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最終話 ~残された者たちのその後~ (シルベスト視点)
しおりを挟む───そして、その数日後。
イラスラー帝国の王族たちの処刑が執行された。
その様子を毅然とした態度で最後まで見守った自分は全てが終わると小さな声で呟いた。
「────兄上、これで良かったんですよね?」
アラミラ王女にはあのように言ったが、実は兄上が本当に王女の処刑を願っていたかは知らない。
兄上は心の中で思っていてもそう口にすることは無かったから。
ただ、生前の兄上の「死ぬ気は無い」と言っていた姿を見て、自分が自然とそう解釈しただけだ。
(シャロン義姉さんの死にはあの王女が関係していて……だから兄上はあの王女への復讐を望んでいるのでは? と思ったんだ)
父上が自害と発表しそれを誤報だと発表するつもりがない以上、シャロン義姉さんの死は自害として後世にも伝わってしまうのだろう。きっと兄上はそれが許せなかった。だから執拗にイラスラー帝国について調べていた。自分はそう思っている。
だからこそ、兄上があんなに必死になっていた事が何一つ報われない事は悲しい。
そして、兄上が最後に言いかけていた言葉。
きっと兄上があの時、もう一つ願っていた事は───……
そっと自分の掌を見つめる。
「……私に出来るだろうか?」
このまだまだ未熟な手で兄上がするはずだった事を自分が行えるだろうか?
(自信はない。でも、やらねば……)
兄上の死を知った父上は大きなショックを受けて倒れてしまった。
戦死の報が、戦争に勝利したと聞いた直後の出来事だったので、兄上の死は多くの者に衝撃を与えていた。
兄上を看取った酷く衰弱した様子だった兵士が言うには、自分は勝利に浮かれて戦場から引き上げる際に油断して単独行動をしていた所を残党に襲われかけた。
兄上はその兵士を探していたらしく、襲われそうになっていたその兵士の男を見つけた後、咄嗟に庇って代わりに斬られてしまったのだと泣いていた。
『俺が……勝手な、行動……を……で、殿下には油断するな…………と言われて……いた、のに』
必死に兄上に声をかけ続け、応援も呼んだが間に合わなかったという。
「……兄上、シャロン義姉さんには会えましたか?」
兄上の死に顔は驚くほど安らかで、自分はそれがシャロン義姉さんと向こうで再会出来たからではないかと勝手に思っている。いや、そう思いたい。そうであって欲しい。
「でも、シャロン義姉さんの事だから会いに来るのが早すぎる! と怒っているかもしれないな」
そんな想像したら少しだけ笑ってしまった。
そうなると案外、本当の再会には時間がかかるかもしれない。
「……兄上、シャロン義姉さん」
それでも、こう願わずにはいられない。
もし、いつか二人の魂がどこかで巡り会う時が来たならば……今度こそ幸せに……王族なんて面倒な立場には生まれたりしないで、誰にも邪魔されずに穏やかに愛を育んで過ごせる未来で巡りあって欲しいと。
◇ ◇ ◇
「ようこそ、ランドゥーニ王国へ」
それから数年後。
ようやく情勢が落ち着いて“彼等”をこの国へと招き入れる事が出来るようになった。
イラスラー帝国は直系王族があの日、処刑されているので傍流の家系が玉座についた。今は帝国内の安定が最優先な事もあり、これまでの好戦的だったのが嘘のように静かになっている。
だから、その間に私は兄上の最後の願い事を叶えようと奮闘していた。それは……
───レヴィアタンとの友好条約の締結。
兄上やシャロン義姉さんたちのように政略結婚などの婚姻による関係を用いずに、国のトップ同士で話し合い対等な条約を結ぶ───
もう、あんなに悲しいことを繰り返させるわけにはいかないから。
そして、それがようやく叶う所まで来た。
レヴィアタンは、イラスラー帝国との敗戦、そしてランドゥーニへの奇襲……シャロン王女の死という出来事が続いた後、国王が全ての責任を取って退位していた。
何でも王太子殿下が、イラスラー帝国の動きが怪しいと何度か訴えていたのを軽視した上での敗戦だったらしい。そして、ランドゥーニへの奇襲命令に逆らう事が出来ずに……結果、娘だった王女を失うことに繋がった。
(…………複雑そうだな)
ずっと罪悪感と贖罪に囚われて生きてきたのだろうか?
元国王にも元王妃にも、そしてシャロン義姉さんの兄である現レヴィアタン国王にも全く笑顔が見られない。
(まぁ、それはランドゥーニも同じか……)
兄上の死からなかなか立ち直れなかった父上は、私が成人を迎えると同時に退位した。
おかげで事を進めやすくなったとはいえ、こちらもずっとお葬式のような状態だ。
兄上とシャロン義姉さんの迎えた悲劇は両国それぞれに暗い影を落とし続けていた。
「……せっかくなので、御三方に見てもらいたいものがあるんですよ」
私のその言葉に三人は複雑そうに顔を見合わせる。
シャロン義姉さんへの墓参りを終えた三人に、私はどうしても案内したい場所があった。
「結婚式に来てくれた時に家族に見せたい……それが“彼女”の願いだったそうなので」
三人がそれぞれハッとした顔を見せる。
彼女───それは、もちろんシャロン義姉さんのことだ。
「今年も綺麗に咲いたんですよ? ここが“シャロンの庭”です」
案内されて辿り着いたその場所を見た三人は息を呑む。
今、“シャロンの庭”と呼ばれる義姉さんがかつて愛したその場所は、王宮の者達によって管理されている。色とりどりの花たちは今年も庭師達が随分と気合いを入れた事が窺える。
「兄さんがシャロン王女の為にと用意した庭です……二人はここでよく仲睦まじい様子を見せていました」
使用人たちが何度もそんな姿を目撃し覗き見しては、ホッコリしていたと言う。
実は自分もこっそり覗き見をした一人だ。
「兄さんが言っていたのですが。お母様にこの庭を見せたら羨ましがるかしら、なんて事も言っていたそうですよ」
「それ! や、約束した……シャ……シャロン…………」
その瞬間、その場に泣き崩れたのはシャロン義姉さんの母親である元王妃だった。
きっとこんな形でこの庭を見るはずじゃなかったのに……そんな悲しみが伝わって来た。
「……シャロンは……娘は幸せだったのでしょうか」
「私が知る限り……ですが、幸せそうでした」
だってシャロン義姉さんはいつだって兄上の隣で笑っていた。
あの笑顔はいつも幸せそうだった。
「……そうか……シャロン。幸せ………………すまなかった……シャロン……」
泣き崩れるレヴィアタンの元国王と元王妃。現国王の兄もその傍らで俯いて静かに涙を流していた。
「シルベスト陛下」
「はい」
契約の締結時、レヴィアタンの国王は真剣な顔で言った。
「ランドゥーニへの出発前……シャロンが満面の笑みで言ったんだ」
「?」
「私がレヴィアタンの王となり、シャロンがランドゥーニの王妃となる……そうすれば」
───その時は、レヴィアタンとランドゥーニの平和は間違い無しとなるわよね!
「“私達の手で平和の世の中にしましょうね? 約束よ、お兄様!” ……と」
「……」
あぁ、シャロン義姉さんらしいな。
「……私は妹の……シャロンの望んだその願いをどうしても叶えたい」
「そうですね。同じ気持ちです」
私たちは固い握手を交わした。
─────こうして、その日。
長きに渡り続いていたランドゥーニとレヴィアタン両国の諍いは遂に終わりを迎え、平和への友好条約が結ばれた。
しかし、その裏で起きていた幸せになるはずだったランドゥーニの王子とレヴィアタンの王女の悲劇の真相を知るものは少ない。
それでも、ランドゥーニ王国の“シャロンの庭”と共にずっとこの先も────200年が経ってもこの手に入れた平和は変わらずに続いていく事になる。
そして“悲劇の王子と王女の再会”はそれから200年後に────……
~完~
✼✼✼✼✼✼✼✼✼✼
これで、完結です。
最後までお読み下さりありがとうございました。
50作品目にあたるこの話。
悲しい話となってしまいました。
ハッピーエンドでないのは、やっぱり辛いですね……
ですが、1作くらいはこういう話があっても良いのかもしれません。
思っていた以上に前作の『私を裏切った前世の婚約者~』から読んでもらえて嬉しかったです。
感想コメントでもいただきましたが、
ぜひ、宜しければ……この後もう一度読んでみてやってください。
それから、最後におまけを書きました。
前作の続きにあたります…………二人の子ども視点です。
この話とリンクさせました。
悲しい話なのにお付き合い頂き本当にありがとうございました!
新作も開始してます!
今度は安定のハッピーエンド!
『どうか、ほっといてください! お役御免の聖女はあなたの妃にはなれません』
宜しければ、また、お付き合いくださいませ!
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