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憧れていた二人 (シルベスト殿下(弟王子)視点)
しおりを挟む「えっと……どうしてあなたがここに? ─────シルベスト殿下」
「こんばんは、シャロン義姉さん」
本日、離宮に移った義姉になるはずだったその人は、訪ねて来た自分の姿を見て驚いていた。
(訪問者は兄上だと思ったのかな……?)
突然、義理の弟になるはずだった自分───第二王子、シルベストが訪ねてきたのだから当然か……
シャロン義姉さんがランドゥーニにやって来て挨拶をしてから自分達は時々、お茶をする間柄だ。
自分は素直で可愛らしくて努力家で……何より兄上の事を懸命に想っている未来の義姉を気に入っていた。
この方が義姉になる日が楽しみで、気が早いけれど“義姉さん”と呼ばせてもらっていた。
「……兄上でなくてすみません」
「え?」
つい口から出てしまったその言葉に“しまった”と思った。
泣いてしまうだろうか? それとも、こんな環境に追いやった兄上に対して怒っているだろうか……
そう思ったのに。
「ふふ、どうしてシルベスト殿下が謝るんですか?」
シャロン義姉さんの反応はどちらでもなかった。ただ、静かに微笑みながらそう言った。
それで分かった。この人は自分の運命を受け入れてしまったんだ、と。
「エミリオ殿下が来るわけな……いいえ、殿下は来たら駄目なんです」
それでも、窓の外を見ながら寂しそうに呟くその姿を見て、自分の方が泣きそうになった。
(どうしてこうなった?)
あんなに幸せそうで、政略結婚だなんて感じさせない程、お互いを大切に想い合っていた二人だったのに……自分はずっとそんな二人に憧れを抱いていたのに!
(だけど……どうして……こんな事になってしまった?)
こっそり部屋を見回す。
離宮でシャロン義姉さんの与えられた部屋や待遇を見て思った。
(あぁ、きっと兄上は諦めていないんだ)
そう思った。
兄上は父上に殴られていたのに、それでもシャロン義姉さんを守ろうとしているんだ。
レヴィアタンが奇襲を仕掛けて来た事が分かった後の事だった。
自分は偶然、父上と兄上の会話を聞いてしまった。
『エミリオ、レヴィアタンの王女とは婚約破棄をして今すぐ国に送り返せ』
『嫌です』
兄上は即答していた。
『馬鹿を言うな! こたびの奇襲にはレヴィアタンの王女だって裏で───』
『シャロンは何も知りません! 今回のことに誰よりもショックを受けているのが彼女です!』
シャロン義姉さんが奇襲の話を聞いたショックで倒れてしまって目覚める前、兄上は時間がある時は何度も何度も義姉さんの元に通っていた。
『だとしても、このままあの王女をお前の妃に据えることは出来ん。それくらい分かっているだろう?』
『……』
兄上が悔しそうに唇を噛む。それでも兄上は反論した。
『ですが、父上! 今回のレヴィアタンの奇襲には不審な点が! ……これは絶対、裏に何か……』
『黙れ、エミリオ!』
呻き声と共に人が倒れこむような音と、ガシャーンと何かが割れる音……
兄上が殴られたのだと分かった。
『反論は許さん! これ以上逆らうならあの王女を今すぐ処刑しても構わんのだぞ?』
『なっ!』
『送り込んだ王女の変わり果てた姿を見たレヴィアタンの王はどうするだろうな?』
『それだけはやめてください! シャロンの……命だけは……どうか……』
『ならすべき事は一つだ、エミリオ』
父上は兄上の反論や言い分を何一つ聞こうとせずにそう命令すると、一方的に話を打ち切っていた。
(兄上はシャロン義姉さんを返す振りをしてここに匿うつもりなんだ……)
シャロン義姉さんが離宮に移ったこと。
国に帰る準備をしている間だけ、身を移す期間限定の滞在だと自分は聞いていた。
だが見るからにこの部屋は……
(兄上……あなたは)
本当に兄上はシャロン義姉さんの事が好きなんだろう。
父上に反論する姿も、こうして命令に逆らおうとする姿も始めてみた気がする。
「シャロン義姉さん……」
「シルベスト殿下、私はもうあなたの義姉ではないわ」
シャロン義姉さんは悲しそうに目を伏せながらそう言った。
「いえ、あなたは今でも私の義姉です。私はそう思っています」
「え……?」
兄上があなたを諦めない限り、シャロン様、あなたは義姉です───そんな意味を込めて口にしたけれど、残念ながらその意図は伝わっていなさそうだ。
「シャロン義姉さん」
「はい」
兄上はきっと一番大事な事は伝えていないのだろう。
自分がそれを代わりに口にするわけにはいかない。
今、言えることは───
「兄上を……兄上のことを信じて貰えませんか?」
「……信じる?」
シャロン義姉さんは不思議そうに首を傾げた。
兄上はあなたの事が大好きなんです。
今もきっとあなたを救うために……動いているんです!
(父上は聞こうとしなかったけれど、兄上はレヴィアタンのこの突然の奇襲には何か裏がある……そう言いかけていた)
「お願いします! 兄上を……どうか」
「シルベスト殿下……」
シャロン義姉さんは最後まで戸惑いの表情をしていたけれど、「信じる事は出来ない」とは言わなかった。
(シャロン義姉さんだって兄上の事が好きなはずだ!)
きっとシャロン義姉さんも心の奥では兄上の事を信じたいと思っているはずだ。
だから、兄上がこの奇襲の裏に隠されてるものを明らかにすることさえ出来れば……そして、シャロン義姉さんが兄上を信じて待っていてくれれば……
二人が再び結ばれる未来がきっと来る……!
───そう信じていた。心から願っていた。
でも、それは……
自分のその抱いた希望はそれから数日後、呆気なく壊された。
───あの“紅い瞳”をしたイラスラー帝国の王女のせいで。
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