれ」
「?」
お兄様の最後の言葉は歯切れが悪くて正直よく意味が分からなかった。
それよりもどうしてもこれだけは言っておきたい。
「ねぇ、お兄様」
「なんだ?」
「お兄様がお父様の跡を継いでレヴィアタンの王となる頃……きっと私はランドゥーニの王妃になっていると思うの」
「うん? まぁ、そうだろうな」
「そうだろうなじゃなくて! あのね? だから───」
私は満面の笑顔でお兄様に向けて言う。
「その時は、レヴィアタンとランドゥーニの平和は間違い無しとなるわよね!」
「シャロン……」
「私達の手で平和の世の中にしましょうね? 約束よ、お兄様!」
お兄様は静かに笑って、もう一度私の頭を撫でると「……生意気だな」と言った。
発言とは裏腹にその声は優しかった。
「シャロン」
次に話しかけて来たのはお母様。
その声につられて私は振り返る。
「お母様?」
「向こうでも元気で頑張るのよ」
「はい!」
私が元気よく答えたら、お母様はふふっと笑った。
しまった! この返事の仕方は淑女らしくない返事だったかもしれない。
私は慌てて口を押さえたけれど、遅かったらしい。そんな私を見たお母様は、もういちどふふっと笑った。
「……シャロン。いつか、あなたの庭園を私にも見せてね?」
「ええ! もちろん! 楽しみにしていてね! お母様」
出発前夜、私は家族とそんな色々な“約束”をした。
決して果たされることの無かった“約束”を────……
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