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第2話 冤罪を着せられています
しおりを挟む私の願った通り、アラン殿下の婚約者には別の令嬢が選ばれた。
(さてと……どうにかして、先に帰らなくちゃ)
これから私に対して怒り狂うであろう、両親と帰るのは……嫌だ。
それに、もうこの場所に用は無い。さっさと帰りたい。
そう思って会場から離れようとした時、殿下の鋭い声が会場内に響いた。
「しかしだ! この場で改めて確認しないといけない事がある!」
その殿下の言葉にみんな、何事だ? といった顔をしている。
「確認? 何をかしら」
「殿下はいったい……?」
「婚約者が決定した以外になんの話があるんだろうか?」
そんな声が会場のあちこちで飛び交う。
「……フィリオ。説明を頼む」
「承知しました」
そんな周囲の疑問の声を遮るかのように、殿下の隣に進み出てきた人物。
フィリオ・ローラン公爵令息。
宰相を務めるローラン公爵家の子息。
彼自身も未来の宰相候補として、アラン殿下の側近となっている人物だった。
突然の事態に私も動揺を隠せずその場から動けなかった。
いったい、彼らは何を話そうとしているの?
そんな周囲の疑問の声に答えるかのようにフィリオ様は口を開いた。
その瞳は酷く冷たい。
「未来の王太子妃が決定した今、どうしてもこれだけは明らかにしなければいけない。 ──エリーシャ・マクロイド公爵令嬢! 君は未来の王太子妃と決定したマリアンナ・ミッドランド嬢を影で虐めさせ陥れようとしていたという報告が上がっている。その説明を求めたい」
──は? 何ですって!?
婚約者発表の時よりも、驚きの空気が会場中を包み込んだ瞬間だった。
****
アラン殿下の側近であるフィリオ様の発言により、驚きと興奮に包まれた会場には、様々な声が飛び交う。
「虐め?」
「マクロイド公爵令嬢が!?」
私はたった今、名指しされた事とその内容に驚きその場で固まっていた。
さっきまでの憐れみの視線とは違う。チクチクとした皆の視線が突き刺さるようだった。
(──私が虐め? マリアンナ様に? いったいどういう事なの?)
壇上にいるアラン殿下とフィリオ様の私を見る目は酷く冷たい。
「アラン殿下、フィリオ様……その件は……」
マリアンナ様がどこか躊躇いながら口を開こうとする。
その身体が少し震えているように見えたのは、虐められた記憶を思い出しているからかもしれない。
「マリアンナ。いいんだ、分かってる。君は被害者なんだ」
「ですが……」
そう言ってアラン殿下がマリアンナ様を慰めていた。
一方のフィリオ様は私に冷たい視線を向けたまま、話を続けた。
「残念ながらマクロイド公爵令嬢、君が事件の黒幕で他の令嬢達に命令し、実行させていたという証拠が、これでもかとたくさん出てきているんだ」
そう言ってフィリオ様は私がマリアンナ様に対して行うよう命令したとされる様々な罪を列挙していく。
その内容は、些細な嫌がらせから、下手をすれば大きな怪我にもつながり、傷害事件と言えるものまで多種多様だった。
お小言のような嫌味を言う所から始まり、集団で呼び出し罵詈雑言を投げ付けるのは日常茶飯事で、教科書やペンを隠し、果ては池に突き落としたり、階段からも突き飛ばしていたらしい。
──確かに傷害事件だわ。
むしろ、怪我は無いのかと心配になる。
(見たところ、怪我している様には見えないけれど……)
アラン殿下が守ったのかもしれない。
「実行犯の令嬢達はすでに捕らえた。そして、そいつらは口を揃えて全て君からの命令だったと言っている」
「……!?」
(そんな事、知らない……知るわけない)
それにそもそも私はあまり学院に通えていなかった。
王太子妃教育は、学院では身につかないと主張するお父様とお母様の意見により屋敷に家庭教師を呼んで勉強する事の方が多かったから。
卒業に必要な最低限の授業だけを受けて後は屋敷と王宮の往復。
それがアラン殿下の婚約者候補に選ばれてからの私の生活。
実行犯で無いにせよ、私が誰かにそんな命令をする時間なんて無いのだと冷静に考えてもらえれば分かるはずなのに。
(それでも私の罪にされるなんて……犯人はよっぽど私に罪を着せたいということ?)
「おおかた、アラン殿下の関心がミッドランド伯爵令嬢に向けられた事による嫉妬が原因なのだろう? 彼女の存在は何としても王太子妃になりたかった君にとって邪魔だったはずだ」
フィリオ様は冷たくそう言い放つ。
──あぁ、やっぱり、まだあなたはそう思っているのね?
アラン殿下はずっと婚約者候補の令嬢達の誰にも関心を向けていなかった。
誰に対しても同じように接していて、それは誰にも興味が無い証拠だと私は思っていた。
そんな彼が変わったのは、1年前に入学してきたマリアンナ様と出会った後。
マリアンナ様と接するアラン殿下の態度は、今まで自分たち婚約者候補に向けられていたものとは明らかに違っていた。
殿下は必死に隠そうとしていたみたいだけど、私には分かった。
だって、それは恋をしている人が愛しい相手に見せる態度そのものだったから。
私にとっても覚えのあるその気持ち。
──そう。私もかつては恋をしていた。
大事な大事な恋だった。
「エリーシャ・マクロイド公爵令嬢。ここまでで何か言い訳はあるか?」
フィリオ様の冷たい声で、現実に引き戻される。
「この君の罪と思われる密告が届いたのは数日前の事だ。にわかに信じ難い話だった為、我々は密かに調査を行った。だがその結果も全て君が犯人だと言っている」
(……そういう事。つまり私はどこかの誰かに嵌められたのね)
王太子妃の筆頭候補だった私。
私が婚約者に選ばれる、誰もがそう思っていた。
そんな私をふるい落とすには、私、エリーシャ公爵令嬢自身に問題がある事にするしか方法が無かったのね。だからこのタイミングで密告した。
(きっと犯人は私みたいにアラン殿下の気持ちに気付いていたのだわ。だから、マリアンナ様は標的にされてしまった……)
殿下達が調査までさせたのに、結局、私の罪になるという事は、相当念入りに時間をかけて準備と裏工作を行って来たに違いない。
(どこの誰か知らないけれど、なんて迷惑な事をするの! その知識と時間、もっと別の事に使いなさいよ……!!)
「……」
だけど、今頃犯人は大慌てでしょうね。
婚約者に選ばれたのは、誰もが予想しなかった……まさにその標的にされてしまっていたマリアンナ様だったのだから。
アラン殿下の婚約者は殿下個人の気持ちよりも、家柄や妃教育の結果で選ばれると思っての行動だったのだろう。
そうなると自ずと犯人も見えては来るけれど……きっと証拠は残って無いわね。
あったとしても私が犯人になる証拠だけ出てくるに違いない。
「何か言ったらどうなんだ?」
目の前のフィリオ様の苛立ちが私にまで伝わって来る。
「……」
「黙りか……なら認めるのか? マリアンナ・ミッドランド嬢に対して君が行わせた様々な嫌がらせや、悪意の数々を」
そう口にするフィリオ様がどこか辛そうな顔に見えるのは……
……気のせいね。これはきっと私の願望だわ。
なおも黙秘を続ける私にフィリオ様は苛立ったのか、少し声が荒々しくなった。
「まさか、こんな事を行うような女性が王太子殿下の婚約者候補の筆頭だったとはな……他の候補だった令嬢達に申し訳ないと思わないのか?」
「……っ」
アラン殿下が、マリアンナ様を選ぶ事は分かっていた。
だから、私は間違いなく婚約者から外れる事が出来る。
私はその日をずっとずっと待っていた。
ようやく自由になれると思ったから。
3年前……私が王太子妃候補となってしまったあの日に壊れてしまった何もかもを元に戻す事は出来なくても、私の心だけは自由になれると喜んでさえいたのに。
何でこんな目にあってるのだろう?
(もう知らない。何もかもが馬鹿らしい……それに私は……)
「……私からは弁解する言葉は何一つありません。どうぞ如何様にも罰を下してくださいませ」
「!!」
ようやく発した私のその言葉に、目の前のフィリオ様はもちろん、アラン殿下、そしてこの騒動の行く末を見守っている人々、全員が息を呑んだのが分かった。
──エリーシャ公爵令嬢が、全ての罪を認めた──
会場内に大きな衝撃が走った。
(あぁ、まるで私ったら物語の悪役みたい)
殿下の婚約者の筆頭候補だったのにも関わらず、婚約者にも選ばれること無く、今もこうして有りもしない冤罪をかけられている私は、きっとこの先まともに生きていく事が出来なくなる。
ただでさえ怒り心頭の両親は間違いなく私を許さないから。
(婚約者に選ばれなかった後の事は、覚悟もしていたけれど、さすがにここまでの事は考えてなかったわ)
チラリとお父様とお母様の方を横目で見ると、先程まで白かった顔が今度は真っ赤になっている。
うーん、あれは血圧が心配ね。
「……それ、は全ての罪を認める……という事か?」
何故かフィリオ様の声が震えている。まさか私の答えに動揺しているの?
さっきまでの勢いはどうしたの?
「勿論です。 そういう意味にとっていただいて構いません」
「……罰を受ける、と?」
「仰せのままに」
「……!」
フィリオ様の顔が歪んだ。その表情は困惑しているようにも見えた。
……どうして、フィリオ様はまるでショックを受けたみたいに顔を歪ませてるのかしら?
変なの。
この件を抜きにしても、あなたは私を憎んでいるから、ざまぁみろとでも思ってもおかしくないのに。
「どうぞ、あなたの好きな様に。あなたからの罰ならば私はもちろんどんな罰でも全てお受けしますわ」
「……っ!!」
私がニッコリ微笑んでそう言うと、更にフィリオ様の顔が歪んだ気がした。
「……」
───ねぇ、そうでしょう、フィリオ?
例え冤罪でも何でもあなたが私を罰する事を望むのなら、私はそれを受け入れるに決まってるじゃない。
あなたは私のたった1人の愛しい人。
たとえ今、自分がどんなに嫌われ憎まれていても私はやっぱりあなたの事が好きなの。
この気持ちはずっとずっと捨てられなくて変わらなかった。
だから、あなたの望みは罰でも何でも受け入れたいのよ。
それに本来なら私は3年前にあなたを裏切った時に罰を受けるべきだった。それが今返ってきただけ。
だから、あなたになら何を言われても構わない。
そんな気持ちを胸に、私はかつての恋人に向けて再度微笑みを向けた。
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